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安倍政権になってから、株価が上がったり、円安になったり
期待感で、小さなバブルが始まったなーと思えるけど。
たまりにたまった財政赤字、どーすんのよ?
民主党の時代に、削減の努力してたのに、元の黙阿弥。
いわく、「財政問題は、長期的には厳しく
中短期的には、柔軟に」だって。
それって、結局は、問題を先送りして
見たくないものにはふたをして、景気のいいことを言って
みんなで、さあ踊りましょ!っていうことですよね。
そんなんで、大丈夫?と、思っていたら、
案の定、日本経済は破綻するって見る専門家も。
スペインの二の舞にならなきゃいいけどね。
経済の指標が株価だなんて、間違ってるよ、まったく。
ちゃんとまじめに、物を作って、サービスを提供して、
世の中に価値を生み出している人たちが
一部の、欲の皮の突っ張った投資家に振り回されて
いいもの・ことを生み出す仕事を邪魔されてる。
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言いたいこと
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社会に対する疑問、提言…ってほどでもないですが
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永田町のニュースでは、年内解散とか、約束守れとか。
野党は自分のことしか考えてない気がするよ。
今の日本、震災の復興もままならず、経済も低迷し
外国からは、足元を見られているかのように
領土を狙われたり、難儀な課題を突き付けられているのに
国内で内輪もめしている場合か!と思う。
そりゃ、増税だってないに越したことはないし、
何もかもが完璧にいってほしいとは思うけど
いろいろ大きな問題があって明るい話題がみえないときに、
「これ以上悪くしない」方向に、バランスをとっていくのが
どれほど難しいことか。
新党も次々でてるけど
無責任だから、景気のいいことばっかり言えるんだよ!
高熱出して、体重が減って、体力が落ちているときに
大きな外科手術するみたいなもんだよ。
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ちらっと見た番組で、インターネットのSNSの素晴らしさなんかを議論していた。
Facebookとか、Twitterとかのおかげで
問題解決が早くなるとか。
例えば、子育ての悩みをネットで投げかければ
瞬時にたくさんの回答が得られるとか。。。
まあ、確かにそうだけど、コメントの向こうの人がどんな人かわからなくても
そのアドバイスを信用するって、危ない気がする。
親とか義母とか友人とか先輩とか、主治医とか保健婦とか
それくらいのことを、リアルで相談できる人って、いないの?というのが疑問。
それと、直接会って話すという「コスト」を掛けなくても繋がれるのがメリットだと。
確かにそうでしょう。
何か志がある人、人を集めたい人、呼びかけにこたえる技量をもっている人
そういう人達にとっては、瞬時に繋がることができ、動きが早くなるメリットがある。
震災後の支援の輪も、そういうので大きく広がって行ったと思う。
でも、自分でもFacebookやTwitterをちょこっと経験して思ったのは
単に、「仲良くしましょ〜」といって、Facebookで「つながり」を作ったとして
何もできない、やりたいこともない人たちばかりじゃねー。という気がする。
(↑あ、私のことです。笑)
それを「烏合の衆」と言わないかい?
以前、異業種交流会というのが流行った。
パーティーに行って、いろんな人と名刺交換して、
100人の名刺を集めたとして、それが何?と思っていた。
パーティーで名刺交換したくらいで
簡単にビジネスパートナーになれるわけないし
自分の人脈を紹介できるほど、相手を即座に信用できる?
いろんな人と知り合えて刺激的、という人もいて、確かにそうだけど
「異業種」ではあるけど、「パーティー好き」という点で同類の集まりであり
楽しい刺激ではあっても、自分を高めるほどのことじゃないんじゃないかと。
何かの本に書いてあった。
「使えない100人の名刺を集めるより、
100人の本当の人脈を持った人と知り合うことだ」
ほんとにそうだよなー。
そして、そんなすごい人脈を持つ人と自分が仲良くなるためには
その人脈を紹介してくれるほど信頼される自分にならなくちゃ
人脈を紹介してもらうことに匹敵するものを、相手に与えられる自分にならなくちゃ
ってことだ。
Facebookは、ネット上の異業種交流会みたいなもんで
そこでのつながりが100人できたからと言って、
自分がすごい力を持ってるなんて幻想を抱くのは危険だよね。
結局は、自分、だもの。
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前記事の続き。
糸井重里さんが、動物愛護法について言ってたことで
なーんか違和感があって、考えてた。
違和感のもとは、ここ↓だった。
ただ、犬や猫は、どんな状況にも抵抗できずに、だまって従うしかないので、人間のほうが代理で彼らにも生きやすいように、守ってやらねばなりません。
確かに、ペットの動物たちには、このような状況があります。
だけどさ、こういう状況を作ったのは、人間のほうだよ。
およそ生きものとして生まれたら、親の庇護を必要とする一定期間を除いては
自分で自立して生きていく力が備わっているはず。
犬や猫が人間を離れて生きていかれないのは、
人間が、「愛玩したい」という欲求を満たすために
いろんな改良をして、野生に戻れない「愛玩動物」を作り出したうえで
自分では餌もとれない環境でしか生きられないようにしてきたからだよ。
