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心を継ぐ歌舞伎

 前回に予告した通り、季刊「SOFT」(1988年SPRING・27号、大阪都市協会発行)に掲載された、片岡仁左衛門丈へのインタビュー記事を紹介します。

 
心を継ぐ歌舞伎
 
孝夫から仁左衛門へ
 
河内厚郎 この四月、五月には大阪の松竹座で十五代目仁左衛門襲名披露公演を控えておられますが、大阪のお客様にメッセージを一言。
片岡仁左衛門 東京での襲名披露公演はおかげさまでずいぶん盛り上がり、二カ月間で二十万人以上の方にご覧いただけました。それだけに、大阪の名にかけても、また大阪ゆかりの仁左衛門の名にかけても松竹座での襲名披露を成功させたいと思いますので、ぜひ応援してください。東京以上に盛り上がってもらいたいですね。
河内 歌舞伎の名門のお名前を受け継ぐことについてはいかがですか。
仁左衛門 役者というのは本来、舞台に全力投球していれば、ある意味で名前なんてどうでもいいんですよ。人間がそこでどういう活躍をしているかが問題であってね。たとえば仁左衛門であろうと孝夫であろうと、ああこの役者の芝居は素晴らしいねと言ってもらえればいい。そういう考え方がひとつありますね。
 その一方で、名前とは歴史の中で何かが付加されていくものでもあるんですね。暖簾というのか。ある意味では襲名をは暖簾を預かったような感じですね。ただ、御菓子屋はいくら老舗だといっても、おいしいお菓子をつくらなければ意味がない。ですから暖簾を預かった以上、それを傷つけないように、一生懸命おいしいお菓子を作ることに、専念しなければと思っています。
 
崖の淵に立って
 
河内 初舞台は大阪で五歳の時に演じた「夏祭浪花鑑」(道頓堀・中座)の市松だったとお聞きしています。その頃を振り返られると何が思い浮かびますでしょうか。
仁左衛門 舞台に出ても照れ臭くて指をくわえっぱなしでした。その時は「夏祭」の殺しの場面が非常にこわくてね、印象に残っています。その頃はお風呂も薪で焚いていたから、楽屋でも舞台でも薪の臭いがすることがあったりしてね。なんだか懐かしいですね。お客様もたくさん入ってくださってましたね。
河内 当時の劇場にはその時代なりの賑わいがあったと思いますが。
仁左衛門 劇場の外はまだ戦後間がない頃ですから、今のまちの賑わいとは雲泥の差でした。ところが劇場の中では、まだ着飾ったりはできないけれど、芝居を観るその活気は大変なものでした。劇場の内と外では別世界でしたね。お客様は本当に娯楽を求めてらした。今とはまた違った熱気がありましたね。
河内 昭和三十九年にはお父様の十三代目が私財を投じて始められた自主公演「仁左衛門歌舞伎」が道頓堀・朝日座(当時は文楽座)で行われました。これは上方歌舞伎の滅亡をくいとめる意味で大きな出来事になりました。その三作目が仁左衛門さん(当時孝夫)の出世作になった「女殺油地獄」だったわけですね。
仁左衛門 あの頃はお客様が入らない時代でした。そこで父が一生懸命に努力して「仁左衛門歌舞伎」を上演したんです。たくさんのお客様が来てくださいましてね。本当に嬉しかった。夢のようでしたよ。劇場の窓口に列ができましてね。その頃の列といったって何十人ですよ。今なら何百人でも、少ないねと言っているけれど、その時は劇場二巻きしたくらいの気分ですよ。その第三回公演で初めて主役をやらせていただいて、もう無我夢中でしたね。与兵衛という役と当時の僕の実年齢が同じくらいで、入っていきやすい狂言だったのが幸運でしたね。
 しかし、あの頃の歌舞伎を支えた方たちの苦労は、今の人にお話してもわからないですよ。赤字覚悟でといえば、今ならどこかが貸してくれるだろうし、会社もなんとかしてくれるかもしれないけれど、あの当時はだめな時は家を売るしかないという気持ちですよね。父はよくやったと思いますよ。
河内 その時の成功の要因は何だったんでしょうか。
仁左衛門 「仁左衛門歌舞伎」という名前をつけたのは関西の新聞社、演劇評論家の方たちなんですよ。新聞紙上にも取り上げていただき、父もいろいろなところで講演をした。一役者が必死になってやったことで、みなさんも応援してやろうという気持ちを起こしてくださったわけですね。そうして話題になれば、もともと歌舞伎に興味のないお客様もちょっと覗いてみようかとなります。これが大事なことなんですね。
 昨年は松竹座が完成、今また仁左衛門の襲名ということになれば、歌舞伎を観たことのなかったお客様が一度観てみようという気分になるでしょう。去年は興行的にもいい成績をおさめました。話題で来てくださっている方も多いからですね。このお客様を大切にして、逃がさないようにしないと。気をつけないといけないのは、お客様が来てくださるようになると、安心して緊張感が薄れてくることです。常に崖っ淵に立ったつもりで芝居を続けていかないと、お客様はすぐに逃げてしまいます。初めて観たけれど、ああ面白いじゃないか、と思ってもらえるように頑張らないとね。
 
