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日本国憲法第二十条第三項には「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と謳っている。これは、日本の伝統を否定せよというマッカーサーの命令によってつくられた条文である。その結果、戦後六十年経た現在、日本国内では親を殺す、子供を虐待死させ、夫婦間でも保険金欲しさに夫を妻を殺す事件が年々多くなっており、子供同士でも殺し合うという凄まじい悲惨な事件が毎日のように新聞紙面に報じられているがこれが日本の現実の社会情勢である。人としての道徳観念がいかに欠如してしまったかということの証明ではなかろうか。
日本人は昔から祖先を尊び、親を敬い家族の絆を大切にする民族であったはずである。
しかし、日本の伝統を全て解体させるためマッカーサー最高司令官の命令によって日本国憲法が施行されたのである。
キリスト教は祖先崇拝を否定する教えであり、現在、イギリスでは当時サッチャー首相が崩壊寸前の国を立て直すため、イギリスに住むイギリス人はイギリスの宗教であるキリスト教を法律をつくってまで宗教教育を徹底し国を再生した経緯があるが、古代のイギリスでも大昔は日本人と同じく先祖を祀り、神木を崇め死ぬと子孫に生まれ変わると信じていたという。
祖先を敬い尊ぶことは人間の自然な感情であり古代においては世界中の民族にも共通した信仰形態であったのである。
キリスト教の一信教の宣教とは、改宗させるか殲滅するかという強引なものであり、十五世紀から十八世紀の三百年間、ヨーロッパでは魔女狩りと称して民間の信仰を撲滅し、アメリカ大陸では推計一億に達する原住民をみなごろしにしたのだ。(イスラム教もそれに劣らない残虐さを発揮した。インド仏教はイスラム教徒によって滅ぼされた)
キリスト教の教義の核心をなす「愛」の思想「汝の隣人を愛せよ」はキリスト教徒に限られていて、隣人が異教ならば殺してもよかった。(ローマ法王庁が異教徒の存在を認める公式見解は一九六二年のことである。)
キリスト教が最大の目の敵にしてきたのが祖先崇拝であることを日本人の多くの人達は理解していないのではないだろうか。
同じ敗戦国でありながら、連合国に対して憲法だけは自国でつくった西ドイツでは憲法の基本法には宗教を学校の必修科目と規定したのである。
宗教だけは教えてはいけないと定めた日本の憲法とは正反対である。
GHQは宗教教育を禁止した日本国憲法に巧みに恐るべき罠をしかけたのだ。
今の日本の学校では祖先を敬い尊ぶという日本の伝統を生徒に教えないということは結果としてキリスト教の教義にしたがっていることになるのだ。
その結果は、現代人をみればハッキリとわかるようにモラルの欠けた日本人が誕生してしまったのである。道徳心のカケラも無いと言ったほうが正しいかも知れない。子が親を殺すといったことは野生の動物社会でもいないのである。厳しく申せば今の日本社会ケダモノ以下の集団と言っても過言ではない。
マッカーサーがしたこと、命じたこと、彼が日本の伝統をことごとく否定したこと、そのすべてを、いまだに忠実に守っているのが学校という教育現場なのである。
今の日本にサッチャーほどの政治家が一人いればいい。それで日本は変わるのだ。
いかに宗教教育が大事か読者の人たちに理解して頂きたいのであります。
間違った戦後教育のため、現代人の大半は『宗教』というと何か変な集団と思う人たちが多くなっているのも大きな問題である。
この記事は『仏教が救う日本の教育』(宮坂宥洪著・角川書店)を参考にさせて頂きました。
記事を通し宮坂宥洪師にこれからも日本再生のため御尽力をお願いするとともに心からエールを申し上げます。
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はじめまして、フォノン通信といいます。このような情況を招いた責任の一端は「仏教に帰依する僧侶の方々」にもあるのではないでしょうか。ベンツを乗り回し、幼稚園などを経営し、資本主義の先兵と化している僧侶をよく見かけます。不幸なことに、わたしは、衆生の救済に奔走する僧侶にいままで出会ったことがありません。わたしは、仏教を深く愛するものであり、神道の自然崇拝に日本人の魂の源流を感じている一詩人であります。こころある仏教徒の方々、宗派を越えて集い、この日本の迷える衆生を救っていただきたいと願っております。
2006/3/11(土) 午前 3:22
フォノン通信様>貴兄の言われる「衆生の救済に奔走する僧侶にいままで出会ったことがありません。」大変手厳しい御意見ですが、全国には数少ないですが私財を投じて困った人たちの救済活動をしている僧侶もおります。僧侶のパーセントで言えば0.05%もいるかいないかだと思います。多くの僧侶たちは教義で憶えた説法を一方的に話して衆生救済したと勘違いしていると思います。衆生救済の原点は実践活動であることを知らないのです。ハッキリ申せば相手の心を感じ取ることが出来ない坊主です。
2006/3/13(月) 午後 0:51 [ kan**jin*ish* ]
宗教心や信仰心が無いから、基本的な道徳心や良心が育たないのでしょうね・・・「警察に捕まるから・・法で禁じられてるから・・悪い事をしない」というのではなく、何故にそれが悪い事なのか理解し、良心によって「そのような非道な行為はしてはいけない」としなければならないと思います。
2006/3/13(月) 午後 3:22
正に貴兄の言われるとおりです。昔の日本人は生活の中において感謝・反省の心を磨いていたことが素晴らしいことだと思います。その結果、道徳心が身についたのではないでしょうか。
2006/3/17(金) 午前 10:35 [ kan**jin*ish* ]