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ザ・コーヴのマスコミ試写に行ってきた。 なんでも今回の試写スケジュールは追加計画らしい。 おそらく映画記事関係者以外から注目されはじめてきているのだろう。 つまりどうやら、社会的問題になろうとしているのだ。 来ている人も、いつもの試写とは違う雰囲気のジャーナリスト系の人たちが多いような…。 そしたらなんと、田原総一郎さんまで試写を観にこられたではないか! ますますこれから日本に何か起こるな…と確信した。 さて、カンチョの感想をと問われれば。 ちょっと長くなるよ〜!とまずお断りを入れておくw。 ザ・コーヴ、プロパガンダ作品としては秀逸の一言。 映像はペンよりも強く、信念を持った活動家の作品はジャーナリズムより強い。 そう、この映画はドキュメンタリーといいつつ、ジャーナリズムとはまるでかけ離れているのだ。 だからこそ、ストーリーの組み立て方は、実に巧妙で引き込まれる。 イルカという友人の開放のために、自らの命もかえりみず戦う「正義」の戦士リック・オバリー。 「悪役」たる敵は、イルカやクジラと共存する楽園を装いながら、その実、イルカを奴隷化し虐殺し、あまつさえその肉までも食べている強大な秘密組織「太地」だ。 主人公リックは、勇気と愛と、卓越した戦闘技術を持ち合わせた仲間を「正義の戦士団」として集め、巨大組織太地に対して『聖戦』を始めるのだ。 うはーっ!それって、ミッションイッポッシブルやん。 正義の少人数が、巨大な悪の組織をうち破るハリウッド映画を見慣れていると、情けないことにこういうストーリーがストンと心に落ちてしまう。 悪の組織に関わっている一人であるボクでさえ、どこからか正義の戦士団たちの目でストーリーを追っている自分がいた。 これを観れば、日本人であっても、リック・オバリーが正義、太地や水族館そして捕鯨を主張するニッポンまでもが「悪」だと思う人が出てきてしまうだろう。 いやむしろこの映画は、日本人標的のプロパガンダを目的に作られているのではないかという気がするのだ。 八百万の神々や多様なもののけのおかげで、「正義」と「悪」の二極論がなく、自然で平和な日本人は、逆にこういう明確な「正義vs悪」の展開にけっこう弱い。 しかも、主人公が元はかの有名な『わんぱくフリッパー』の調教師、つまり悪の手先であったのが改心して正義のヒーローとなったという展開。 そういのって、日本人だからこそうっかり同調しちゃうよなあ。ずるいなあ。 こういう映画を観ていると、中国が国民の情報統制をかたくなに止めないのもなんだか理解できるようになってしまうほどだ。 …とは言っても、そんな情報統制社会がいいとは、けっして思わないし、この映画が日本では非公開になるようでは日本も終わりだと思うけどね。 本当のドキュメンタリーであれば、少なくともジャーナリズムの精神が少しでもあれば、主人公の主張する正義もあれば、太地の人たちが主張する正義もあると描くだろう。 しかし、彼らは太地に対して容赦ない。 完全正義vs完全悪なのだ。 しかしだ、そもそも、太地の人たちも水族館の私たちも、何が正義だなんて主張してはいない。 何度も言うが、それが日本人なのだ。 正義や悪で語る問題ではないところに、正義と悪という絶対対立で臨んできたところが、この映画の巧妙なプロパガンダであり、最も大きな問題なのだと思う。 この映画で世界中に、悪の秘密組織に仕立て上げられてしまった太地の人たちは、これからいったいどうなるんだろう? しかも、年間2万3千頭(1日63頭!)のイルカを食べている? 水族館へイルカが1千万円で売られている? 捏造と事実誤認もはなはだしい。 太地が、大量破壊兵器を持っていると誤認されて戦争をしかけられたかの国と同じようなことにならなければいいのだが…。 つい先だって米国が「独裁に怯えている無知で無力なイスラムの人々のために、わが国が戦争で介入しなくてはならない」と考えたのと同じように… あるいはKKK(クー・クラックス・クラン)が「無知で生意気な黒人を、白人が躾けなくてはならない」と考えていたのと同じように… この映画は、『無知で生意気な日本の漁師を躾けなおしてやろう』と言っているのだ。 