三國志の日々

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諸葛亮篇の続きです。

<南蛮王・孟獲心服させる>
225年、諸葛亮が反乱の鎮圧に乗り出します。諸葛亮が南征してくると周りの人間は雍?を殺して孟獲を擁立。
諸葛亮は、反乱軍を次々と撃破し、反乱は制圧され南中は平静を取り戻しつつありました。
しかし、完全に反乱軍を心服させるには、孟獲を心服させる必要がいました。
孟獲は諸葛亮により何度も渡り捕まるが、その度に放された。諸葛亮は仮に武力でこの地を征服しても、
蜀軍が撤退すれば、いずれ反乱が再発することがわかっていたので、現地の人達を心服させるために、
このような処置をとりました。
七度目も放された時に孟獲はついに諸葛亮に心服し、蜀漢への帰順を誓いました。

<出師表を上奏>
諸葛亮は、益州南部四郡を平定後、この地方の財物を軍事に充てました。
軍隊は日々調練に余念がありません。
227年、諸葛亮は満を持して魏を攻めるべく北伐を開始します。
出陣にあたり、諸葛亮は長文の表を書き上げ、劉禅に奉りしました。

追記
出師表とは、臣下が出陣する際に君主に奉る文書。「出師」とは文字通り「師(=軍隊)を出す」ことであり、
「表」とは公開される上奏文を指します。「出師表」自体は一般的な文書名ですが、歴史上、三国時代蜀の
丞相であった諸葛亮が、皇帝劉禅に奏上したものが著名であり、特に述べられない場合、「出師表」とは
これを指します。

出師表の内容とは・・・
諸葛亮が、蜀皇帝・劉禅に向け、国家の現状・帝が行うべき王徳・漢朝の復興への願い等を切々と
綴っています。諸葛亮は、備が3回も訪れて自分を登用してくれたことにとても感謝していると述べ、
恩に報いるために、自分は中原に進出し、逆賊たる魏王朝を破り、漢王朝を復興させようとしているという
決意を述べています。

出師表で「これを読んで泣かない者は忠臣にあらず」とまで言わしめています。
第一次北伐の前に出された出師は「前出師表」と呼ばれ、その後も諸葛亮は劉禅に「出師表」を上奏を
しています。これを「後出師表」と呼ばれています。しかし「正史」には見られず、後世の創作といわれています。


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