閑山子余録

閑山子こと川平敏文のブログです。近世文学・思想研究情報を中心に発信します。

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やれやれ、一ヶ月ぶりの更新である。

年末から年始にかけて、急に舞い込んできた仕事が何本かあり、
なかなかハードであったので致し方あるまいか。

さて、拙稿「徳川吉宗の文教デザイン―『六諭衍義大意』研究ノート」
(『語文研究』124号、2018年)が刊行された。

享保以後の、いわゆる「談義本」の叢生をもたらしたのは、徳川吉宗
による学問奨励政策であるというのは、鳶魚山人以来の定説。
なかでも、庶民教化政策の一環として室鳩巣に編述させた『六諭衍義大意』は、
その象徴である。本書は明代の善書『六諭衍義』の大意を、平易な仮名文で
解説したもの。いわば、享保の「教育勅語」なのであった。

『六諭衍義』は、琉球使節団の一員であった儒学者・程順則が日本へ将来し、
それに吉宗が関心を抱き、上記の庶民教化政策に役立てた、とされる。
と、こうふうに言えば、ことは何やら偶発的であったように思われるが、
本稿ではこれを、吉宗が積極的に「たぐり寄せた」ものと考察した。
「六諭」による民衆教化は、当時台湾や琉球にも浸透しており、いわば
「国際規格」の民衆倫理であったからだ。

『六諭衍義大意』の編述過程は、室鳩巣が弟子の青地兼山らに送った書簡
(『兼山秘策』)によって、かなりつぶさに知られる。
それによれば、吉宗は、全体の分量からレイアウト、書体、書名にいたるまで、
隅から隅まで細かい指示を下している。
それに対する鳩巣の反応もまた面白いのであるが、ともあれこれを見ると、
『六諭衍義大意』はたしかに鳩巣の編述ではあるが、プロデューサーとしての
吉宗役割は甚大であったことが分かるのである。

本稿の「大意」はだいたいこんなところ。
なお『六諭衍義』関連事業に関する林家の立ち位置が分かる資料、宝暦・
明和頃の『六諭衍義大意』受容に関する新資料なども若干紹介しております。

以上、今年もよろしくお願いいたします。


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パリ行記

国文研とパリ・ディドロ大学との共催で行われた、「江戸の知と随想」と題する
シンポジウムで発表させていただいた。

当方は「徒然草と江戸文学」という題で、徒然草のテクストは、パロディ・追随・
展開・潜在など、さまざまなレベルで江戸の散文全般に影響を及ぼしている
ということをを、特に『可笑記』『労四狂』『堪忍記』などの例を中心に紹介した。

本シンポで共有された認識は、近代的な意味における「随筆」というジャンル
概念を江戸文学に当てはめた場合、そこから漏れてしまう様々な文献があり、
「随筆」(「随想」)の枠組みを広げて考えてみる必要があるということだ。

パリ・ディドロ大学のマティアス・ハイエク氏の「和漢三才図会」にかんする発表も
興味深かった。「和漢三才図会」の部立てや採録項目に見る独自性など。
本書は、医学・本草・天文・地理・建築・風俗・絵画・出版など、それこそ文理に
わたるさまざまな分野の研究者が集って、総合的に研究すると面白いと思う。

期間中、フランス国立図書館へ調査に出かけたりなど、パリ市街を歩く機会が
あったが、中世そのままのような街並みがどこまでも続く壮観さは、本当に
何とも言えない。
必ずしも古い建物ばかりではなく、新しく建て替えたものもあるはずだが、建物の
高さ、外壁の色などを、このような古い様式に統一せよという条例があるのだろう。

擬古文の街だ。

イメージ 1

それから、国立図書館の荘厳さにも舌を巻く。
写真では分かりにくいが、半円状の閲覧室の壁一面に、書架が並んでいる。
自然光を取り入れるための天窓、アーチ型の柱、閲覧机に備え付けられた
電気スタンドの色づかいにも、センスを感じる。
まるで絵画だ。

イメージ 3




イメージ 2

ひるがって、わが東京の街並みや、国会図書館や国立公文書館は……

うーむ。考えないようにしておこう。


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リポート笠間 63号

小川剛生氏の新書を紹介した拙ブログ記事、一昨日と昨日だけで600件近い
アクセスがあった。本書への注目度の高さを改めて感じたことだ。

ところで、国文学関連の雑誌で、いま一番面白いものは何かと問われれば、
「リポート笠間」と言ってもよいのではないか。
先日届いた63号は、充実した内容で読み応えがあった。
特に将棋面貴巳氏の「人文学としての日本研究をめぐる断想」という文章は、
自戒とともに面白く読んだ。