さてしかし、カンチョはジャーナリストではないので、そういうごく一般論的な感想はこのくらいにしておこう。 ボクがすごくイヤだったのは、やっぱりイルカとヒトとの間のことだ。 まずは、屠殺を残虐と扱って、食べ物と切り離していること。 ザ・コーヴで、最も衝撃的なシーンの一つ、文字通り血の海となった入江だ。 壱岐のイルカ漁でも、このような真っ赤に染まった海の映像が世界中に流れた。 哺乳動物を屠殺すれば血は出る。それが海だと、ますます流れ出る。 しかし、屠殺をしなければ、肉はヒトの口には入らない。 普通の精神を持った者ならだれもが、屠殺によって生き物の命を奪うのはイヤだし、血を浴びるのも、解体するのも、皮を剥ぐのもイヤだ。 でも、だれかがそれをしなくちゃならないから屠殺場があり。屠殺は公開されず密かに行われているのだ。 ボクは本来、ヒトはすべからく、自ら生き物の命を奪っていただく経験をするべきだと思っている。それによって、地球や命の根源が理解できるからだ。 しかし多くの現代人にはそんな経験はない。とりわけ哺乳動物や鳥類に関してはほとんどないと言っていい。 そういう状況の中で、屠殺の場面だけを見せて「残虐だ」と言うのは、すごく卑怯だと思うのだ。 屠殺の場面を観て、「イルカが可哀想」と思うのはいい。そう思えなかったらおかしい。 ただそこで同時に、屠殺している人たちの「苦痛」を感じることができるかどうかが、命をいただいている意識のある人かどうかの違いだ。 映画には、屠殺中の漁師の笑い声や、イルカを乱暴に扱う様子がわざわざ挿入されている。 おそらく、このイルカ殺し漁師には人の心さえないと、観客に錯覚させようとしているのだろう。 しかし考えてもほしい。 彼らは屠殺を仕事としてやらなくてはならないからこそ、イルカをモノとして見なければやっていけないのではないか? 家族同様の愛情を込めて、食用の牛や豚を育てている人たちは、出荷するときには商品として見ることができなくてはやっていけない。 毎日何百頭もの家畜を屠殺している人たちも、その一頭一頭に感情移入していたら仕事にならない。 人々の一番やりたくないしかし必要としていることを、仕事として請け負ってくれているところ。それが、屠殺の現場なのだ。 その気持ちを分かっているからこそ、屠殺の現場を公開したり、ましてや屠殺する人たちの様子にまではレンズを向けない。 屠殺そのものを隠すことより、その仕事をする人に感謝し配慮する。 それが人の道ではないだろうか。 屠殺場面を、ことさら残酷に最大の見せ場としているこの映画には、命をいただいていることを意識している一人として、たいへん痛々しいものを感じた。 屠殺を隠したいと思っている本人たちの仕事を、隠し撮りしてまで暴き、それを快挙だとそれが正義だと喜ぶ。 しかも、その行為にアカデミー賞だとは! 本当は違う。捕獲から屠殺までを知っている太地の人々は、だからこそイルカを愛している。 勝浦でいただいた、ゴンドウ(たしかオキゴン)の肉。 正直言ってボクは、鯨肉食は、すでに日本の食文化ではないし、残すべき伝統文化というべきものでもないと思っている。 だから、遠洋捕鯨はそろそろ諦めてもいいんじゃないかとも思う。 ただ、もっとローカルな地域の文化としては、批判することも反対することもない。 太地に行けば、美味しく鯨肉もいただく。イルカ肉だって出されればいただく。 エスキモーやイヌイットの人たちが、セイウチやアザラシ、さらにはイッカクを食するのと同じだ。 アボリジニの海洋系の人たちが許されていたジュゴン食が、その狩りと解体の現場がテレビに流れたことで、オーストラリア国内で猛烈な攻撃にあい禁止された時には、ボクの心はとても痛んだ。 忘れてはならない。地球上の生き物は、お互いに命を食いあってのみ生きることを許されているのだ。 殺さなくては食えない、それは当然のことではないか。 だからこそ、太地の人々はイルカやクジラを愛している。その魂には尊敬の念をいだいている。 映画では、太地にあるクジラの像や、クジラの博物館、イルカやクジラのさまざまな壁画などを映して、このようなイルカとのメルヘンの国のような顔の裏に、残虐な悪が潜むみたいなことを、皮肉っぽく揶揄していたが、 そもそも、太地の人々とイルカやクジラはメルヘンの間柄ではないのだ。 