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このテーマは、いろんな哲学や心理学や社会学の本でさんざん読んだのですけど・・。 サルトルさんがお書きになったように、特に、男性にとっては、「尊敬向け女性」と 「性的対象としての女性」は区別が激しいところがあるようですね。 どうしてそうなるかという分析。 一般には、 (1)母親を軸として考える説。 尊敬の対象は、母親像を中心に育てられる。 一方、性に対しては罪悪感があるため、罪悪感を【なすりつけやすい】タイプを探して、 性的対象としてのイメージを育てるのだ。 ・・・・なんてのを読んだことがありますが。現在、この説の人気はいかに。 (2)母親を軸としてかんがえるとは限らないが、「尊敬すべき女性像」と「性的対象の女性像」と 男性は別々に育てるのだ ・・・・こちらの説のほうが大雑把で、なんにでもあてはまりやすい上、母親を入れなくても 説明できますし、とりあえず、こっちを定説として扱うことにします。 私が見聞きする限り・・・「たやすく性的対象になる女性を男性は、尊敬しない」・・。 これは、21世紀においても、そのとおりであると思います。 これは、私の知る限り、以下のように説明されています。 「たやすく性的対象になるということは、他の男性にもたやすいということが予測される。 それでは、男性から見て、自分の子供が確実に生まれてくる確率、自分の子供を自分の子供として 育てる確率が減るといえる。そういう生物学的理由から、たやすく性的対象になる女性は軽く扱われる」 ・・・・わたくしの意見としては、この説は、まったく有効だと思います。 男女ともに、性的に自由すぎるヒトが罪悪と結びつけて考えられるのは、歴史的に、 「他の異性の子どもをなすかもしれない」という可能性が前提となっていると思います。 もうひとつは、性的に自由すぎるヒトは、「ウソをついている可能性がある」 「約束をやぶっているかもしれない」からだとオモイマスネ。 逆に考えると、かりに全くの独身(結婚していないだけではなく、言い交わした?恋人もいない) 女性が性的にたやすく交渉をもった場合も、 「将来ウソをつくかもしれない」「約束をやぶるかもしれない」と見なされるということでしょうか。 ほとんどの女性が知っていることですが、性的に適度にお堅くみえてソンはないんですよね。 適度とはつまり・・「性的なことに対する激しい忌避が見られるとか、性的なことを聞いただけで、 ワナワナと震えだすとか、性的なことにコンプレックスがあると、これまたモテない」からです(^^ 性的なことに忌避感のないニュートラル状態で、ほどほどにそういう話もできつつ、 清純な暮らし(異性にウソをついていない暮らし・・・)をしていると 印象づけられたら、それが一番モテるだろうというのは、洋の東西を問わないのじゃないかしら。 男性も、女性も、自分の相手は「誓いを守るヒトであって欲しい」と思うということだと思います。 でも、コレ、サルトルさんのお話に対するお答えになってないですよねーー(^^;; ちょっと、考えて見ます・・。
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男性版・ハーレクインロマンス
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男性版・ハーレクインロマンスと聞いて、まず浮かぶのがコレなんですけど。 007シリーズと、ジェームズ・ボンドというキャラクター。 ジェームズ・ボンドは、 である・・。 ジェームズ・ボンドは、 ジェームズ・ボンドは、 をたくさんもっている。 多分・・・「ひみつへいき」は、男性のカイカンにジャスト・ミートする存在なのではないかと 思うんですけど??? いかがでしょう。 多分、幼稚園の男の子であっても、「ひみつへいき」には、ウットリするのではないかとオモイマス。 それは、幼稚園の女の子であっても、「おひめさま」になることにウットリするのと、 双璧をなしている・・・のではないかと思う。 もちろん世界一ではないかと思われるセクシー美女がとびきりセクシーな衣装で登場し、 さらに、 そして・・・ という全体的シチュエーションが、男性の英雄感(ヒロイズム)をサイコウに なで、さするのではないかと思うわけです・・。 |
