ピアニスト・KAZUMA ブログ

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モスクワ旅行記

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新アルバート通り

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昨日のアルバート通りとはうって変わって、新アルバート通りは大通りです。
ここはモスクワではなんてことない通りなんですが、景色は最高です。

それもそのはず世界に誇れるスターリン様式の建築物、ウクライナ・ホテルが建っているからです!!

そしてロシアらしく倒産したロシアのレコード会社『メローディア』のビルが壊されずに残っています。
他にもこの新アルバート通りには、名前に似つかず汚くてボロイ超高層マンションがいくつか建っています。

また、モスクワで一番有名な本屋さん「ドーム・クニーギ」(本の家)がある。
そしてその近くに可愛いシメーオーナ・ストリィニカ教会があります。
この2つの写真は写真館で掲載中☆

また、ここには比較的大きなお寿司屋さん?居酒屋さん?みたいなのがありました。(2002年当時)
僕はツアーで一緒だった方とコンクールの休憩時間にここでランチしました。

ここのお寿司屋さんは、ロシア人向けに作られているお店だったので、かなり不味かったです。
そしてこの時初めて、寿司屋でお茶にお金を払いました!!
今では普通だったんだと理解出来ますが、当時の僕はモスクワが初の海外だったので驚きを隠せませんでした。
でもこの店では日本の居酒屋のような制服を、ロシア人のウェイトレスが着ていたのが新鮮で心を和ませました(^^)

「ロシアで食べる寿司なんてこんなもん!」 と悟るのでした。

ちなみに、今いるデュッセルドルフでも同じような経験をしましたよ〜(^^;)

この新アルバート通りは本当に大きな通りで、これぞロシア!!っていう印象を今でも覚えてます。

p.s. 上:新アルバート通りの一面。奥にスターリン時代の影が・・・・・
   中:お寿司屋さんの店内。この店の目印は焼き鳥の堤燈☆
   下:倒産した『メロディア』今でもあるんかな。いや多分あるはず・・・・・ロシアだから(^^;)

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アルバート通り

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モスクワでお土産を買おうと思えば、まずアルバート通りがオススメです☆

ここは音楽院から歩いて10分程のところにあります。もちろんメトロの駅もあります。
徒歩なら、途中に在ロシア日本大使館も見つけることが出来ます!!

アルバート通りは、若者や観光客、ジプシーの巣窟です(笑)

数多く並ぶ屋台から、日本語、中国語、英語を駆使した店員が威勢良く「安いよ。安いよ。」と声をかけてきます!
そして、「これ○○ルーブル、これとこれ買うなら○○ルーブルにしてあげる(^^)ニコニコ♪」
(○○ルーブルは前後共に同じ値段のことが多いのはなんでなん??爆)

ってな感じで、マトリョーシカや民芸小物、ガラス細工、民族衣装などを威勢良く売っています。

ちなみに、僕はここでチャイコフスキーが一番上のロシア国民学派マトリョーシカを手に入れました☆
これが結構レアなんです(^^)

モスクワ滞在中、途中から僕は一人になったので(他のツアーの人たちはみんな2次予選までだったから)
このアルバート通りに行きまくりました♪
そして、品と値段を定めて、値切って、結構おみやげ買いました(^^;)やっぱ大阪人やと自覚(恥)

また、ここには似顔絵を描いている芸術家が何人かいるんですが、これが結構上手い☆☆☆☆☆
一番上手いと思った絵描きさんに僕の似顔絵を1枚書いてもらいました。結構値段はしますよ!!
しかも「ハンサムに書いて下さい」って注文つけました(^^;)出来は最高でしたよ♪
多分、100年後にはうん百万するかもです。

また、この通りではよく大道芸人たちが持ち前の技を繰り広げています。
日本と違ってレベルが高いんです!!!!!