古くより、「命をかけて捕らえて食う」間柄で、日本人はそんな相手を、心から尊敬し愛するのである。 そのことは、主人公が「嫌いな場所だ」と吐き捨てる太地町立くじらの博物館に行けば分かる。 古い鯨漁の実物大ジオラマ。 まあ、正義の戦士たちはこのジオラマ見ても、「悪魔のしもべに成り下がった者は裸なのだ」くらいにしか考えないかもだが…。 主人公や監督が一貫して主張するのは、「イルカは賢く可愛い動物だから、殺してはいけない」との主張だ。 確かに、知性を持ったり、ヒトに近い行動をする動物を殺すのはしのびない。 でもやっぱりね、『賢いから可愛いから殺してはいけない』論は、あまりに幼稚で独善的すぎる。 それって、知性がなさそうで醜い者は、奴隷にしようが殺そうがかまわないってことやん! つまりあれだ、イルカの狂信者ほど「脳が小さく凶暴なサメがヒトを襲うのは許せない。殺してしまえ!」と言うのである。 彼らは太地をアウシュビッツのようだと言うけど、そんな滅茶苦茶な比喩はない。 『賢いから可愛いから殺してはいけない』論こそが、ナチスの民族浄化と根本的に繋がっている。 ナチスはゲルマン民族を優性としたからこそ、劣性と決めつけたユダヤ民族など他民族や、知的障害者、同性愛者などを虐殺していったのではなかったのか? この記事の続き⇒ザ・コーヴその2わんぱくフリッパー News:次回トークライブ『中村元の超水族館ナイト2010夏』は6月19日⇒東京カルチャーカルチャー(お台場) |

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食肉産業に愛情を込めて関わってる方達をとても尊敬しています
一度、畜産に全霊をかけてる青年に会いました。
ちょっとの時間ですが、目がとても慈愛に満ちてて素敵でした。
畜産の勉強をしてる期間、彼のおかあさんからその勉強ぶりを聞いてて、すごいなと思ってました。
実際会った瞬間、ほんとおお!って思いました。
愛して殺す。そして食う。矛盾してそうで、実は命に対して大切なことなんじゃ?
うまく言えませんが、そんな気持ちがいっぱいです。
そして日本人はその気持や考え方を大切に持ってる。それが日本って国の中からすたれてゆくようなことになるのだけは、避けてほしいと思います。
欧米の方達には理解し辛い事なのかなあ…う〜ん
イルカの顔立ちがオオカミウオみたいだったら…こんな騒ぎはおきなかったのかなあ。それこそ人間の勝手な優劣の判断のゆがみですよね。
2010/5/21(金) 午前 1:07 [ ばった ]
ミストラルさん。ホントにね、アバターの方がはるかにグローバルだった。でも、イルカを愛する人たちにとっては、イルカとナビィは同じくらいヒューマノイドに見えるのでしょう。まぁそれもわからんではないです。
だから、そうでない人にとっては、その人たちが狂信的にもヒステリックにも見えるけど、イルカが好きでならない人たちもから見れば、そうでない人たちを狂信的なイルカ食いだと思うのでしょうね。
ボクは、それぞれが勝手に考えることは、べつに悪くないと思うのです。
その考えを押し付けるために実力行使に出ることがイヤなのです。
思想の違いや宗教の違い、実力行使に出るのが戦争なんやもの…。
2010/5/21(金) 午前 1:49
バッタさん。食肉産業も農業も、食べる命を扱っている人たちはみなさん慈愛に満ちているのでしょうね。
多分、欧米の人たちも、同じことに携わっている人たちは、やはり同じような気持ちでいらっしゃるのだと思うのですよ。
ただ、日本人の場合は、そこに携わっていない人も、同じように考える文化があります。
食べ物を粗末にしないのは、合理性からではなく、もったいないからでしたね。
そういった価値観は、大切にしていものですねえ。
2010/5/21(金) 午前 1:57
リック・オリバーが『わんぱくフリッパー』の調教師だということは知っていましたが、本人はそれを恥じて、隠しているものだとばかり思っていました。それを映画の中のストーリーに堂々と入れているんですか?
