三國志の日々

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本日から諸葛亮篇になります。

<益州南部が反乱>
劉備の死後、益州南部(南中)は、蜀の支配を受ける事に抵抗し反乱を起こしました。
反乱の先鋒は、雍ガイでした。雍ガイに同調した高定や朱ホウが反乱を起こします。
また、雍ガイは呉の孫権に帰服を申し出ます。そして孫権から太守に命じられます。
一方、諸葛亮は先帝・劉備の喪に服し軍を起こす事はできませんでした。
諸葛亮は、李厳を通じて雍ガイに手紙を送り説得を試みますが失敗。
かくして、孔明は、南方の騒ぎを睨みつつ、当面は蜀国内の経済と軍事の建て直しを図ります。

<呉との関係修復>
諸葛亮は、呉との関係修復に乗り出します。
呉とは「夷陵の戦い」での敗戦の直後に、孫権が劉備に聘門(※1)の使者を送り、一応の関係修復は
みていましたが、依然として呉は魏とも往来があり、まだ油断できない状態でした。
そんなある日、諸葛亮に芝が「呉と友好関係を結ぶべし」と進言し、孔明は彼を呉に派遣。
芝は孫権を謁見し、彼は孫権の話し合いの結果、蜀と呉は関係修復し、また、呉は魏との国交を断絶。
その後、呉から蜀へ使者が派遣され、蜀もこれに応え芝を再び呉に派遣しました。

追記
李厳の手紙の返答に雍ガイは「天には二つの太陽は無く、地には二人の王はいないという。
しかし今は天下が三分されており、遠くの者は誰に属したらいいものか分からず戸惑っているのです」
と返答しています。

芝と謁見した孫権は高く評価し、呉に使いして以来、孫権からは度々手紙や贈物があった。

※1:諸侯の間で儀礼的な訪問をし、正式な交際をすること

諸葛亮篇が続きます。

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