その中でも、僕はある少女のヴァイオリンが心に沁みました。(写真の真ん中の女の子)
多分、彼女の家は貧しいのかヴァイオリンの音色から生計を立てている匂いがしました。

ドイツでも大道芸で生計を立てていそうな人はよく見かけますが、
こんなにも幼い少女が芸術的にも素晴らしい演奏をしているのは、未だモスクワ以外では見ていません。
この国の貧しさは、こんなにも芸術を高めるのかと思い、自分がいかにハングリーでないかを思い知らされました。

アルバート通りは、モスクワで1番にぎやかで楽しい所でした☆

p.s. 上:屋台に所狭しと並ぶマトリョーシカ(中に3〜5個くらいのロシア民芸品)
   中:クライスラー作曲「愛の悲しみ」を甘く切なく奏でる幼い少女。大ヴァイオリニストになる可能性大!!
   下:さらに幼い音楽家♪姉がアコーディオンの弾き語り、妹は歌を歌って聴衆に必死に伝えてる様子(^^)

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今から約50年前、1958年にチャイコフスキー国際音楽コンクールは幕を開けました。

このコンクールは、ロシア(当時ソ連)がアメリカや世界に向けて音楽芸術の頂点を知らしめる為に
開いたものです。
そして、皮肉にも第1回のピアノ部門の優勝者は、アメリカの若き青年、ヴァン・クライバーンでした。

クライバーンは、アメリカ人なのにも関わらず、ロシアで最もロシア人的な演奏で聴衆を魅了し、
見事に優勝したのでした。
彼のロシア的な演奏は、彼の教師ロシア人のロジーナ・レヴィ女史からのものであり、
ロシア・ピアニズムの伝統を彼に伝承したからです。

第1回のピアノ部門の審査委員長は、エミール・ギレリスでした。
あのスヴャトスラフ・リヒテルも審査員の1人でしたが、クライバーンの演奏を嫌っていたので
他の審査員がクライバーンを本選進出させる時に、辞退するという事件が起こりました!!

こんな中でも動揺せず、モスクワ音楽院大ホールで堂々と自分の演奏をして、見事に優勝を果たしました。
こうしてクライバーンが伝説を作って、チャイコフスキー・コンクールの歴史はスタートしたのでした。

このコンクールの入賞者の中には、アシュケナージ、ヴィルサラーゼ、ソコロフ、クライネフという
どれも後に素晴らしいピアニストになった人たちばかりです。

そして僕は次回の第13回に出場するべく、現在研鑽を積んでいるわけです。

このコンクールでは数々のエピソードが生まれました。
現在開催中のショパンコンクール同様、世界の3大コンクールのひとつです。
ピアノ以外も兼ね備えた音楽コンクールとしては、現在でも世界一を誇っています!!

僕はこのモスクワ旅行では、コンクールの視察も兼ねていたので、少しでも多くのことを吸収するべく色々な情報を集めました。そして、僕と同様にコンクールの下見をしている人もいました。

色々な熱い想いがこもったこのチャイコフスキー・コンクールは、本当に魅力的なコンクールです。
みなさんも是非、この4年に一度行われる音楽の祭典を見に行ってみてはいかがですか?

p.s. モスクワ音楽院大ホールの様子。
   コンクールでは、スタインウェイ、ベッヒシュタイン、カワイ、ヤマハの4台から演奏者は選択できます。

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ロシアの伝説的ピアノ教師、ゲインリッヒ・ネイガウス
モスクワ音楽院で一際輝き続けている教室が、ここ第29番教室です。

ピアニストを目指している人なら誰もが知ることになるはずの偉大な彼の存在。
ネイガウスは孫にあのスタニスラフ・ブーニンがいますが、彼の息子スタニスラフ・ネイガウスもまた
この第29番教室で多くのピアニストを育て上げてきました。

僕はこの教室の空気を吸った瞬間、ロシアピアニズムの頂点を感じました♪

当時は3台ものスタインウェイのグランドピアノが置かれ、この教室には所狭しとピアノ科の学生が聴講しに来ては、
リヒテル、ギレリス、ナセトキンなどのレッスンでのネイガウスの一つ一つの言葉に耳を傾け、感動していたようです。

あのアシュケナージでさえ、ドアの隙間からネイガウスのレッスンを覗き見して感動していたようです。
この教室だけは他の教室とは世界が違ったようです!!

僕はこの教室でリヒテルやギレリスの息吹を感じ、ネイガウスの偉大な足音を聞いたような気がしました。
このように第29番教室に入ることが出来たことは、今では大変貴重な経験でした☆

p.s. 上:第29番教室。表札にはネイガウスの頭文字と教室の名前『クリーチィ』で、ネイガウスの香り??
   下:部屋の写真は右から、ゲインリッヒ・ネイガウス、エミール・ギレリス、スヴャトスラフ・リヒテル

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