閑山子余録

閑山子こと川平敏文のブログです。近世文学・思想研究情報を中心に発信します。

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国文研が、「新日本古典籍総合データベース」を試験公開しているのを
ご存じであろうか。今年の4月27日のことである。

「日本古典籍総合目録データベース」は、国文学研究においてはもはや
手放せないツールとなっているが、こちらはその進化形とも言えるもの。

これまでの書名や作者などによる検索、および書誌情報に加えて、
タグによるキーワード検索、全文テキスト、画像などとも紐付けられている
という。国文研にしかできない仕事である。リンクはこちら

あくまでも「試験公開」なので、完成形なのではない。
恐らくこれからユーザーの意見を聴取しながら、より使い勝手のよいものに
なっていくのであろう。
それを前提として、以下はお読みいただきたい。

上記リンクの「概要」をざっと読む。
まず「DOI」とか「CC BY-SA 4.0」などという専門用語に慣れないためか、ちょっと怯む。
よく知らないのは私だけであろうか。ならば問題ないが。

まあ、それはとりあえずよいとして、検索ページに入り、「書誌から探す」を選択して、
適当に「西鶴」などとキーワードを打ち込んでみる。
一覧で様々な「西鶴」を含む書誌情報が出てくるが、同一タイトルでまとめられ
るのではなく、個別の所蔵元別に表示されるのであろうか。同一タイトルがとびとびに
出て来て、ちょっと使い勝手が悪い。旧「古典籍DB」のように、同一タイトルでまとめて
くれると見やすいのだが。

「画像タグから探す」検索、こちらはなかなか面白そうだ。
「烏帽子」などと打ち込めば、烏帽子の絵を含む画像のページが一覧できる。

「全文から探す」検索、こちらはまだ使えるテキストが圧倒的に少ないようであるが、
画像と全文テキストが表示されるようである。
画像が表示されるスピードは、かなり速い。画像の明度なども調整できるらしいが、
これはかえって煩瑣な感じがしなくもない。

また画面上にいくつかの画像を並べて比較できるような機能もあるようだが、
こちらも操作性は今ひとつよくない。もちろん、慣れていないというのもあるが、
慣れれば便利な機能の一つではあろう。

とまあ、マイナスのコメントばかり並べてしまった気がするが、何度も言うように、
これはあくまでも「試験公開」である。日々改善されているのだろうし、また、
もっとすごい機能があるのに、私が使い切れていないだけのものもあるに
違いない。いや、ぜったいある。

だからぜひ多くの人が使ってみて、感想や意見を上げていかねばならないだろう。

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古典文学の常識を疑う

いろいろ書くべきことがあったが、自分の論文執筆がひとつの
難所にさしかかっているる局面があって、こちらはなかなか書けていない。
二十代、三十代のときなども、難所を乗り越えるのに何日も何週間も
費やしていたが、この年になっても同じ。成長しないものだ。
ただ、徹夜のような無茶はしないというか、できなくなってはいるという
のはあるかもしれない。

ところで、先日の近世学会のときに物色した新刊本のなかから、
一書を紹介する。
松田浩ほか編『古典文学の常識を疑う』(勉誠出版、2017年)である。
いやどうもこれは、めちゃめちゃ面白そうである。

「常識」というのはつまり「定説」である。そこを「疑う」というのだから、
学生にとっては格好の研究入門となるし、キャリアのある研究者にとっても、
自分たちの立っている足下を見直すきっかけになるであろう。
万葉集から春画まで55のテーマで、それぞれ4頁ずつくらいで手際よく
述べられているから、古典文学全体が見渡せるのがよい。

近世文学でいえば、
黒石陽子「浄瑠璃正本は実際の舞台にどれだけ忠実なのか」
佐藤勝明「『奥の細道』中尾本の意義はどこにあるのか」
塩村耕「近世における写本と版本の関係は」
板坂則子「馬琴の「隠微」とは何だったのか」
井上泰至「軍記はどのような人に読まれたのか」
倉員正江「近世文学における教訓性とは」
石上阿希「近世期における春画の用途と享受者」
などなど、興味深いテーマが並んでいる。

