ブログ水族館/中村 元

次回『中村元の超水族館ナイト』は2019年2月24日(日)の開催。前売り発売は1/24です

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※この記事は、ザ・コーヴ その1衝撃のプロパガンダ映画の続きです。先に、その1を読んで下さい。

ザ・コーブは、イルカショーやイルカ展示へも猛烈な批判を重ねた。

前述したように、主人公は『わんぱくフリッパー』のトレーナー。
彼が、フリッパー役のイルカがストレスのために目の前で死んでみせたことをきっかけに、イルカを自由にする活動を始めたというフレーズで、この映画は始まる。

彼の活動は過激で、水族館や研究所のイルカを、畜養所から逃がすのだ。
人々が子どもの頃から、イルカが水族館などでショーをしているのがあたりまえだと思って育つのが、イルカたちの悲劇に繋がるからだという。

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しかしよく考えてみて欲しい。
『わんぱくフリッパー』のおかげで、どれほど多くの人たちがイルカを愛するようになり、どれほどの人たちが、ヒトだけが知性をもった者ではないのだということを知ったのか。

何を隠そうボクだってその一人だ。
そしてなんと、映画の中で、監督だったかフリーダイバーだったか正義の戦士団の誰かでさえそう話していた。
わんぱくフリッパーは、確実に人々の心を変えたのだ。
そして、わんぱくフリッパーがいなくなった今、水族館のイルカたちがその役割を果たしているのだ。

正義の戦士として加わるフリーダイバーが、自然の海で野生のイルカと戯れる様子が流される。
さも、イルカたちとは、このように付き合うのが正しいやり方だと言わんばかりに。
しかし、いったいどれだけの人がそんなことができるのだろう?
そもそも、水族館でイルカと会わなかったら、そうしたいと思う人がどれほど生まれるのだろうか?

かつて、ジャック・マイヨール氏と公開対談をさせてもらったとき、水族館へ来てもらうように誘ったら、「私は閉じ込められているイルカは可哀想で見ていられないので行きません。ただ、一般の人たちがイルカと会う機会は水族館しかないので、水族館でイルカを飼っているのは肯定しています。」と答えられた。
その言葉は、ボクのその後の水族館の考え方に、大きな影響を与えた。

                                         太地くじらの博物館のバンドウイルカ
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この映画が公開されると、おそらく日本国内にも「正義のイルカ開放団」が現れることだろう。
水族館は、いくらかの攻撃にさらされることも覚悟しておかなくてはならない。
その時に、動物園水族館の目的とされている「リクリエーション」「環境教育」「種の保存」「調査・研究」のために必要だから…などと答えても埒は空かない。

正義のイルカ開放団も、同じ理想のために戦おうとしているのだから、理想の言い合い合戦なら自然のフィールドでやろうとしている方に歩がある。
しかも、水族館でできている「種の保存」と「調査・研究」は、イルカ開放団のできることとたいして変わらない。いや正直なところは、負けている水族館の方が多いかもしれない。

だからもっと水族館にしかできない、ストレートなことを主張した方がいい。
『命を愛する心を育むために、生き物を展示』しているのであり、
『イルカを好きになる人を増やすために、イルカに仕事をしてもらっている』のだ。

パンダは、本人たちの暮らしには関係のない実に政治的な親善大使だが、イルカたちは彼らの国である海の未来を変える力が本当にある。
彼らがいなかったら、今頃野生のイルカたちの運命はどうなっていたことだろう?
そして、もし今の水族館からイルカたちが消えたら、これからの人々の心に、イルカの存在はどのような形で残っていくのか?

