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ライナー・マリア・リルケの「隣室の神」あるいは「お隣りに、おいでの神様」 日本語訳の全文を載せます・・・。 私がリルケを好きなのは、「得た瞬間」「勝った瞬間」の表現がうまいからだと思います。 同じような意味で、与謝野晶子も好きです・・・。 ライナー・マリア・リルケ 富士川英郎 訳 (Du,Nachbar Gott, wenn ich dich manchesmal・・・) お隣りにおいでの神様 私がしばしば 永い夜にはげしく扉をたたいてお邪魔するのは あなたの息を聞くこともまれであり あなたが広間にたったひとりでおいでになると知っているからです あなたがもし何かお要りになっても 探る御手に飲み物を渡す者もいません 私はいつも耳をそばだてています ちょっと合図をなさって下さい 私はすぐおそばにおります 私たちの間にはたった一枚の薄い壁が 偶然にあるばかり あなたの御口が 私の口からの呼び声ひとつでーーー それはなんの音もたてずに 崩れ落ちるかも知れません この壁はあなたの画像で建てられています そしてあなたの画像はあなたの前に名前のように立っています もしもいちど光が私の内部で燃え上がり それで私の深い心があなたを認めても 光は額ぶちにかがやいて 空しく浪費されてしまうのです そして私の感覚はたちまち萎えて 故郷もなく あなたからも引きはなされています 歌の歌詞なら、失恋の歌でもいいですけど、 純粋に詩としてみた場合、「損失感ばっかり」にはあまり興味がないんですね。 損失感を嘆くのが、主になってる世界に行きたくないのかも知れない。 失った状態とか、なにもない状態というのは・・「新しい訪問」「なにかの誕生」を 待てるわけなので、実はとってもクリエイティヴなんじゃないかと思うんですよね。 何もなさそうに見えるところから、何かをつかみとるのは、「すてき」だと思うんですよね・・・。 この詩も、最後には得たものから離れてしまうのですけど 最初の何節か、「得ている歓び」が描かれていると思います・・・。 特別に好きな翻訳詩は、原文も読もうと思ったりしますが (最初から原文ではなく、翻訳モノを先に読んで、ラクをしようというところがミソ) リルケは数少ない、ドイツ語版の原文にも当たってみたことがある詩人です。 最近やってませんが・・・。
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リルケ
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昨日、「幻と祈り」という詩について、 |
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「わが肉体には、獣と天使と狂人が住まう」と書いたディラン・トマス・・・。 |
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