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聖書を読む会

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今日は聖書を読む会に行ってきました。

聖書箇所は、コリント人への手紙第1:7章 「結婚について」

この話題は2000年前とさほど現代と変わっていないと思いました。
パウロのその手紙の内容は、いつも男に求めるもの、女に求めるものと対比法で書かれてあります。
もちろんパウロがこの手紙を書きましたが、神様からの霊感によって筆が進められていることを伝えておきます。

パウロはここで常に弱い立場にある人への配慮ある勧めを綴っています。

神様の目から見たら、結婚に関しては大変厳しい回答があるでしょう。
でも、神様はパウロを通して大きな愛を示して下さっています。
それは、主イエス・キリストによる愛だと思います。

パウロは主であるキリストに出会い、人生が変わり、パウロもまた愛のあるものへと変えられました。
愛のあるものに変えられるということは、キリストに似てくる、近づいていくということです。

この聖書を読む会で、ある兄弟が面白い質問をしました。

それは、汽灰螢鵐硲珪錬械浩瓩砲海Δ△蠅泙后

「妻は夫が生きている間は夫に縛られています。しかし、もし夫が死んだなら、自分の願う人と結婚する自由があります。ただ主にあってのみ、そうなのです。」

この節だけ逆説が書いてありません。
つまり「夫は妻が生きている間・・・・・」というのはありません。

聖書は弱者、女性に優しいという牧師夫人の回答で納得でした。
もちろん男性にも同じことが言えるとは思いますが・・・・・(違ったらすみません)

また僕が今日のこの箇所で目に止まったところは、4、5節

「妻は自分のからだに関する権利を持ってはおらず、それは夫のものです。同様に夫も自分のからだについての権利は持ってはおらず、それは妻のものです。互いの権利を奪い取ってはいけません。」

要するに、僕たちの自分のからだの権利は神様が持っているということです。

結婚生活で一番陥りやすい行動は、互いに相手(妻や夫)を自分のものだと思う支配欲です。
神様はそれは違うと言っています。ここで互いに思いやる心を持つように教えていると思います。
自分の考えによる思いやりではなく、相手の考えていることを理解して、相手のために自分を犠牲にすることです。

そして、パウロは35節でこう言っています。

「ですが、私がこう言っているのは、あなたがた自身の益のためであって、あなたがたを束縛しようとしているのではありません。むしろあなたがたが秩序ある生活を送って、ひたすら主に奉仕できるためなのです。」

主イエス・キリストは、愛と自由の神であることを再確認させられました!!

信仰が進むにつれ、聖書に書いてあることがあたかも規律と束縛に感じることがあります。
そう思うのは僕がまだまだ罪から離れきっていないからではないかと思いました。

僕はこのことを通して、もっと本当の自由を知りたくなりました。
結婚生活は一筋縄ではいかないことですが、主はパウロを通してこれだけの愛と励ましを
与えてくださっていることを覚えて感謝します。

僕もこれから結婚があるか無いかわかりませんが、どちらにしろ主に召された時の状態を忍耐強く保ち続けて
隣人を自分のように愛し、謙遜に主を恐れて、感謝をもって、生きていけたらと思います。(結局全部か?!)

神様の絶大な愛(主イエス・キリストの十字架の贖いの死)に感謝//(^^)//

p.s. 写真はノイスの聖クィリヌス寺院です。

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