そのことへの懺悔なしに、「守ってやらねば」っていうヒロイズムみたいのに引っかかった。
そして、「ああ、男ってこうなんだ!」と、すとーんと腑に落ちた(←いい年こいて、遅すぎ^^;)
夫や、弟を見ていて、ときどき思うけど、「弱いもの」への接し方が
「愛情」っていうより、「感傷」って思える時がある。
ペットのことについても、老いた親たちについても
「おーよしよし、かわいそうに、俺が守ってやるからな。。。」っていうような。
それは 「やさしさ」 なんだろうけど。。。
本当に相手に幸せになってほしかったら、時には、自分が悪者になっても
相手に苦い薬を飲んでもらわないといけないような状況でも
「嫌がってるから」「かわいそうだから」みたいな、
「女の涙をみるとおろおろしちゃう」みたいな。。。
私なんかは、守ってやるっていうより、足りないところを補うことで
できるだけ自立して自由に生きてほしいと思っちゃう。
犬や猫は、もう自立できる余地がないから、仕方がないけどね。
猫たちに関しても、「愛玩」っていうよりかは、
餌とねぐらと医療を提供するだけで、あとは皆勝手に生きてる
「同居人」っていうかんじがしてる。
かわいいっていう気持ちもあるけど、部屋を汚されて憎たらしいっていう気持ちもある。
その辺が、微妙に夫と感じ方が違ってる気がする。
夫婦円満の秘訣は、女が働かないこと、社会で活躍する女は
尊敬されても愛されない、って書いてる本があって、ショックを受けたけど
それは、いい悪いの問題じゃなく、真実なんだなーと、腑に落ちた。
弱い者にはずっと弱いままで、依存していてもらわないと困ると。。。
男の人の、デフォルトの「愛」って、「愛玩」なのかもね。。。
だから、昔は、女には自立のための教育を与えなかったのか
だから、今でも、「精神的てん足」みたいなことがまかりとおってるのか
と、思った。
愛玩は、私はいらない。
ツールとして利用する女はいると思うけど。
ペットも結構、気がついてて賢く利用してたりして。
あ、糸井さんを非難しているわけではないのであしからず。
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このあいだ、停電がありました。
家で仕事をしていたら、ブンッ、ヒューン、と
パソコンの電源が落ちてしまい、真っ青!
またハードディスクがやられたのかと思ったけど
プリンタなど、他の機器も電源が落ちてる。
ブレーカーが落ちたわけでもない。
中部電力に電話してみたら、市内の一部で停電しているという。
原因もわからないので、いつ復旧するかわからないと。
締め切りの時間も迫っているので、仕事先に電話して事情を話したら
しかたないですね、とおっしゃっていただいて、ほっとした。
やきもきしていても仕方がないと、家事でもしようかとおもったけど
よく考えたら、掃除機や洗濯機が使えない。
冷蔵庫を開けたら、中の温度が上がってしまうかも。。。と、開けられない。
本を読もうかと開いてみたけど、外は雨で部屋の中は薄暗く、
なんだか集中できない。
うろうろしているうちに、50分くらいして、通電した。
あわてて仕事を再開して、なくなってしまったデータの分を
こまめに保存しながら、もう一度作業していたけど
それから2回ほど、1〜2分の停電があり、そのたびに、
消えてしまった分をやり直し。。。
結局、納品予定時間を2〜3時間、オーバーしてしまった。
はあ。いかに仕事も生活も、電気に依存しているか、体でわかった(笑)
停電の原因は、どこかのトランスに、樹木が接触したためと
あとでHPで知ったけど、「電気に依存していること」を知らしめるための
陰謀だったんじゃないかなんて、勘ぐってしまった(笑)
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『週刊金曜日』に、4コマ漫画が載っていた。
偉い人が「原発がなくなったら、江戸時代に戻りますよ」と言うと
誰かが「べつにいいじゃん」というオチなんだけど。
「原発がないと江戸時代に戻る」なんてのが、ほんとかどうかは知らないけど。
江戸時代じゃなくても、終戦直後くらいにだって、戻りたくないな、正直。
ものがない、不便である、ということだけなら我慢できるけど。
貧しさゆえに、人の心は確実にすさむと思う。
以前に、白洲次郎さんの本を読んでいたら、
当時の、農村の暮らしについて書いてあった。
農民は忙しすぎると。
戦後、社会体制が変わって、民主主義だ、選挙だ、平等だと言ってても
農村では、演説会も聞く人がいないと。
農道を舗装するとか、護岸するとかでも、
農民の負担はかなり減るのだから、それをすべき、と
次郎さんは(当時)提案していた。
もちろん、電源開発も急務だと。
そうだよね。。。
自由だの平等だの民主主義だの、
人間の尊厳だの、思いやりだのと、今では「自明」のことも
人間が生まれながらにデフォルトで身についている考えじゃなくて
時間とお金をかけた、「教育」のたまもの。
とにかく、一日中、そして毎日、野良仕事しないと
文字通り「食べられない」生活の中では、教育なんてぜいたくだった。
よくはしらないけど、かつては、「子消し」も「姥捨て」も、
フィクションではなかったらしいし。
なので、「最近、子供の虐待が増えた」というニュースを信用していない。
問題視されていなかっただけでしょ。
今ほど、子供が(女も、年寄りも)大事にされている時代は
かつてなかったんじゃないかと(想像だけど)
「女・子供・年寄り」が、理不尽な目にあう世の中に逆戻りしてほしくない。
電気がない、エネルギーが使えない、効率が悪い、etc...
ひいては、文字通り「食えない」社会になってしまわないか
食えないだけじゃなくて、治安の悪さにおびえながら暮らすことになってしまわないか。
停電で、そんなことまで考えてしまった。
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