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母の葬儀全般(納棺・通夜・告別式・火葬・初七日・あいさつ回りその他諸々)を終えました。
きわめてあわただしい時間が過ぎていきました。
通夜のあいさつ、告別式のあいさつ、出棺のあいさつ、初七日法要のあいさつと、つきものの喪主挨拶は、何回やっても感情が入ってスムーズに話せなくなりますね。
7年前、父が他界した時は私が現役だったこともあり、、父の経歴や関係諸機関を考慮して、盛大にやろうと決めてやりましたが、今回は必然的に質素にならざるを得ず、こじんまりとした葬儀になるはずでした。
でもありがたいことに、お世話になっている非常勤先や元の会社、ソルチェのAssociatesからも生花や香典、弔電を多くいただき、結果としては、家族葬とは程遠い感じになってしまいましたが・・・
18歳で実家を出て、大学・就職・結婚・転勤等々、長男で一人息子にもかかわらず36年余りを親とは一緒に暮さず、今後も戻ることない親不孝な息子に対して、母はいつも優しく暖かく接してくれていました。
葬儀で久しぶりに会う方との話では、町内会の方や親戚にはいつも息子自慢をしてくれていたそうです。
それなのに、誕生日・母の日・敬老の日・正月ぐらいしか℡をすることもなく、父や祖母の法事のときや、仕事が重なるときぐらいししか顔も見せない親不孝なことばかり・・・でした。
高齢者の定番「頸部骨折」で入院し、心不全症状が悪化し始めたこの2年半は、まともな会話もできない状況が続き、ましてやこの数か月は意識もなく、いまさら会話もできない・・
脳梗塞を併発し、意識は混濁、経口摂取もできず、管だらけで、無理やり生かされている状態でも、「どんな状態でも生きてさえいてくれれば・・」と、勝手なことを思っていました・・
「心にポカンと穴が開く・・」という感じを、54年近く生きてきて初めて感じます。
いい大人になった子供が言うのもなんですが、美人で、仕事にボランティアに趣味に、何事にも積極的で、働き者で料理もうまい自慢の母でした。
しかし7年前に父が他界してからは、病とけがで入退院を繰り返し、どんどん衰えていきました。
そういう意味では、55年余り共に暮らした最愛の父のもとに行けたことは、きっと喜んでいることでしょう。
でも残された私たちは、「もっともっともっとこうすればよかった・・もっともっとあれもできたのに・・」、後悔やら自責の念やらに苛まれます。
父に続き、母の最期も看取れず、ろくな葬儀も出してやれず、仕事も何もかも中途半端な人生を送っている自分がとことん情けなくなります。
父の時のような仕事上の縛りは全くなく、比較的時間に余裕があるからなおのこと考えてしまうのでしょう。
やはり失くして初めて親の・・息子にとっての母親の・・重さ、かけがえのなさがわかるものなのですね・・・
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