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母と話していた。
彼女の話し方で、「直してほしいところ」に、気づいた。
彼女は心配性で、「〜しなければダメだ」という話法である。
おかあさん、そうじゃないんだってば!
目標を設定すればいいのですよ。
目標を設定すれば、あとは潜在意識がやってくれるのだ。
もちろん顕在意識も使うし、「作業」もするし、「努力」もするのだが、
目標を設定するのが、一番有効。
目標は具体的なほどいいなんていう人もいるが、
マトリックスで考えると
とりあえずは「成果」の部分だけ思い描くところから始めればいいと思う。
誰かが喜んでいる顔。
自分が喜んでいる感覚。
どんな幸福感を感じ、
誰から誰に愛が伝わり
誰が愛を感じているか、浮かべばよいと思う。
天啓に近いプロセスでできた具体的目標なら素晴らしいが、
「執着した観念」でできた具体的目標なら、ないほうがいいと思う。
仏教を勉強している方が「喜びに執着してはいけない」という結論に達することが
あるようですが、
「これこれこうならないと、喜べない」という喜びの条件に執着することが
問題なので、喜びそのものはとてもいいと思う。
喜びはエクスタシーであり、何かと通じて、融合したしるしであり、
宇宙から贈り物を受け取ったしるしである。
融合と統合が愛であるならば、喜びは歓迎してしかるべきと思う。
・・・・感謝し続けていられる限り、喜びも果てしないわけですけど。
「〜しなければダメ」みたいなネガティヴな心配は、子どもには有害だと思う。
おかあさん、
心配しているヒマがあったら、目標を考えましょう!!
(^^)/
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ミトラさん、たぶん同じです♪「欲しい」とか「したい」とかではなく
「もうそうなっている」が効くんですよね。
2012/12/27(木) 午後 3:51 [ カール(カヲル32) ]
「〜しなければダメ」というのはフロイトのいう現実原則のような気がする。快楽原則を押さえ込んだ反動としての自我なら確かに「心配性」とか「苦しんでいる」ように見受けられる。
解放してあげれるのは、優しく接することのできるカヲルだけだ。
2012/12/27(木) 午後 3:54 [ エグゼル ]
エグセルさん、どうもありがとう♪
母のことは面倒みてきたつもりでしたが、ちょっと思いあがっていたかもしれません。
もっと面倒みないと、です!
母親が子どもの心配性を治してあげるように、優しくセラピーしてあげないと!
まずは自分の母親からセラピー♪ですね。
2012/12/27(木) 午後 4:07 [ カール(カヲル32) ]
なるほど。
フロイトの分類だと、現実原則と快楽原則と言うのか・・。
2012/12/27(木) 午後 4:08 [ カール(カヲル32) ]
同じことを言うとき私はプラスワードを使うよ
〜するといいよ、とかね
耳に入った言葉は 音としてイメージが残って積み重なるから、特に育児をする上では よっぽどなこと以外には禁止用語やマイナスワードは使わないようにしてるよ。細かいけど 例えば『使わない(マイナス)ようにする(プラス)』みたいに掛け合わせて話したりね
2012/12/27(木) 午後 6:41
一呉さん、はい、そうですよね。うちの母にプラスワードを使うように言いました・・・。が、意見すると、ひがんでしまうので、ちゃんと伝わってないかも・・。また明日も言ってみようっと。
なるほど・・「使わないようにする」は掛け合わせですか・・。
「ダブル否定はよくない」って聞いたことがあり、わたしは実はよくわかっていません・・・。
2012/12/28(金) 午前 2:04 [ カール(カヲル32) ]
カヲルさん
すっかりご無沙汰しています。
今の心境にぴったりの記事を読んで、ひさしぶりにコメしてます。
「ネガティヴな心配」に自分で気づいていても、
母親が小子育てに目標を持てないとか、
子育て放棄したいとか、
旦那への不満が形を変えて子供にもネガティヴな言動が出るような
根本原因ってなんなんでしょう?
なにか、自分自身のことで、もっと大切なことに気づいていないことがあるんでしょうか?
2013/1/12(土) 午後 3:52 [ Enterprise Fieldworker A ]
EFさん、お久しぶりです♪(^^)/
人間とうのは、「観念のカタマリ」なんだと思っています。
「子育てはどうせうまくいかない」とか「この世では人間は幸せになれない」とか「あの旦那の子供だからたいしたにんげんではない」などのいわゆるネガティヴな観念をもっているからではないでしょうか?
観念を変えない限り、何も変わらないのだと、最近私は思っています。
「ネガティヴにならないように気をつける」というだけでは限界があるのかもしれないと思います。
「あ、こんなことを考えている」と、一つずつ気づいていかないと観念は変わらないのかもしれないと思います。
2013/1/15(火) 午前 0:44 [ カール(カヲル32) ]
問題とは目的を持ちそれが実現されていない状態だから、問題を解決するためには目的をはっきりさせ現状を認識し適切な手段を発見し実行しなければならないということに気付いたのは23歳ごろでした。
しかし、これには副作用があります。すべての行為に目的は何かを明確にして生きてゆくと自分は目的達成のマシーンになってしまいます。自分の生きる目的は○○である。その手段は何であり、さらにその手段は何であるという風に目的手段の体系ができてきて自分は単純になります。しかし、次第に心がかさかさして味気なくなってしまいます。
2013/1/22(火) 午前 0:12 [ nakamura3104 ]
何が欠けているかというと愛が欠けているのです。この場合の愛とは他人の目的実現を助けるのも自分の目的とすることです。これに気付くと人間関係も豊かになり味のある人生となります。
私の経験を一般化すると、「これさえ押さえとけばすべてうまくゆく」ということはないということです。必ず副作用があります。副作用を抑える処方箋も必要ということです。問題を解決するためには目的を明確にする必要があるということは正しいがそれさえやっておけばよいというわけではなく、副作用を抑えるために愛を供給する必要があるということです。
参考まで。
2013/1/22(火) 午前 0:13 [ nakamura3104 ]
ナカムラさん、愛と感謝が全てを解決しますね。
「一流の科学者で、宇宙人と情報交換していると公言している人」について記事にしようと思います。
読んでくださいね。
2013/1/22(火) 午前 9:37 [ カール(カヲル32) ]