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12月から一昨日にかけて、(いろんなことに矛盾を感じながら)
19世紀〜11世紀のヨーロッパのイメージに惹かれていました。
とくにイギリス。
リコーダーでメヌエットを吹いてみようと思ったり、
11世紀〜13世紀のヨーロッパ音楽のCDを聴いてみたり、
19世紀風に、バッスル・スカート(ふくらんだスカートだよ)を、はいてみたりもしましたよ。
うふ
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読書
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女性が結婚相手を見つけるまでを描いたお話は、数限りなくあります。 オトギ話のブロットの多くは、「お婿さんを見つけるまでの成り行き」ですし。 名作が多いと言われる小津安二郎監督の映画も、多くは娘が結婚するまでの話。 もっとも平和な人生にも訪れる、ドラマチックな展開 ほとんどの人にとって身近な、波乱万丈 ・・・は、娘の結婚なのでしょうね。 さて。「令嬢が結婚するまで」の話ばかりを書いた小説家として、 近年ますます人気のジェイン・オースティン。 イギリスの、18世紀の小説家ですね。 ・・・いつか読みたいと思っていたのです。 わたしは子供のころから、小説を読むと小説の一部が自分の現実の生活に 実現してしまうところがあるので やたらといろんな小説を読めないのです。 「小公子」とか「トム・ソーヤーの冒険」くらいなら大丈夫。 前者を読んだときに優等生になり、後者ではワンパクになりますが、OKです。 スティーヴン・キングの小説だったら、映画「スタンド・バイ・ミー」の原作になった 「BODY」くらいなら大丈夫。 少年たちの友情の楽しさにフォーカスして読めばいいので。 恋愛小説は、一応大丈夫です。「愛されている」部分にフォーカスすればいいので。 ですが、やたらと恋愛のチャンスが来て、さばききれなくなったら困りますし、 悲恋もNGだし、問題アリの恋愛も困ります。 小説は問題アリの世界を描くことが多いので・・・。 小説としては面白くないくらいの、「平凡な幸せ」とか「メチャメチャな幸せ」くらいで 私にはちょうどよい感じです。 ちなみに・・映画を観て、その世界が現実の世界に実現することは、あまりないので、 映画だったら、変な話、過激な話でも大丈夫です。 全く影響を受けていないということはないと思いますが・・。 映画は、「受け身のメディア」で、小説は「共同創造」だということでしょうね。 「ヴィジュアライゼーション」の部分を、自分がやるか、他人がやるかで差が出るみたい。 そうは言っても、本当は、おもしろい小説も読みたい!! そんな私が、数年前から注目しているのがジェイン・オースティンでした。 最初のキッカケは、数年前、イギリスのバースに行ったとき、 「ジェイン・オースティン記念館」に行ったことでしょう。 2〜3年前に公開された「ジェイン・オースティンの読書会」という洋画も見に行ったわ。 でも・・なかなか・・・読み始めるキッカケがなかったのです。 「高慢と偏見」を買おうとして、間違えて、ハーレクイン・ロマンス版を買ってしまったり(笑)。 ******* 11月の初め、女友達M子と、世田谷区の駒沢公園を散歩しました。 その日の駒沢公園は、樹々が黄色に色づいていていて、 ニューヨークのセントラルパークを思わせるものがありました。 セントラルパークに「ありがち」な色だったことと 多分・・「道がくねる角度」が似ているのだと思います。 晴れていて、気持ちがいい日。 最近駒沢公園は、ジョギングのメッカの一つになっていて、 土曜日だったから、ジョギングする人がたくさんいました。 風もあったけど、気持ちがいい日。 M子は昔から文学少女で、文学談義をする相手なのだけど、 まず、福岡伸一の話になり、 それから18世紀〜19世紀のイギリスを描いた作家の話になりました。 「日の名残り」のカズオ・イシグロとかね。 「ジェーン・エアは、読み直してみたら、すごいSMな話だった」とか、 「秘密の花園とか、小公女とかは、今読み直すと、イギリスの植民地時代の描写がつきささる」とかね。 その中で・・・わたしの関心を惹いたのが、ジェイン・オースティン もともと読みたいと思っていたから。 M子には娘が二人いるし、ジェイン・オースティンの世界は、将来の自分のことみたいに思えるの だと思う。 M子の周囲には、お金持ちが多い。 いわゆる「国際陰謀」で儲けている超リッチもいるし。 大先生あつかいされている芸術家もいる。 「貴族が見える位置にいながら、自分は中流」というのは、 18世紀における、ジェイン・オースティンの位置と通じるところがある。 だからこそ、オースティンに惹かれるのかもね。 M子によれば、『「高慢と偏見」は面白いが、「高慢と偏見とゾンビ」もかなりよくできている』そうである。 ******* M子と会ってからすぐに、「高慢と偏見」を読み始めた。 電車の移動の時とか、時間が空いた時などに読んで・・・・読み終わった。 この小説なら、内容が実現してしまっても、大丈夫そうである(笑)。 二十歳の女性が、 不器用であるけれどもハンサムで賢く誠実でリッチな男性から愛されて結婚する話だし(笑)。 ****** 「ジェイン・オースティンの読書会」という映画にあったように、 オースティンの世界を知っていると、「オースティン・ソサエティー」に入ることができるはず。 つまりファン・クラブ。 そういうことも楽しみなので、まだしばらく、オースティンの世界に、親しもうと思っています♪
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最近「脚本は面白い」と思ってまして。
向田邦子のドラマシナリオ「幸福」を読みました。
一日かからないで読んじゃった。
「よくできている」と、感動しました。
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責任という言葉は、多分、英語の「re−spon−si−bil−i−ty」の訳語ではないでしょうか。比較的新しい日本語なのだと思いますが。(知ってる方、教えてください。)
なぜ、「責」という文字を入れちゃったんでしょうか?
この一文字のおかげで、使いにくいと感じることがあります・・。いい言葉なのに。
英語のレスポンスは、「応答・返答」のことです。
もともとレスポンシビリティは、応答できる(能力)、返答できる(能力)という
意味ではないかと思います。
「対応できる」みたいなニュアンスじゃないかな。
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さっき、テレビで、万葉集についてやっていました。
奈良時代の、歌をつくる人たちは、生活の、ごくフツーの、些細なことを歌にしていたらしいのです。
なんか、いいな〜、そういうのって。・・・・と、思ひました。
ジョニー・デップは、ジョニデ、ブラッド・ピットはブラピ、
コンビニエンス・ストアは、コンビニ、
プログレッシブ・ロックは、プログレ。
日本人は、なんでも、三文字か、四文字に略しますが、
それは、「五・七・五」にハメこむためである、というのが私の持論です。
短歌とか、俳句とか、その世界の基本を知らないわけですが・・。
作ってみるのも面白いかも、と思ひました。
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