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旅行したいしたいと考えています。
今月これから台湾に行くつもりで
(ブログ活動が終わってから即申込みます)
来月は家族と軽井沢へ
8月は家族と八ヶ岳のコテージへ
9月はできれば八丈島
10月は多分アメリカ。
来年は、久しぶりに一か月くらい海外に行きたいと思っています。
どーなるでしょーか・・。
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国内旅行
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ブログをやってなかった3日間、
楽しい、友達づきあいをしていました。
パーティが二つ。
1つは、私の友だちと一緒にやっているミュージシャンのライヴです。
その友達は、歌手なのです。
それから、気分のよい、自然があるところの
喫茶店でのパーティ。
事情があって、ミュージシャンの名前も喫茶店の位置も、今のところ
書けませんが、
たいへん楽しかったのは、確か。
それと・・親しい親友とのつきあい。
物凄く楽しい3日間でした♪
次のパーティの予定も8月上旬までに二つ以上あり、用意があります。
ブログの争いごとに首を突っ込むのは、ほどほどにしておいて
(私が争いに巻き込んだ人がいらっしゃったら、申し訳ないですが)
もう・・ふつうに楽しく、過ごしたいです。
次の仕事の準備があり
資格試験のための勉強もあるし、
旅行の準備もあり、
ブログは「争いごとの外」で続けたいのが本音ですが
「ブログマナーを考える会」をつくってしまったので、
会の方針を、他の方のブログで意見することもあると思います。
どうか皆さま、よろしくお願いいたします。
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杉山神社について。
式内社にして武蔵の国の六の宮になっています。
鶴見川沿いに集中しているそうです。
鶴見、稲城、町田のあたりにしかない ・・・と思ったら、関西に1つだけあるのですね。
ちょっと不思議な神社だそうです。
忌部氏が立てたらしく、
○さんの推測によれば、おそらく、4〜5世紀ヤマトの王朝が出来て
すぐ派遣されたのか、何らかの理由でここに来た。。
*****
さて。この杉山神社。
奈良県の桜井市にもあります。
鶴見川沿いと同じく、スサノオの息子を祀っています。
神社ガイドでは、奈良の杉山神社は、あまり重要視されていないようです。
ネットでも、扱いが小さいと思います。
現代人から見て、地味な感じのする神社なのでしょうか?
武蔵国の杉山神社と呼応しているはずですよね、奈良の杉山神社。
奈良では、藤原鎌足の神社、談山神社の近所です。
その近所に、忌部氏の本拠地があります。
この地域の東北側に、一説によれば、「出雲」の王と関係が深いらしい(未確定です)
三輪山や、大神神社、纏向(まきむく)遺跡、箸墓古墳などがあります。
出雲と邪馬台国はイコールである・・に近いことを言う人がけっこういますね、最近。
*****
私が今、会いたいなと思ってる女性がいるのですが、
その人も霊能者なのですが、ある神社の前で、「これが卑弥呼の踊りです」と
踊りを踊らされたそうです。
・・・・・彼女に会いに行かなくては。
*****
・・・桜井市といえば、例の長谷寺があるところですけど、
今興味あるのは、それよりもずっと古代のことです。
・・・はい、いろいろ勉強中です・・。
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今年は出雲大社の61年ぶりの遷宮
一説には有史以来
伊勢神宮と初めて同じ年に遷宮するのだとも言われています。
出雲大社のほうは、60年キッチリで遷宮しないからなのです。
古事記/日本書紀によれば
出雲の王とヤマトの王(天皇)
はもともと兄弟姉妹であり(←まぁこのあたりは神話ですけど)
出雲からヤマトは出たのですが
稲佐の浜で、ヤマトと出雲の話し合いが行われ
(権力をかさに着た一方的な話し合いだと思います)
水木しげるの故郷、境港の近所にあるエビス様の総本山の
美保神社あたりで・・・出雲の王子は、父王の決定に恭順をしめし、
自ら、海中に没して、命を絶ちました。
出雲の王はすべての現世の地位と名誉を手放し、
ただ出雲大社を通じて神がの世界のみをつかさどるようになりました。
出雲の魂と、出雲の王は、現世から見れば陰の存在になったわけです。
それはおそらく4世紀くらいのこと。
長い間に「出雲」が存在していたことすら忘れられ、
ほんの10ねん位前までは
出雲大社がどんなものであったかも含め
公には
出雲は存在しなかったことになっていました。
ですが今年を中心に多くの人が突然出雲が存在していたことを
思い出し、かつて存在していた出雲の国のことを思っています。
邪馬台国の卑弥呼というのは出雲の姫だったといっている人も
ただ今、激増中。
先日考古学者が奈良の古墳を調べましたが、
