三國志の日々

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リアルで色々あったのでだいぶ遅れてしまいました。
リアルの事は「リアルネタ」に載せておきます。

諸葛亮篇の続きです。

<第三次北伐>
第二次北伐後の翌229年春、諸葛亮は第三次の北伐を決行します。
武将の陳式に武都・陰平の両郡を攻撃させます。魏将郭淮が救援に向かうが、諸葛亮が退路を断つ動きを
見せると撤退したため、陳式は無事に武都・陰平の2郡を平定した。
この功績により、再び丞相の地位に復帰した。

<第四次北伐>
231年春(2月)、諸葛亮ら蜀軍は第4次の北伐を決行します。
蜀軍は、魏の祁山を包囲すると別働隊を北方に派遣したが、張?ら魏軍が略陽まで進軍してくると、
祁山まで後退。また、司馬懿が率いる魏軍は祁山を開放するために、司馬懿が諸葛亮の軍を、張?が王平の軍
を攻撃したが、王平はこれを撃退します。
しかし、蜀軍は局地的に勝利したものの長雨が続き食糧輸送が途絶えたため撤退。
撤退時に追撃してきた魏の張?を伏兵を用いて討ち取っています。
食べ糧輸送を監督していた李厳は、糧秣の不足を伝えて諸葛亮を呼び戻させる一方、軍が帰還すると
「食料は足りているのになぜ退却したのだろうか」と驚いたふりをして責任転嫁をはかろうとした。
しかし、諸葛亮は出征前後の手紙を提出して李厳の矛盾をただしたため、李厳は自分の罪を明らかにした。
そこで彼を庶民に落として流罪にします。

追記
陳式は「正史 三国志」の著者・陳寿の父親です。

李厳は、庶民に落とされ流罪されたが彼自身は諸葛亮がいずれ復帰させてくれると期待していたが
234年、諸葛亮の死を聞くと自分が復職することはあるまいと嘆き、まもなく病を発し死んでいます。
また、彼の同郷出身の陳震は、彼のいい加減さを諸葛亮に訴え、重用しないよう忠告していたため、
諸葛亮は陳震の言葉を聴かなかったことを後悔しています。

長くなってしまいましたが、これで『<第9章>:諸葛亮の遠征』は終了です。
そして、とうとう最終章の『<第10章>:三国時代の終焉「三国の凋落と晋の天下統一」』
次回からお送りします。 ペコリ(o_ _)o))

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