ソルチェ名古屋のコントローラー&プロモーターのblog

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「男児志を立てて郷関を出づ 学若し成る無くんば復還らず 骨を埋むる何ぞ期せん墳墓の地 人間到る處青山有り」 
 
先月からまた司馬遼太郎を読んでいる。
 
ほとんど読んだつもりでいたが、ネットで調べてみたらまだ多くの未読本があった。
 
花神もそのひとつ。
 
主人公は「大村益次郎(村田蔵六)」
 
医者で、馬にも乗れず、剣もできないのに、幕末維新の長州藩総司令官になった男。
 
前述の詩は、家業(町医者)を継ぐべく、適塾の塾頭を辞めて田舎の周防へ戻る道すがらの話。
 
この詩を読んで、今の自分自身の思いにどこか近いものを感じ、なぜか落涙した。
 
この年になってまだこんな思いを持っているようだ・・
 
 

思い出のメロディ

今日は、NHK第44回思い出のメロディを最後まで見ちゃいました。
 
昭和33年生まれの私ですが、知らない歌は一曲もなかったのがちょっとこわいかも・・・(^_^;)。。。
 
特に、由紀さおりさんはいまどきのTVでも十分通用する美しさというか自然な感じがいいけど、一部の方は超不自然・・
 
でも歌はいい!
 
いきなり昔に戻れる^^
 
思いっきり子供だったころ・・
 
何も怖いものがなかった・・どんどん突っ走っていた・・あの時代
 
親も元気だった・・
 
 
由紀さおり 夜明けのうた 昭和39年
槇みちる 若いってすばらしい 昭和41年
二宮ゆき子 まつのき小唄 昭和39年
ロス・インディオス コモエスタ赤坂 昭和43年
渚ゆう子 京都の恋 昭和45年
水前寺清子 いっぽんどっこの唄 昭和41年
木の実ナナ・五木ひろし 居酒屋 昭和57年
氷川きよし 青い山脈 昭和24年
安藤まり子 花の素顔 昭和24年
坂本冬美 岸壁の母 昭和29年
前川清&クール・ファイブ 長崎は今日も雨だった 昭和44年
高田恭子 みんな夢の中 昭和44年
長谷川きよし 別れのサンバ 昭和44年
弘田三枝子 人形の家 昭和44年
由紀さおり 夜明けのスキャット 昭和44年
デューク・エイセス 雪山讃歌 昭和38年
田代みどり パイナップル・プリンセス 昭和36年
こまどり姉妹 ソーラン渡り鳥 昭和36年
狩人 あずさ2号 昭和52年
舟木一夫 修学旅行 昭和38年  学園広場 昭和38年   高校三年生 昭和38年
小林旭  ダイナマイトが百五十屯 昭和33年  アキラのズンドコ節 昭和35年  自動車ショー歌 昭和39年
熱き心に 昭和60年
海援隊 思えば遠くへ来たもんだ 昭和53年
荻野目洋子 ダンシング・ヒーロー(Eat You Up) 昭和60年
森川由加里 SHOW ME 昭和62年
麻倉未稀 ホワット・ア・フィーリング〜フラッシュダンス 昭和58年
松崎しげる 愛のメモリー 昭和52年
夏川りみ 芭蕉布(事前収録VTR) 昭和40年
尾藤イサオ また逢う日まで 昭和46年
石川さゆり 夫婦善哉 昭和62年
五木ひろし 別れの鐘の音 昭和49年
全員 花は咲く 平成24年
 
 

四十九日の準備

母が他界して2週間、早いものだ。
 
喪主(長男)にもかかわらず、事後の諸手続きはほとんど姉にまかせっきりである。
 
とはいえ二人しかいない姉弟なので、四十九日の参席者、日程や場所、引き出物(内容・店・予算)etcと、決め事は姉ひとりではできないので、諸々の相談は電話でやるしかない。
 