彼らの中に、卑弥呼の墓ではないかと思っている人、多いと思います。
2013年5月。
これからやっと出雲の魂と、日本の魂が統合されるのかなと思っています。
2013年は、いろんな意味で、特別な年になるのだと思っています。
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斜め46°さんのところでコメントとして書きそうになったことを、自分の記事にします。
コメントとしては多すぎるからです(笑)。
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神社と関わると、たいてい奇跡的なことが起きます。
小さなことですけどね。小さいけど、奇跡としか思えないようなことがあって、他人に印象づけられるほどの奇跡でないとしても、自分の心に「奇跡が起きた証拠」が残るようなシステムです。それはどうもシステムみたいです。 先月〜今月、出雲大社と出雲の神社に行った時もなかなか奇跡的でした。事前に全然調べなかったのに、出雲国造家と縁が深すぎる神社にしか行かなかったし、古代出雲発祥の地といわれる丘に「なんとなく登りたくなった」と登っていました。 (・・・ねぇ、あの丘に登ろうよ・・・)みたいな感じですね。
出雲国造家とは、非常に簡単にいうと「出雲国の天皇家」みたいなもので、
有史以前からと言われる家系がいまだに続いています。
「私が行った三つの神社」で、ヤマトの天皇家(現在の天皇家)と同じ儀式を、
有史以前から続けているそうです。
現在の天皇家を崇拝していらっしゃる方々が、出雲国造家と、現在二つに分かれている
出雲国造家・・・北島家と、千家に分かれています・・についてどうお考えなのか、
私は聴いてみたいです。
出雲に何十という有名神社があるのに・・ガイドブックで主役級の縁結び神社等には全く行かず、
人気のスサノオ系にも行かず、エビス様の総本山にも行かず、
出雲国造家の儀式を認識していないのに
正確に、「出雲国造家が重大な儀式に使う3つの神社」だけに参拝し、さらに
その丘がそうだとは知りもせずに、「出雲発祥ではないか」と言われている丘に登り、
「出雲の王家の谷」と呼ばれている丘の周囲をたっぷり見渡してきました。
その丘の上は観光客はほとんどいなくて・・私たちのグループだけでした。本当に。
素晴らしい展示館があって、興味深い展示があるのに・・です。
その資料館で買った本によって、帰宅途中にやっと理解したのです、
その丘が重要であることと、「3つの神社の特別な意味」を。
以下、太字は、22日の昼にこの記事に足した部分です。
わたしは記事が完成する前にアップしてしまって、
後で増補を入れてしまい、おしかりを受けることが多かったのです。
論文として書いているとしたら、「ごまかし」と見られてもしょうがないですよね。
著述家としてブログをやっているとしたら、いい加減ですよね。すみません・・。
悪意があってやっているというよりは、「たんにいい加減」なんだと思います。すみません。
自分に対し備忘を書くような感覚でブログをやっているからだと思います。
その神社のうち一つは、私が用意していたガイドブックに載っていませんでした。 出発の前の日、大掃除している時に、2年前の九州神社ツアー(この時も神社ツアーにするつもりが全くなく行ったのでした)の帰りに買った「神社の謎」というような本が、書棚ではないところからポロリと落ちてきたのです。バンカーズ・ボックス(インテリア的にオシャレな・・ただの段ボール箱)の一つにはさまっていたのでした。
九州からの乗り物の中で読んだだけで、約2年間、忘れていた本です。私は本を月に何十と買うので、忘れられた本がたくさんあるのです。
その本を所有していたことすら覚えていなくて、その本の著者のものを「初めて買おう」と思ったばかりでした。その時なぜ買わなかったかというと、買おうと思ったら「その本は必要ない」というメッセージが来たからです(笑)。なぜ必要ないのかわからなかったのですが、
わたしは潜在意識の意見は、とりあえず聞くのです。
後で意味があることが解かる場合がほとんどだからです。
ポロリと落ちてきた本。
いつも「無意識の知らせ」に導かれてばかりいるので「これは何か意味があるな」と
思い、ひたすら大掃除を続けながら、本を荷物に放り込みました。
本が落ちてきた直後、友達から電話があり、「本が落ちてきた、意味があると思うのでもっていく」という話をしたのを覚えています。
旅行前になんで大掃除しているかというと・・風水的な意味もあって、
旅行前の慣習なのです。
その本を次に取りだしたのは、出雲の宿で、二日目の夜のこと。
「3つの神社と丘」に行く前の日の夜です。
だいたい潜在意識にドライヴされる時はそんなタイミングです。
宿で本を取り出す気になり、そこには出雲大社のほかに二つの神社が紹介
されていました。わたしの顕在意識には、両方の神社が重要であるような気がしてきました。
そこで「チャッチャ」と「ある術」を使い、1つの神社を選びました。
その「ある術」は三国志で有名な諸葛孔明が使ったのと同じ術ですが、