型ではなく心を受け継ぐ
 
河内 仁左衛門さんは昭和四十年に中座「源平布引滝」の義賢の役で大評判の舞台を演じられていますね。その時、今までとは違った立ち回りの工夫をされたとお聞きしていますが、新しい舞台を創造していく姿勢が新しいお客様をつかんでいくことに通じるわけですね。
仁左衛門 そうですね。「布引滝」は初演時は特に新しいことはやってなかったんですが、その後で変えたんですよ。もっと盛り上がりがほしくてね。今、歌舞伎は古典といわれていますが、少し時代をさかのぼれば、みんな自由にいろいろなことをやっていたんですよ。たとえば「一谷嫩軍記」の「熊谷陣屋」というお芝居では、衣装が昔は着付けは黒のビロードで赤に金地の織物の裃だったんですが、それを九代目團十郎さんが変えられたんですね。やってみるとその方がいいというので、今はほとんどそのとおりになっていますよね。今でもよいことならば変えればいいんだけれども、保存が大事だという風潮があって以前のように変えにくくなっている。でも、その中で僕らはかなり変えてますけどね。よほど芝居に入りこまないとわからないけれど、他の方とはずいぶん違うやり方でやっていますよ。
 お芝居のことばかり考えていると何かアイデアが出てくるんです。昔からこうしているからこうするんだという考え方を捨てることですね。なぜそうしたかということを突き詰めていけば、じゃあこういう考えもあるんじゃないかと見えてくる。そういうものです。
河内 大阪の歌舞伎には型を単に受け継ぐのでなくて、常に新しいことをやっていく、という伝統があると思いますが、仁左衛門さんご自身もそれを大事になさっているわけですね。
仁左衛門 型を受け継ぐことよりも心を受け継ぐことが大事です。心の表現、現われ方にはいろいろあっていいわけですよ。これは六代目さんの型だとか、九代目さんの型だとかといってもね、歌舞伎の歴史からみるとつい最近できたものなんですよ。それまではもっと自由だったわけです。それに六代目(尾上菊五郎)の型といっても、六代目さんがその時に以前の型を新しく直されたわけでしょう。そう考えれば今また現代の型をつくってもいいわけですよ。やはり攻めていかないとね。
河内 たとえば最初に評判になった与兵衛の役ですが、あれは松嶋屋のお家芸ではなかったんですね。実川延若さんから習われ、役づくりをご自分で考えられたとか。
仁左衛門 そうです。もちろん一通り教わりましたけれど、その中で実際できあがったのは河内屋の兄さんと僕のとはまた違う与兵衛ですね。いろいろ工夫していますから、飽きずにやってられるんですよ。
河内 仁左衛門さんはこれまで歌舞伎に西も東もないという意味の発言をしてこられたと思いますが、あえてその上で、仁左衛門さんにとっての和事、大阪の歌舞伎とはどういう意味をもっているのかお聞かせください。
仁左衛門 僕が東西関係ないって言っているのは地理的な問題でね、やはりそれぞれの芸風というものは残していかないといけないと思います。ただ、果たしてどこまで残せるかというと、難しい問題ですね。大阪の芸風も大阪という土地の人たちの好みに合わせて育ったものだけれども、時代が変わってしまっている。結局、大事なのは、その時に好まれるものを残すということだと僕は思います。さっきの型の話ではないけれど、なんでもかんでも大阪だから良いということではないんです。たとえば、「忠臣蔵」の七段目でも、大阪は(*1)をひきますが、東京(*2)をひきます。僕も所作をひくんですよ。芝居の雰囲気からみて地絣が合わないと思いますから。(「義経千本桜」の)「すしや」は、東京では途中で畳を片づけ、大阪は片づけないけれど、これについては僕は大阪の方が理にかなっていると思います。だから大阪のやり方を残す。常に自分の感性に合う方をとっていきたいんです。
 僕たちは歌舞伎を観たいと思ってくださる方がいらっしゃるから、舞台に立てるわけですよ。ですから、大阪のものでも江戸のものでもつまらないものは切り捨て、面白いもの、残すべきものを残していく。型ではなく歌舞伎の心を受け継ぐことが、やはり一場大切なんですよ。
 
 *1 地絣(じがすり):舞台床に敷く布。
 *2 所作(しょさ):歌舞伎舞踊用の
                             
                                                                  
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