昨日今日と「あーでもない・・こーでもない」と色々と話し合って、ようやく決まった。
 
香典・弔電をいただいた方々へのあいさつや御礼も一通り終了した。
 
こうやってだんだん気持ちも落ち着いていくものなのだろう。
 
不思議なことに最近は、「母を思い出して・・」というより、7年前に他界した父を思い出すことが多く、そのたびに胸にこみ上げるものがある・・・
 
母のことは、2年半の入院期間に比較的見舞うことができたのと、急激に衰えていく姿を見てきたことが、「早く楽にしてあげたほうが・・」と思わずにはいられなかったことから、どこか納得感のようなものがあるのかもしれない。
 
父は「検査入院する」と自分で電話してきてから、約2ヶ月で逝った。
 
最後に見た顔は亡くなる二日前。
 
抗ガン剤とモルヒネの副作用で、全く別人格になったときだった。
 
今でもはっきりと覚えている。
 
とりとめがないのでこのあたりで・・。
 

利他の心

ロンドン五輪が閉幕。
 
過去最多のメダル数や、勝因として挙げられる「チーム力」が何かと話題になっているが、選手たちはいろんな思いを素敵な至極の言葉にしてくれた。
 
共に戦った仲間、支えてくれたスタッフや家族、顔の見えないファン、そして選考で敗れ去ったライバルたちや自分たちを目標に精進している子供たちや後輩たちまでも慮ったセリフの一番は、なでしこジャパン主将“宮間あや”が言った一言。
 
「ここに立てるのは選ばれた18人だけ。大切な思いや大切な人たちがいて、私たちは戦っている。ここからの
6試合、お互いのために戦おう」
 
「お互いのため」と評しながらも、利他の心を表している。
 
個人的に最も印象に残ったのは、女子レスリングフリースタイル48kg級“小原日登美”。
 
10年以上、51㎏級で世界のトップに君臨しながら(世界選手権8度制覇)、オリンピックに51㎏級がないということと(ルールの犠牲者)、48㎏級に下げれば妹との対戦、55㎏級には絶対的女王“吉田沙保里”・・・2度の引退、うつ病・肥満・・20代に天国と地獄を見てきた彼女の至極の言葉。
 
「自分はマットで自身を表現できるけれど、支えてくれた人たちは自分が勝たないと報われない。みんなを笑顔にするのが自分の成し遂げたいことです。そのためにはどれだけ苦しんでもいい」
「どんなに不可能そうに見えても諦めなければ夢は必ず叶う」
 
これこそ「利他の心」そのものだ。
ホスピタリティも同義語だろう。
 
数えきれない艱難辛苦を乗り終え、愛する家族や支えてくれるスタッフ、応援してくれるファンのために、「夢を諦めない!」という1点を守り抜いた結果がこの偉業だった。
 
あきらめてしまえば楽になる・・・
 
あきらめた結果の苦しみもある・・
 
あきらめなければ達成するために苦しみは続く・・
 
でもほかの誰かのためだからこそ、頑張れる自分がそこにいる・・
 
鍛え上げられた身体と練習で腫れ上がった右目をくしゃくしゃにして泣き笑いする彼女がとても輝いていた。
 
我々が生きる時代を象徴する言葉は「エコ」。
「自分が楽しむ利己的消費から、節電や社会貢献に繋がる利他的消費への関心が高まっている」と、あるビジネス誌にも論評があった。
 
時代は間違いなく良い方向に進んでいる!
 
あとは政治だけ!?

言葉

もっとも近い身内が亡くなる・・
 
親しい友人のこんな訃報を耳にしたとき、かける言葉は簡単には見つからない・・
 
暖かい言葉のおかげで、癒されたり隙間が埋められたりするのは事実だが、反面、都度思い出してしまい、悲しみが波のように押し寄せる・・こともある・・・
 
だからこそ、かける言葉は難しい・・
 
今回、私と特に関係が深く近い“老若男女”から、極めて配慮の行き届いた“言葉”をいただいた。
 
この人たちとの強く暖かなつながりが・・絆・・があることで、いままでどれだけ救われたことだろう・・そして今回もまた・・・
 
みんなありがとう^^。。。
 
 
 

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