もちろん水族館のイルカたちは、自ら志願したわけではないし、いつか放免されることもない。
それはたいへん気の毒なことではあるのだが、そのために施設もトレーナーの意識も、わんぱくフリッパー時代よりは格段によくなっている。

そしてだからこそ、なおのこと思うのだ。
嫌々ながら、水族館に来てくれているイルカたちに応えるために、
水族館にできる「種の保存」は、人々に種の多様性の意識と知識を与えることであり、
水族館に期待されている「調査・研究」とは、より効果的な展示方法の研究なのである。
つまり、展示による、生き物たちのためのプロパガンダこそが、水族館の使命であると思うのだ。
水族館にも、ザ・コーヴほどのプロパガンダの力があれば…。

水族館にアメリカ映画を凌駕するほどのプロパガンダ力を付ける。
それが、わんぱくフリッパーで育ったボクの目標である。



いつになく長文になってしまいました。
映画を観て、あまりに巧妙にできているものだから、これはちょっとヤバイな〜と思ってしまったのです。

もちろん、みんなでザ・コーヴをボイコットしようという話ではありません。
興味を持たれた方は、ぜひご覧になって下さい。
ただ、せめてボクのブログを見ていただいてるみなさんにだけでも、数々仕掛けられているトラップには充分気を付けてご覧いただければと思い、長い記事を書いてしまったようなしだいです。

ザ・コーヴを観て、うっかり映画に洗脳されちゃったお友だちがいたら、せひ、この記事に引っ張ってきてあげていただきたく思っています。

※この記事は後編です。主要部はコチラです⇒ザ・コーヴ その1衝撃のプロパガンダ映画


●太地町立くじらの博物館のこれまでの記事はコチラ→関西の水族館の記事リスト

News:次回トークライブ『中村元の超水族館ナイト2010夏』は6月19日⇒東京カルチャーカルチャー(お台場)

恥ずかしながらTwitter始めてみました…。
□オススメの水族館本(中村元著・監修)→水族館の本
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ザ・コーヴのマスコミ試写に行ってきた。
なんでも今回の試写スケジュールは追加計画らしい。 おそらく映画記事関係者以外から注目されはじめてきているのだろう。
つまりどうやら、社会的問題になろうとしているのだ。
来ている人も、いつもの試写とは違う雰囲気のジャーナリスト系の人たちが多いような…。
そしたらなんと、田原総一郎さんまで試写を観にこられたではないか! 
ますますこれから日本に何か起こるな…と確信した。


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さて、カンチョの感想をと問われれば。  ちょっと長くなるよ〜!とまずお断りを入れておくw。

ザ・コーヴ、プロパガンダ作品としては秀逸の一言。
映像はペンよりも強く、信念を持った活動家の作品はジャーナリズムより強い。
そう、この映画はドキュメンタリーといいつつ、ジャーナリズムとはまるでかけ離れているのだ。

だからこそ、ストーリーの組み立て方は、実に巧妙で引き込まれる。
イルカという友人の開放のために、自らの命もかえりみず戦う「正義」の戦士リック・オバリー。
「悪役」たる敵は、イルカやクジラと共存する楽園を装いながら、その実、イルカを奴隷化し虐殺し、あまつさえその肉までも食べている強大な秘密組織「太地」だ。
主人公リックは、勇気と愛と、卓越した戦闘技術を持ち合わせた仲間を「正義の戦士団」として集め、巨大組織太地に対して『聖戦』を始めるのだ。

うはーっ!それって、ミッションイッポッシブルやん。
正義の少人数が、巨大な悪の組織をうち破るハリウッド映画を見慣れていると、情けないことにこういうストーリーがストンと心に落ちてしまう。
悪の組織に関わっている一人であるボクでさえ、どこからか正義の戦士団たちの目でストーリーを追っている自分がいた。
これを観れば、日本人であっても、リック・オバリーが正義、太地や水族館そして捕鯨を主張するニッポンまでもが「悪」だと思う人が出てきてしまうだろう。
いやむしろこの映画は、日本人標的のプロパガンダを目的に作られているのではないかという気がするのだ。

八百万の神々や多様なもののけのおかげで、「正義」と「悪」の二極論がなく、自然で平和な日本人は、逆にこういう明確な「正義vs悪」の展開にけっこう弱い。
しかも、主人公が元はかの有名な『わんぱくフリッパー』の調教師、つまり悪の手先であったのが改心して正義のヒーローとなったという展開。
そういのって、日本人だからこそうっかり同調しちゃうよなあ。ずるいなあ。