が、個人的には正直なところ、上代から中世のテーマの方が、
知識がない分だけもっと興味深いのである。
品田悦一「『万葉集』が「天皇から庶民まで」の歌集というのは本当か」
大浦誠士「「枕詞は訳さない」でいいのか」
中川照将「『源氏物語』の巻々はどのような順番で作られたか?」
山中悠希「諸本論は『枕草子』研究を革新できるか」
藤巻和宏「中世が無常の時代というのは本当か」
小秋元段「『太平記』どのような意図で書かれたのか」
伊藤慎吾「お伽草子は中世の文芸か」
などなど。
読まずにいらるるものか。

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近世文学史研究

『近世文学史研究』第2号が出た。
飯倉洋一氏の監修で、「十八世紀の文学 学び・戯れ・繋がり」が特集だ。

「提言」に思想史、歴史、美術史、芸能の各論者を起用するのは新しい。
「提言」とはいえ、それぞれが一箇の論文くらいの充実した内容となっている。

また「論文」も、和歌、俳諧、小説、出版と、かなりバランスよく配置されている
印象がある。

飯倉氏の序文に「紆余曲折」を経てようやく刊行にこぎつけたとある。
どのような紆余曲折があったのか分からないが、十八世紀文学とその周辺の
研究をするうえでのスタートとなりうべき総論的な論考が多く、初心者から
専門家まで使うことができる一冊となっているのではないだろうか。












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中世和歌史の研究

小川剛生『中世和歌史の研究―撰歌と歌人社会―』(塙書房、2017年)が出た。

本書は鎌倉後期から室町中期あたりの和歌史について、「撰歌」という営為
(勅撰集などの入集歌を「選ぶ」作業)を中心に、そのシステムや当時の和歌を
めぐる人々の動きを考察した本である。
「撰歌」は歌を「詠む」能力とは別ものだという。いまで言えば、小説家と評論家、
あるいは作曲家と編曲家の違い、のようなものなのであろう。

全700頁にもおよぶ大著。最近はあまり見ない箱入り本で、表紙にはパラフィン紙が
かかる。しかも書名は明朝体で「中世和歌史の研究」。シンプルでかっこよい。
まずその佇まいが、すでに名著の風格を漂わせているのである。昭和40年代の本、
と言われても、あまり違和感がないような。

附録の「勅撰作者部類・続作者部類 翻刻」が、本書のもう一つの目玉。150頁
近くを割く。
古い活字はありながらも、十分な校訂がなされていない「工具」書の類は数多い。
著者が兼好(卜部氏)の系図について疑問を呈した『尊卑分脈』などもその類であった。
このような「工具」のリニューアルは、労多くして功少なし、しかし絶対的に必要な
ものではあり、ほとんど慈善事業みたいなものである。
そしてそういう仕事をやってくれるのが、小川剛生氏なのである。

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九州大×台湾大

このGW、九州大学文学部と台湾大学日本研究センター・日本語文学系との
人文学術交流会が行われた。両大学から教員、大学院生が総勢10名が出て、
「人文学から見た東アジア」というテーマで発表。
当方も発表させていただいた。

イメージ 1

私の発表は、享保期の支考一派による仮名詩について、その思想的な背景に
ついて考えたものである。
日本人の漢詩・漢文リテラシーに対する問題意識という点では、同時代の荻生徂徠の
『訳文筌諦』の議論と通底していること、また十八世紀中葉以降の国学につながる、
広い意味での日本主義的な思潮の盛り上がりが、俳諧のような文芸にまで波及して
いるのであろうこと、など。

会場では近世教育史の辻本雅史先生から、有益なコメントを頂きありがたかった。
また2日間を通して、近世漢学史の徐興慶先生をはじめ、台湾大学の先生方には
本当に歓待いただいた。

歓待といえば、以前に台湾大学で製作販売しているバニラアイス(写真参照)が
美味しくて、台湾大調査のときには毎日のように食べていた、という話をしたら、
休憩時間にどっさりと買ってきていただいた。

イメージ 2

うむ、あまり粘らない、口溶けさわやかなバニラアイス。
クラッカーの塩味も効いていて、やっぱり美味い。
ありがたいことであった。

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