『フリッパー』で富と名声を得ておいて、こんどはそれの罪滅ぼしでもうけようというのは酷い!
『フリッパー』の日本放映のスポンサーは捕鯨をやっていた日本水産ですから、彼の富のいくばくかはクジラを食べた日本人の支払ったお金です。
日本水産はイルカを通じて水産資源に親しみをもってほしいという意図でスポンサーになったはずです。
その善意も踏みにじって、逆ねじを食わしたわけですね。
これって、本当に自然の生態系を保全したいと思っている人への裏切り行為ですね。
自然保護=狂信主義という誤った認識をうえつけるんじゃないかと心配です。
2010/5/21(金) 午後 11:43
眼とろんさん。リック・オバリー(ゴメン!最初オリバーって書いてしまってたw)は、きっと、猛烈に自己顕示欲の強い人なんだと思う。
そして、わりと多くの活動家がそうなんだけど、お金のために芸能人的活動家をやってる人もいて、けっこうそんな事情もあるのかなあ…と思います。
すると、狂信的で過激であればあるほど、自己顕示欲は満足でき、それとともに暮らしも安定したりするワケです。
日本では、NPOやNGOで活動している人は、ほぼ全てがいまだにボランティアに近い感覚だけど、米国じゃけっこうな高給取ってる専門員もいますからねえ。
まあもちろんこれはボクの邪推。
でもですよ、もしその輩だとすれば、ホントに、環境保全や生物の権利を目的に地道に活動してる人たちへの大きな裏切りですね。
2010/5/22(土) 午前 3:11
元さーん!
ザ・コ―ブの内容と分析を詳しく載せてくれて感謝です。
読んでいると正直、想像していた以上にひどいプロパガンダという印象です。
アメリカに長くいたせいか、「正義VS悪」のわかりやすい図で作られてるものは基本的にとても違和感を感じます、、。
イルカはスピりチュアル系の人にとって特別な動物だからその層の人たちが観たら感情的になってしまいそう、、、
途中でふと宮崎の農家の方の気持ちを想像して悲しくなりました。
ブログちゃんとマメに更新していてすごいです(→まずそこ)
私も頑張らねば! 汗
2010/5/24(月) 午前 0:01 [ Mikablog ]
先日、鯨肉が出されたので美味しく戴きました (*^_^*)
私はイルカ・クジラファンですが、もしイルカしか食べる物が無かったら
もちろん戴きます。
動物園・水族館、自然にいるべき生き物が閉じ込められているのは
いつ見ても可哀相だと思います。
だからこそ、人間が自然を忘れない為にソコにいてくれる生き物に感謝し
出来るだけ快適に、長生きして欲しいと願います。
この映画、見たいと思います。
保護者なんて思い上がる事なく、日本人は公平な眼を持っているのだという
矜持をもって。
… 『 地球に優しく 』って標語、何とかなりませんかネ?(▼_▼#) ナンボノ,モンジャ?
2010/5/24(月) 午後 0:43 [ Ryou Yusaki ]
おー!Mikaちゃん!コメントようこそ。
「正義vs悪」に「環境をコントロールする」とか、まっとうな日本人からすると、彼らの言ってること滅茶苦茶よねえ(^^;。
もうね、あんまり危険な映画なので、動物園水族館協会に「公開前に見ておいた方がいいですよ」と言っておきましたぞ。
そうか…スピリチュアル系の人にもイルカは特別なんや。
でも、日本のスピリチュアル系の人って、わりとお手軽スピリチュアルが好きだから、水族館の方が好きかもw。
ブログ、そんなにマメではないけど、まあまあ更新してるのは、ボクの本職が物書きではないから。
本職の人はガチで書く場所があるんだから、ブログではさら〜っと書き流しておいていいのですよ。
頑張らずに、お気軽に!