こういう映画を観ていると、中国が国民の情報統制をかたくなに止めないのもなんだか理解できるようになってしまうほどだ。
…とは言っても、そんな情報統制社会がいいとは、けっして思わないし、この映画が日本では非公開になるようでは日本も終わりだと思うけどね。


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本当のドキュメンタリーであれば、少なくともジャーナリズムの精神が少しでもあれば、主人公の主張する正義もあれば、太地の人たちが主張する正義もあると描くだろう。
しかし、彼らは太地に対して容赦ない。 完全正義vs完全悪なのだ。

しかしだ、そもそも、太地の人たちも水族館の私たちも、何が正義だなんて主張してはいない。
何度も言うが、それが日本人なのだ。
正義や悪で語る問題ではないところに、正義と悪という絶対対立で臨んできたところが、この映画の巧妙なプロパガンダであり、最も大きな問題なのだと思う。

この映画で世界中に、悪の秘密組織に仕立て上げられてしまった太地の人たちは、これからいったいどうなるんだろう?
しかも、年間2万3千頭(1日63頭!)のイルカを食べている? 水族館へイルカが1千万円で売られている?
捏造と事実誤認もはなはだしい。
太地が、大量破壊兵器を持っていると誤認されて戦争をしかけられたかの国と同じようなことにならなければいいのだが…。

つい先だって米国が「独裁に怯えている無知で無力なイスラムの人々のために、わが国が戦争で介入しなくてはならない」と考えたのと同じように…
あるいはKKK(クー・クラックス・クラン)が「無知で生意気な黒人を、白人が躾けなくてはならない」と考えていたのと同じように…
この映画は、『無知で生意気な日本の漁師を躾けなおしてやろう』と言っているのだ。



さてしかし、カンチョはジャーナリストではないので、そういうごく一般論的な感想はこのくらいにしておこう。
ボクがすごくイヤだったのは、やっぱりイルカとヒトとの間のことだ。

まずは、屠殺を残虐と扱って、食べ物と切り離していること。

ザ・コーヴで、最も衝撃的なシーンの一つ、文字通り血の海となった入江だ。
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壱岐のイルカ漁でも、このような真っ赤に染まった海の映像が世界中に流れた。

哺乳動物を屠殺すれば血は出る。それが海だと、ますます流れ出る。
しかし、屠殺をしなければ、肉はヒトの口には入らない。
普通の精神を持った者ならだれもが、屠殺によって生き物の命を奪うのはイヤだし、血を浴びるのも、解体するのも、皮を剥ぐのもイヤだ。
でも、だれかがそれをしなくちゃならないから屠殺場があり。屠殺は公開されず密かに行われているのだ。

ボクは本来、ヒトはすべからく、自ら生き物の命を奪っていただく経験をするべきだと思っている。それによって、地球や命の根源が理解できるからだ。
しかし多くの現代人にはそんな経験はない。とりわけ哺乳動物や鳥類に関してはほとんどないと言っていい。
そういう状況の中で、屠殺の場面だけを見せて「残虐だ」と言うのは、すごく卑怯だと思うのだ。
屠殺の場面を観て、「イルカが可哀想」と思うのはいい。そう思えなかったらおかしい。
ただそこで同時に、屠殺している人たちの「苦痛」を感じることができるかどうかが、命をいただいている意識のある人かどうかの違いだ。

映画には、屠殺中の漁師の笑い声や、イルカを乱暴に扱う様子がわざわざ挿入されている。
おそらく、このイルカ殺し漁師には人の心さえないと、観客に錯覚させようとしているのだろう。
しかし考えてもほしい。
彼らは屠殺を仕事としてやらなくてはならないからこそ、イルカをモノとして見なければやっていけないのではないか?