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私の意見を簡単にいうと、 人間が満足、もしくは性的満足にいたるために必要なのは、 であると思う。 次に、 だと思う。 さらに、 だと思う。 【1】〜【3】までそろった後、 【4】その人それぞれ必要な性的刺激を得て、性的満足が完成・・ そんなところではないでしょうか? 「愛され、尊敬され、大切にされるのがポイントなのでは」というと、 「じゃあ、性的マゾヒストの場合はどうなるのか」という疑問がありそうですね。 ・・・性的マゾヒストのお友達はいますか? あるいは、御自分がマゾヒストとおっしゃる方、このあたりのことはぜひ教えてください。 私が「自称・マゾヒスト」の女性から聞いた話を総合すると・・。 その人は、日常生活や、仕事上で、「権限がありすぎる」「いろんなことが自由になりすぎる」 「たっぷり尊敬されている」という人でありました。 普段、責任だのなんだのを背負い、周囲はその人のいうことを聞き、 崇拝され、尊敬され、ひれ伏されて?いると。 その分、非日常である性の場面では、全く人任せにし、幼児のように身をゆだね、 甘えたいのだということでありました。 さてと。テーマである、「男性向け・ハーレクインロマンス」に話を戻します・・。 「男性向け・ハーレクインロマンス」には、 「こんな風に尊敬されたら、気持ちイイ」・・ 「こんな風に英雄(ヒーロー)になったら、気持ちイイ」・・ という夢と憧れがたくさん詰まっているのではないかと。 わたくしは、そのあたりを汲んで、汲んで、汲みまくってみたいと希望しております・・。
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主に女性についての話です。 女性の性的満足について考えるのは、男性の性的満足について考えるのと、 つながってくると思います。 私にとっては、女性の感じ方のほうが少し身近であるわけですし。 ・・・周囲の女性たちを見ていても、「性的満足」のために必要な「いわゆる性行為」の量と質は、 かなり千差万別で、「いわゆる」つきの一般的・性行為が全く必要ないという女性たちも目に付く。 ・・・で、そういう女性たちが、「性的満足」がないかと言えば、ある人には物凄くあり、 ない人にはないのである。 (私の母はペ・ヨンジュンのファンであるため、「性的満足」のために「いわゆる性行為」が、 必要ではないという実例をいつも目にしている・・・とも言える。) 一方、これは友人のそのまた友人の話であるが、女性で、愛人が二人いて、さらに別に婚約者がいて、 一人の愛人とは、最初の年は、約100回、次の年は約50回セックスをして、 しかし心が満たされず、二人目の愛人を作ったのは、一人目でかなえられない満足 (プレゼントをもらうことらしい)を得るためだったという話である・・ホントかどうか、人のウワサ であるが、当の彼女が「私なんか、どうなってもいい。死んでもいい。」が口癖らしいところを みると、どうもその女性は・・・少なくとも「人生」には満足していないようである。 逆に、性的にハイ・エナジーである一人の友人は、「私はセックスが強くって・・。なかなか 満足できないのが悩みだったのだけど、今の彼氏は最高!彼氏とベッドの中にいるのが最高」と おっしゃる。 要するに、 (1)性的満足の受容方法は、いろいろであり、受容方法がセックスである人もいれば、 そうでない人もいる。 人間の性的エネルギーの受容方法は、セックスだけではない。 (2)受容方法の如何にかかわらず、満足している人は満足している。 (3)性的エナジー受容の客観的な激しさと、本人の満足感は必ずしも一致しないらしい・・。
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人間は、「物語」(ものがたり)を摂取して生きている生き物だと思う。 人間が生きるために必要なのは、まず空気・水・・ときて、その次は「物語」ではないかと思っている。 固形食物よりも物語のほうが生存のための要件上位なのではないかと。 だって・・「ものがたり」系・栄養物摂取不全症に陥ると、人間は自殺する。 ということは、固形食物よりも「ものがたり」的種類の栄養が、生存のためにより一層必要だ・・と思うわけです。 さて。「快楽のための物語」というものが存在する。 全ての物語はなんらかの快楽に寄与しようと意図されているのではないか?というアイディアが あると思う。ハイ、それもわかるのですが。 私が3日前から(せいせい3日前(笑))気になっているのは、「恋愛の快楽」もしくは「性的快楽」 系の物語である。 りゅうどうさんが書いてらした記事、1984年にリリースされた邦楽、 「メインテーマ」と「スタンダード・ナンバー」の歌詞の比較を読んでいて、 「これって・・・つまり、男性向けハーレクイン・ロマンスじゃないの?」 ・・・と、思ったところから始まります。 私は、実はハーレクイン・ロマンスは読んだことがないのですが(そのうち読もうかと・・) 「女性に性的満足を与える」ストーリーというのは、簡単に想像がつきます。 今私が興味あるのは、「男性に性的満足を与える」ストーリーなんですよね。 なんでそんなものに興味があるのか? 多分・・・できれば、「夢」を共有したいんだと思います。 もちろん、個々の男性によって、それぞれに、気持ちイイ物語がビミョウに、あるいはかなり 違うのはわかっているつもりですが・・。
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