2010/5/25(火) 午前 3:22
Ryouさん。野生動物を食べるのも閉じ込めておくのも、結局はその意味があるかどうかなんよね。
生きるために食べる。まぁこれは地球上の全ての命の宿命。
水族館に閉じ込める。こちらは、やんなくていいようなものだけど、そうやって展示しなかったら、人は自然や動物に何をし出すかわかんないと考えて、水族館側は展示してる。
もちろん、動物には気の毒なことをしてるなあと知りながらね。
リック・オバリー、あんたがポルシェを買うためにイルカを調教してたんとは、元々の志が違うんじゃー!と、ボクは言いたいw。
2010/5/25(火) 午前 3:30
とうとうこの映画の上映が抗議活動で中止になってしまいましたね。
昨日映画館で予告編を見たのですが、
もうそれだけでイラっとしてしまうような映画でした。
全然この映画を支持するつもりも、弁護するつもりもないんですけど、
上映中止を求めるというのは筋が違うんじゃないのでしょうかね。
人種差別的だから見なくていい、とか、全く理由になっていません。
少なくとも、内容を批判するんだったら
まずは見ないと始まらないはずです。
そういうわけで、中村さんのこの映画についての明快な反論、
非常に参考になりました。
この映画に関して語りたい人がいれば
こちらに誘導させていただきたいと思っています。
水族館好きの端くれとして、
中村さんの本もいつも楽しく読ませていただいています。
イベントも予定があればぜひ出席したいと思っています。
私の記事のTBよろしくお願いします。
2010/6/4(金) 午後 7:20 [ 鉄平ちゃん ]
鉄平ちゃん。うっかり見落としてRESが遅れました。ごめんなさい。
上映中止への経緯は、かなり悲しいものでしたね。
上映させたくない気持ちは分かるし、見せたくない気持ちも分かりますが、抗議活動が一種の暴力の形となっているのは慚愧に耐えません。
見せたくないのなら「ザ・コーヴを見ない運動」でもやった方が、自由な文明社会であることもアピールできるのに。
また配給会社が、そのような抗議行動は当然起こるだろうと見越していなかったのか?ということも不思議です。
あまりに安直に上映を自粛したのを見ると、きっと上映も安易に決めたのだろうとも思うのです。
このようなことがまかり通るのは、北朝鮮や中国のように人民統制を旨とする国家だけであって欲しかったと、日本人としてとても恥ずかしい思いをしているところです。
2010/6/6(日) 午後 7:13
先日このサイトに漂着してから、時間のあるときに時々拝見しています。
とても読みごたえがあっておもしろいですね!
私自身は特に水族館好きとか魚好きとかいうわけではありませんが、生き物は全般的に好きです。
見るのも食べるのも好きです。
食べることは生きていく上で必須の行為ですが、食べ物がおいしくいただけるのは、とてもありがたいことですよね。
ところで、
> 彼らは屠殺を仕事としてやらなくてはならないからこそ、イルカをモノとして見なければやっていけないのではないか?
実は私は実験動物の解剖に立ち会ったり、実際に解剖したりしたことが(少しだけ)あります。
私もモノとして見ていました。
確かに、かわいそう、と思っていてはできないと思います。
でも、動物に対する尊敬の念がない人には動物を解剖する資格はありません。
屠殺を仕事としている方々は、きっと、色々なものを受け止めて、乗り越えておられるのだろうなぁと拝察する次第です。
2010/7/5(月) 午後 10:04 [ よしのぼり ]
よしのぼりさん。読み応えあり、と言っていただくと心の底から嬉しいですw。おもわず、自分の記事をまた読み返してしまいましたがなw。
でも、なんとまあ、いいかげんなボクが確かにちゃんと書いてますね。ときおり、アジテーターなボクが脳天に舞い降りてくるのです。
さて屠殺の仕事、それはヒトがヒトであるための仕事と言っていいかと思います。
その現場から、どんどん離れていった人類は、最も大切な命の重みというものを忘れがちになってきています。
それはそれで精神的苦痛から開放される方向に進歩しているとは言えるのですけどね。でも、その苦痛をまとめて味わっている人たちのことを批判したり蔑視したりするのは、人としてもヒトとしても最低です。
よしのぼりさんの言うとおり、屠殺を仕事としている方々は、生き物を愛し、さまざまな言葉に尽くせないようなことを乗り越えていらっしゃるはずですね。
2010/7/6(火) 午前 0:47
おはようございます♪
昨日、映画を観てきましたw
仰る通りの欺瞞だらけの論理と、トリッキーな映像に
漁ウンヌンよりも、すっかり呆れてしまいました (*_*;
お気の毒なのは、勝手に撮影・出演させられた町の方々w
私も払った映画代がワケワカランチン達の活動費にされるのは嫌なので
肖像権侵害で、たっぷり支払って貰った方が良いかとも思います (-_-;)
2010/7/9(金) 午前 8:02 [ Ryou Yusaki ]
あっ♪
リアルデザイン、買わせて頂きました♪
あのカッチョいい写真も ・・・ トリッキー?(´・ω・`) センセイ?