なぜか私は使えるのです。(ちなみに、なぜか使える古代の術、いくつかあります。)
眠いし、疲れてるし、内容もよくわからないけど、
「そちらに行くことを明日、メンバーに提案しよう」と決め就寝。
その神社、①神魂神社(かもすじんじゃ)に行きました。
旅行ガイドブックに載っていないのに、けっこうパラバラと観光客。
古代史ファンに有名なところなんですね。
それから「少し前に見た看板がなんとなく気になる」と、
②熊野大社にメンバーと行きました。こちらは神魂神社とは逆に、「神社の謎」に
載っていなかった本。一般の旅行ガイドブックにたいして面白くない紹介のしかたで
紹介されている神社です。
実は、その近所にもう一つ女子に超人気の「縁結び神社」があって、
そこだって大変なゆかりがある神社と言われていて、フツーは
そちらに行くのが「順当な観光」だと思うのですが、そちらに気が向きませんでした。
その時点では、熊野大社が出雲大社より古いことも知りませんでした。
「15世紀以降の新しい神社かな」と妄想していたくらいです。
神社に新しいものが少ないのは理解しているはずなのにね。
わたしの潜在意識は時々けっこう賢いですが、わたしの顕在意識はかなりバカなんです。
かなりしばしば、わざと勉強しないですしね。
「勉強しないほうが賢いことがある」・・・つまり「ビートルズの法則」を信じてるから、
わたしは新しいことをする時に「わざと勉強しない」で、潜在意識がはたらきやすいように
すること、よくあるのです。
わたしは本をたくさん買って、読書マニアな印象を与えているかもしれませんが、
わたしの生活/人生は、完全に「潜在意識優先」なんです。
読書はいろんな点の「補強」のために必要です。
すべて瞑想中にチャネリングできるようになったら要らないのでしょうけど、
本をほとんど読まないのに「量子的現実」について語れた、パラマハンサ・ヨガナンダの
ように。
私の瞑想の先生は、読書マニアだったのですが、
最近バンバン本を捨てまくっています。
瞑想が上達して要らなくなったそうです。
さて。
神魂神社周辺の地形を鑑じていたら、
幣立神宮に行った時と同じことを感じました。
「古代人の好きな地形だ」と。
しかしそもそも何を根拠に「古代人の好きな地形」なんて発想するんでしょうね。
そんなもの、どこでも勉強したことないのです。
直観で知った気になっているということですか?
私の発想は、そのテのものが多いですが・・
まあ、わたしは「大學の先生が言うことより、潜在意識優先」なんです。
つまり、丘の周囲の地形に魅了されてしまい、
それで、神魂神社の近所の丘にも登ってみることにしたのです。
丘の上に小さな展示博物館があるのは、その場にヒラヒラしていたノボリで理解しました。
そちらの展示館のほうは、後で調べたら、観光ガイドブックに小さく載っていましたが、
古代史ファンの胸を感動で包むような記述ではありません。
その丘の意味の深さは、観光ガイドブックにまったく載っていませんでした。
その展示館の展示と、展示館で買った本により、「その丘の意味の深さ」を
後になって知ることができました。
その丘は一説には出雲発祥の地とも言われていて、
その丘の周囲には古墳の群れがあり、「出雲・王家の谷」と言われていた場所なのです。
その上・・ゴールデンウィークで、
出雲大社は今年61年ぶりの遷宮で大変な人気なのに
その丘には観光客が全くいなくて、完全な貸し切り状態!
いったい、どうなってるのでしょう。
ポール・マッカートニーが金閣寺貸し切りで参拝した話はポールの来日時に
京都の舞妓はんに聞きましたが、
まるで私たち、ポール・マッカートニー並みVIPではありませんか(←言い過ぎ(笑)。)
その日、後で二度目の③出雲大社にも参拝したので、
意味がわからないまま、出雲国造家の重要な儀式と関係ある3つの神社にのみ
参拝し、
出雲発祥の地とも呼ばれる「出雲・王家の谷」でゆったりと時間を過ごすことになり
わたしなりの解釈では、「出雲・古代史的に見て、奇跡的な観光のしかた」と
後で呼ばれることになる一日ができたのです。
(太字部分は、「私はいかにして、潜在意識にドライヴされたか」という
エッセイの一種として書いてみました。)
後で判ってビックリ。他人から聞いたらなんてことない奇跡でしょうが、本人としてみたらビックリなのです。 全く意図してないし、事前に用意してもいない筋道が通っているから。 だって出雲の神社って、有名なところだけで何十もあるんですよ。なんでまた偏った縁(ゆかり)の場所に行けたのでしょうか。 神社に関してはそんなことが物凄く多いです。 あ。よく考えたら、神社に限らず、旅行すると「縁がある場所に意味もなくあらかじめ行ってしまう」というのは凄く多いことに気づきました。
事前に行ってしまう、というところがポイントです。 最初は「平凡な街」をなんで自分がめぐってるのかわからないんだけど、後になると必ずといっていいほど、次に仲良くなる人がそこに住んでいる(笑)。何度もありました。外国でもありましたし、日本を半分行ったような場所でも。 |