「すべての歴史的な「日本研究」は、その研究者が現代社会に対してどのような
問題意識を持っているか、という点と切り離して存在すべきではないということ
である。……「学問のプライベート化」状態を当然のこととして肯定するならば、
それは知的「引きこもり」の状態であると言えなくもないのではないか。」(p41)

細かく専門化された分野内だけで評価される知的営為は、やがて研究全体の
先細りを招く。深く掘り下げることによって、たしかにその分野は文字どおり
深化していくのであるが、掘ることそのものが目的になってしまい、何のために
掘っているのかが忘れられている状況。やがて、地上からの燃料や食料の
供給も途絶えがちになって……これが、私が研究者として過ごしてきた
ここ二十数年の状況だったように思う。

自分の研究を、どのように「現代」と切り結ぶか。
もちろん、これまでも言われているような、人文学の社会的価値というような
レベルの議論を援用して、自分の研究を意味付けることは可能である。
だが、とりえあず具体的に検証してみなければならないのは、自分の研究を
他分野の学者や、大学生、あるいは一般人(公開セミナーやカルチャーセンターの
参加者)に披露したときに、彼らが興味をもってくれたかどうか、ということであろう。
彼らが面白いと思わないような研究は、そもそも「現代」と切り結ぶ可能性はない。

マニアックな研究はあってよい。いや、あるべきである。
しかし一人の研究者のなかに、上のような「外野」の人々が面白いと思うような
研究テーマを、最低一つ――それがメインであれば、なお素晴らしいが――
持っておくべきであろう。

そんなことを考えさせられた。


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小川剛生『兼好法師 徒然草に記されなかった真実』(中公新書、2017年11月)
が出た。

去年の今頃、「ぜひ新書で書いてください」と申し上げていたところであった。
そのときすでにこの企画は進行していたのかもしれないが、ともかくこんなに
早く本書を手に取ることができたのは、喜び以外の何ものでもない。

全七章構成。第一章で、はやくも心を撃ち抜かれることは必至である。
文学研究者がこれまで「前提」として考えてきた兼好像が崩壊していく。

たとえば、「蔵人・左兵衛佐を経て、従五位下に叙された」という通説も、
勅撰集の詠者名表記の原則から、あり得ないこととする。五位以上ならば
実名で入集するはずで、また六位以下が自分の名前を残すためには、
法名にする必要があったからである。
兼好は「兼好法師」として入集しており、身分的には六位以下の侍品で
あったろうと推定されている。

あるいは、兼好が出た卜部氏の一族を、伊勢神宮祭主大中臣家と関係
が深い平野流に近い一派であり、「神宮領を与えられて在京の資と
しながら仕えていた」人たちではなかったかと推定。身分が侍品だとすれば、
いわゆる「伊勢武者」のような存在であったろうと。

第一章でこれである。

世の中にたえて小川剛生なかりせば…
徒然草の筆者にかんする研究は、今後何十年、何百年、放置されていたか
分からない。

『応仁の乱』ほどの分かりやすい文体ではないので、あれほどのベストセラーに
なるかはわからないが、歴史に残る本であることは間違いない。



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近世学会雑感

11月18日(土)、19日(日)と、鹿児島大学にて近世学会の秋季大会が
行われた。
地方、それも九州の南端で行われた学会にしては、参加者が多かったの
ではないか。

一日目は講演二本という、異例の内容であったが、鈴木彰氏の講演は
面白かった。「なんとか姫」とか「なんとかドン」ではなく、むしろこっちを
大河ドラマにしたらよいのにと思ったほどだ。

近世後期の薩摩藩主で、従来あまり注目されてこなかった島津斉興、
およびその側近たちの、「中世的」な方法による自己同定の話である。

徳川将軍家に対する、「源氏の正統」としての島津家の自覚、その天皇護持・
国家鎮守の臣としての自負などは、幕末における島津家の歴史的な動きに
大きく影響している。政治史的な「歴史」の裏にひそむ、文学史的・精神史的な
「歴史」。維新のエンジンは、むしろ後者であったかもしれない。

二日目の研究発表も、なかなかに粒ぞろいの発表であったように思われる。
特に尾崎千佳氏の、宗因における俳諧の意味を考える発表は、普通に喋れば
何時間かになりそうな内容を、25分という短時間で的確に話すという、離れ業を
見せてくれた。まさしく「言葉の職人」である。その熱量に圧倒されるとともに、
氏の長年にわたる地道な宗因研究の苦労も思いやられて、心が揺さぶられた。

今回の鹿児島大会、懇親会に鳴り物や踊りの出し物があったりして、往時の
学会の賑わいを思い出すに十分なもので、本当に楽しかった。
ただ、見渡せば、花も紅葉もなかりけり……ではないが、気づくと何十年も同じ
顔ぶればかりになっているというのは、何とも恐ろしい状況である。

思い出ばかりに浸ってはおれない現実がある。

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