2010/7/9(金) 午前 8:09 [ Ryou Yusaki ]
Ryouさん。ついに公開やったんですね。まあまあとても巧妙に作られた映画だったでしょ?
他の観客のみなさんの反応はどうやったのでしょうかね?
それを知りたいので、もう一回、今度は劇場へも出向いてみようかなあと思ってるカンチョです。
え、あの、言わせていただけば、リアルデザインの写真はトリッキーなのではなく、ボクの本質を見て、格好良く撮ろうと思ったカメラマンの鋭い感性によるものなのです!w
2010/7/10(土) 午前 1:43
鉄平ちゃんからご案内されて訪問させて頂いてます。
この作品はアカデミー賞でドキュメンタリー賞を受賞ししりました。少し流れた映像を観てまた白人が人種差別的に有色人種をばかにして自分たちだけが正義だと主張してるのだろうと思いましたがそのとおりで、それが賞ってやはり政治も文化も日本人は馬鹿にされてるんでしょうね。
おっしゃるように、作品賞は「アバター」ではなくアメリカ人兵士がヒーローの「ハートロッカー」でしたね(汗)
この作品の上映中止を力で戦うことはよくない事だと思います。
映画の良しあしとは違うと思います。
日本人も観たい人は観て事実は事実で太地の人たちを知る事もいいんじゃないかなって思いました。作品はとっても面白可笑しくできてますねが、それを鵜呑みにするほど日本人もばかじゃないような気がします。げんにハタチの息子はデーターの裏づけや水俣病の映像の入れ方なんだかめっちゃ胡散臭い作品だと言ってましたので。
ただやはりイルカって豚とかとは違ってなんだかいとおしい感じがこういう映画を作ってしまうのでしょうね。
TBお願いします。
2010/7/24(土) 午後 6:08
ひかりさん、ようこそです。
不思議なもので、この映画そのものも、上映中止運動のことも、もう日本社会からは忘れ去られてしまったような昨今ですね。
そういうあいまいなところが、日本人のいいところでもあり、悪いところでもある。だから、いつまでもイルカ&鯨問題で、日本人としての正論を語れる人が少ないのでしょう。
ボクはとにかく、全ての生き物に対して、誰かがやらなくちゃならない「屠殺」という行為を、全ての食肉業界では隠しているという現実。そしてそれを太地のことだけとらえて、ことさらに「隠している」と騒ぎ立てる卑怯さに、とても嫌な思いをしています。
ただ、別にもう日本人はイルカや鯨を食べなくてもいいやん…とも思っています。
2010/7/25(日) 午前 2:02
まぁみかんがかわいいとかいって、特にかんきつ類が好きでもない人が
愛媛や柑橘類好きにそれやめろよというのもなんかちがうとおもうなぁ
そもそも、家畜と比べて、鯨漁に問題があるとは到底おもえない。
そういえば世界は食糧難になるみたいなことは
最近いわれなくなったけど、人口は増え続けてますね。
逆に同じ様なものを世界中でたべなきゃいけない状況のほうが異常事態におもえますけど・・・
こんな難癖につけられたままやめたら、どんどんやめろ〜ってきますよ。
2013/12/4(水) 午後 11:27 [ UL ]
ULさん、そう、その通り。世界中で同じものを食べなきゃいけないというのは、世界中が同じ世界観や価値観を持たねばならないということで、それこそが十字軍的発想。世界統一宗教のための戦争みたいなメチャな感覚に繋がるわけです。
実際に、シーシェ●ードのやってることなんか、テロ行為やもんねえ。
2013/12/5(木) 午前 3:46