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黒澤明が見た夢の世界を八つのオムニバス形式で描いたものである。
こんな夢を見た・・・
第一話:「狐の嫁入り」
「晴れているのに雨が降る。こんな日は狐の嫁入りがある。狐は見られるのをとても嫌がるから決して森に行ってはいけないよ」
母にそう言われたが、少年は森に行き「狐の嫁入り」を見てしまう。
家に帰ると母は、
「お前が見たから狐が怒っている。狐が許してくれるまで家にはいれない」
死ぬ気で謝ってこい、と短刀を渡す。
「狐がどこにいるか分らない」
「こんな日は虹が出る。狐はその虹の下にいるよ」
かくして少年は狐を探しに、色とりどりの花の咲き乱れる中、虹に向かって進んでいく…。
靄の中から、狐の面をかぶった花嫁一行が現れる。
笛や鼓の音が厳かに響く中、一行は1歩進むごとに歩みを止め、横を向き、後ろを向きといった動作を繰り返す。
実に幻想的な情景である。
こんな夢を見た・・・
第二話:「桃の節句」
姉達が雛壇を前に桃の節句のお祝いをしている。
姉の友達以外の少女を少年は見つけるが、彼女は桃の精だった。
少女を追って裏の桃の段段畑に行くと、そこには人間の「雛人形」が集まっていた。
彼らは桃の木を切った少年のうちには行かないという。
「僕は切るのに反対したんだ」
「お前は桃が食べられなくなるから反対したんだろう」
「違う。桃は買えばすむ。桃の木は切ったら可哀想じゃないか」
少年のやさしい心根に打たれた「雛人形」達は歌や踊りを披露する。
気付いた時には桃の切り株が残っているだけだった…。
段段畑を雛壇に見立て人間の「雛人形」達をロングで捉えているところは、彼らが如何にも人形のような滑稽さがある。
緑の中に彼らの原色の衣装が舞う様はまさに夢を見ているようだ。
こんな夢を見た・・・
第八話:「水車村」
新緑に包まれた自然豊かな村。
旅人は水車の手入れをしている老人の話を聞く。
「この村は電気が来てないようですが、夜暗くはないですか」
「ロウソクも油もある。星が見えないような明かりは入らない」
「賑やかな声が聞こえますが、お祭りですか」
「いや葬式だよ。葬式はめでたい。よく生き、よく働き、ご苦労さん、と死んでいく」
「死んだのはワシの初恋のばあさんで99歳じゃった。わしを振って他の奴に嫁ぎおった」
「おじいさんはお幾つなんですか」
「わしか、百と三つじゃ。さて、わしも葬儀に出なければ」
老人は通りかかった華やかな葬列に鈴を持って加わる…。
棺を担いだ男達の前に陣取る花笠を被った女性たち。
低く、ゆっくりと、
「ヤーッセ・・、ヤーッセ・・、ヤーッセ・・、ソイヤサー・・」
次には弾けるように
「ヤッセ!ヤッセ!ヤッセ!ソイヤサー!」
歌い躍る。
単純な繰り返しなのだが、このリズムが心に染み入って離れない。
他には「雪女」「トンネルの中」「ゴッホ」「原発」「鬼」といったエピソードが収められている。
エピソードのタイトルは便宜上つけたもので映画の中で明示されてるわけではない。
後半になるほどメッセージ性の強いものになっていくようだ。
私はやはり美しい日本の風土・伝承を描いたものが好みである。
映像の美しさ・素晴らしさを映画館のスクリーンで味わえなかったことが残念だ。
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