家族同様の愛情を込めて、食用の牛や豚を育てている人たちは、出荷するときには商品として見ることができなくてはやっていけない。
毎日何百頭もの家畜を屠殺している人たちも、その一頭一頭に感情移入していたら仕事にならない。
人々の一番やりたくないしかし必要としていることを、仕事として請け負ってくれているところ。それが、屠殺の現場なのだ。

その気持ちを分かっているからこそ、屠殺の現場を公開したり、ましてや屠殺する人たちの様子にまではレンズを向けない。
屠殺そのものを隠すことより、その仕事をする人に感謝し配慮する。
それが人の道ではないだろうか。

屠殺場面を、ことさら残酷に最大の見せ場としているこの映画には、命をいただいていることを意識している一人として、たいへん痛々しいものを感じた。
屠殺を隠したいと思っている本人たちの仕事を、隠し撮りしてまで暴き、それを快挙だとそれが正義だと喜ぶ。
しかも、その行為にアカデミー賞だとは!


本当は違う。捕獲から屠殺までを知っている太地の人々は、だからこそイルカを愛している。

                      勝浦でいただいた、ゴンドウ(たしかオキゴン)の肉。
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正直言ってボクは、鯨肉食は、すでに日本の食文化ではないし、残すべき伝統文化というべきものでもないと思っている。 だから、遠洋捕鯨はそろそろ諦めてもいいんじゃないかとも思う。
ただ、もっとローカルな地域の文化としては、批判することも反対することもない。
太地に行けば、美味しく鯨肉もいただく。イルカ肉だって出されればいただく。

エスキモーやイヌイットの人たちが、セイウチやアザラシ、さらにはイッカクを食するのと同じだ。
アボリジニの海洋系の人たちが許されていたジュゴン食が、その狩りと解体の現場がテレビに流れたことで、オーストラリア国内で猛烈な攻撃にあい禁止された時には、ボクの心はとても痛んだ。

忘れてはならない。地球上の生き物は、お互いに命を食いあってのみ生きることを許されているのだ。
殺さなくては食えない、それは当然のことではないか。
だからこそ、太地の人々はイルカやクジラを愛している。その魂には尊敬の念をいだいている。

映画では、太地にあるクジラの像や、クジラの博物館、イルカやクジラのさまざまな壁画などを映して、このようなイルカとのメルヘンの国のような顔の裏に、残虐な悪が潜むみたいなことを、皮肉っぽく揶揄していたが、
そもそも、太地の人々とイルカやクジラはメルヘンの間柄ではないのだ。
古くより、「命をかけて捕らえて食う」間柄で、日本人はそんな相手を、心から尊敬し愛するのである。

そのことは、主人公が「嫌いな場所だ」と吐き捨てる太地町立くじらの博物館に行けば分かる。
古い鯨漁の実物大ジオラマ。
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まあ、正義の戦士たちはこのジオラマ見ても、「悪魔のしもべに成り下がった者は裸なのだ」くらいにしか考えないかもだが…。


主人公や監督が一貫して主張するのは、「イルカは賢く可愛い動物だから、殺してはいけない」との主張だ。
確かに、知性を持ったり、ヒトに近い行動をする動物を殺すのはしのびない。
でもやっぱりね、『賢いから可愛いから殺してはいけない』論は、あまりに幼稚で独善的すぎる。

それって、知性がなさそうで醜い者は、奴隷にしようが殺そうがかまわないってことやん!
つまりあれだ、イルカの狂信者ほど「脳が小さく凶暴なサメがヒトを襲うのは許せない。殺してしまえ!」と言うのである。

彼らは太地をアウシュビッツのようだと言うけど、そんな滅茶苦茶な比喩はない。
『賢いから可愛いから殺してはいけない』論こそが、ナチスの民族浄化と根本的に繋がっている。
ナチスはゲルマン民族を優性としたからこそ、劣性と決めつけたユダヤ民族など他民族や、知的障害者、同性愛者などを虐殺していったのではなかったのか?


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