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学生時代、1日何ページと決めて聖書を読もうとしたことがある。 もっとも数週間であっけなく挫折してしまったが。 クリスチャンの知人に誘われて何度か教会にも行った。 私とキリスト教、もしくは聖書との関わりはそのぐらいである。 ところで当たり前のことだが、ユダヤ教の人達にとって聖書というと旧約聖書のことである。 彼らにとってキリストは預言者ですらない。 この本を読んでわかるのは、彼らの神、エホヴァというのが実に嫉妬深く、自己中心・排他的いうことだ。 彼がイスラエル人に約束したカナンの地も元々は他の部族が住んでたのを滅ぼして奪えといってるのだ。 他の神を信じる者は打ち滅ぼしてしまえ、たとえ選ばれしイスラエル人であれ信仰をおろそかにするとたちまち天罰がくだるぞ、なのである。 ギリシア神話にでてくる神々は頻繁に下界の人間にちょっかいを出してるが、どことなくユーモラスな面があるのに比べ、こちらの神様は真面目くさって恐いだけの印象がある。 エーゲ海の明るい日差しの元に生まれた開放的なギリシア文明の神々と、不毛の砂漠の地を流浪したイスラエル人が厳しい環境の中で拠り所とした神とはおのずと違ってくるのは当然のことなのだろう。 作者によるとそういう苦難の道を歩んできたイスラエル人の建国史が旧約聖書なのだそうだ。 原型が作られたのははかの有名なダビデ王、ソロモン王が統治した頃らしい。 旧約聖書は天地創造から始まり、アダムとエバ→カインとアベル→ノアの箱舟→バベルの搭→アブラハムへと続く。 アブラハム以降、イサク→ヤコブ→モーゼへと続いていくあたりは、はっきり事実とは認められないにしても、似たようなことがあったと推測できる。 バベルの塔までは神話の類である。 神話というものが歴史の中へ入りこんでくるのは、その王国が近隣諸国を平定し、強大な王権が確定した時だ。 近隣の国々に、我が王国は由緒正しい、神に祝福されたものなのだ、と誇るのである。 このことは日本の「古事記」「日本書紀」だけでなく、他にも多く、類似性が認められるようだ。 この本には旧約聖書に書かれている主なエピソードが収められている。 氏の「ギリシア神話を知ってますか」と同様、旅行体験や氏の専攻であるフランス文学の薀蓄、サルトルの実存主義やラシーヌの戯曲といった話題を織り交ぜながら、終始饒舌な語り口であきさせない。 旧約聖書のつぼを抑えておきたい、と思われる向きには格好の入門書といえるだろう。 私はこの本を読みながら、「十戒」「天地創造」「サムソンとデリラ」「ソロモンとシバの女王」といった映画のシーンを思い浮かべていた。
こういう楽しみ方もある。 |
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