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至極の一言

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これも昔ネタ(^_^;)
 
太田典生さんの著書「いい話のおすそわけ」から、〜心の歩幅を大きくする秘訣〜です。
 
 
ヘルマン・ヘッセは「運命は心の中にある」と言っています。
 
それは、「意識が行動を作り、行動が習慣を作り、習慣が体質を作り、体質が運命を作る」からだと考えているからです。
 
ですから、自分の運命を変えようと思ったら、己の心=意識を変える必要があります。
 
意識を変えるにはどうしたらいいのでしょうか?
 
私達が「この頃あの人(の意識)変わったね」と言うとき、その人の心は見えないので、普段の言葉遣いなり、行動の変化を見て判断しているはずです。
 
ところで、たとえば「急ぐ」という行動を考えていると、人間は言葉で考える動物ですから、心の中で「急がなければ」という気持ちが、無言であれ発せられた結果として「歩幅が大きくなり」、急ぐ行動を起こすわけです。
 
ですから、行動を変えるには、言葉を変えればいいわけです。これがポイントです。
 
意識を変えるには、まず毎日使う言葉を意識して変えることです。
 
意識している間は本物ではありませんが、そのうち無意識で行えるようになってきます。
 
そうなれば本物です。
 
 
ちょっと意識を変えて、前向きな言葉にして、一歩踏み出してみれば、結果が変わるかも・・
 
皆さんいかが?
これも昔ネタ。
 
作家曾野綾子さんの著書から「辛い義務を楽しみの種にする才能」です。
 
人間は、奴隷がさせられたような仕事をもまた、楽しみの種にするという才能を持っていた。
登山やマラソンがその一つの典型である。
今どき、自動車もトラックもケーブルカーもフォークリフトも、何でも使える時代に、何を好んで重いものを担いで長い道を歩いて山に登ったり、飛脚さながらに長い道程を走ったりする必要があろう。
しかし人間は、辛い義務を楽しい課題に変えることを知っていたのである。
何事も楽しんでやれる人はすばらしい。家事もやってみれば楽しく面白いと思える人もいる。
不幸さえも、それを解決することを一つの目標というふうに受け止め、それを生の手応えとして受け止められる人もいる。
その手の人が本当の生活の達人であり、生きた芸術家なのである。
 
「雑用という用は無い。仕事を雑にしたとき、それは雑用になる」という言葉もあります。
私達の心の持ちようで、用が雑になるか有意義になるかが決まりますね。
皆さん、いかが?

新しいを感じる

これも昔ネタ(^_^;)。。。
 
作家森博嗣さんの著書「臨機応答・変問自在」から、「新しいを感じる」です。
 
「新しいという言葉は非常に大切。足が速い、力が強いなどの能力と同じように、新しいと感じる能力が人にはある。しかし、自分が止まっていると新しいものが恐くなり、その能力はどんどん劣っていく。」
 
短い文章ですが、的を得ていますね。
 
“新しい”にチャレンジする勇気を無くさないように毎日を生きていきたいものです。
 
皆さんはいかが?
これも昔ネタ・・
元名古屋大学付属病院長井口昭久先生の著書「ちょっとしみじみ 〜悩み尽きない医者人生〜」からの抜粋です。
 
医者という職業は、世の中がどうなろうと必要であると思う人がおおいからであろうが、不景気になると医学部志望者が増える。私が思うに受験に強いからというだけで医者にならない方がいい。 
日本は世界のどこの国も経験したことがない未曾有の高齢化社会に突入しようとしている。5人に一人は老人が占め、当然、老人を診る機会が多くなる。
 「患者は医者に人生を任せているわけではない。医者は病気だけを治せばいい」と主張する人がいる。医者がその人の断面だけを切り取って、生業の糧にするのであれば職人に徹すればよい。
 若い人の病気は完全に治ることが多いため、その主張は部分的には正しいが、若くても完全に治らないこともある。高齢者の病気は治らないことが多く、治っても何らかの障を残す。
 人生は一連の物語である。愛したり憎んだり、うれしさに有頂天な時期もあれば、悲しみの底に沈み立ち上がれないのではないかと思ったりする。仲間といることの充実感や、疎外感を感じるときもあったはずである。そうやって年老いて、誰しもが静かに迷惑をかけずに死んでいこうと思っている。
 老人も病人も弱者ではない。人生の1つの局面に遭遇しているに過ぎない。医者はその人生に介在するのである。そっと寄り添い手助けするのが医者の役目であるが、他人の人生に共感できる能力のない人物が寄り添ったら危険極まりない。
 患者さんの一巻物の物語に想像力を持てない者が医者になると、医者自身がつらい思いをする。そのような能力がありそうにもないと思う人は医学部に進まない方がいい。
 
井口先生の哲学というか豊かな感性を表している、感動の一文ですね。 
私と言えば・・CDAになって2年・・
既に慣れが出てきている自分がいるようです。
現役のころの感性を・・共感応力を・・超えていないかも・・

明るい方へ明るい方へ

6年半ほど前の私のメルマガネタから
 
明るい方へ明るい方へ(詩人金子みすず)〜
文章は著名な精神科医・作家の斉藤茂太さんです。
 
 ミサワホーム社長の三澤千代治さんは、入社試験の面接の時、必ず最後にこう尋ねることにしてるそうだ。「あなたは運がいいほうですか?悪いほうですか?」と。 
そして、「すごくいいほうだと思います」と答える人間を優先的に採用するという。 
どんな人生にもアップダウンはある。そこに違いはない。違いが分かれるのは、それを「運が悪い」ととらえるかどうかだ。運が悪いと思いこむ人は、周囲まで、いや会社全体までを悪い運に巻き込んでしまう。それが、三澤さんの質問の理由である。 
先日、家内が庭先で小さな歓声をあげていた。何をそんなに感動しているのかと近づいて見ると、雑草が庭の片隅で小さい黄色い花を咲かせていた。その草は、実は一度摘み取ったものだった。我が家では、摘んだ草は庭の隅に仮に積んでおき、ひとまとめにして堆肥を作ったり、捨てたりしている。そのときの一本だけ集め忘れて土の上に置き忘れたのだろう。
 一度引き抜かれた上に、置かれたところはほとんど陽が当たらない場所である。でもその花はひよひよとした細い茎を必死に伸ばして、日の差すほうに自分を向けていき、花を咲かせている。私はふと思ったものだ。この花が口がきけたら、自分を運がいいというだろうか。それとも運が悪いというだろうか。 
一度は引き抜かれ、捨てられそうになった。だが、なぜか1本だけ、そこに残された根は土中に張ってないし、ろくに日も当たらない。でも、その草は明るい方へ明るい方へと必死に首を伸ばして、花を咲かせた。そのおかげで家内を毎日感動させている。 
 
本の中では、話はまだまだ続きますが、この辺にしておきます。
 要は、「運がいい!」とポジティブに発想できること。日常の何気ないことに気付く「感性」と、それに感動する「素直な心」を持っているかが大事なんでしょうね。
何に書いてあったか忘れましたが、一日一度は感動で涙する、家族のしぐさ・TVの一場面・雑誌の一文・何気ない会話相手の一言等々、なんでもいいので一日一回はほろっと、ついうるうるしてしまうことが、身体にも心にも良いそうですよ。
 
最近痛みに悩まされ続けているので、ちょっとネガティブ思考になりつつある・・・と感じていたので、これを持ってきました。
以前にも書きましたが、楽天思考で、素直な心で些細なことに感動して、良い結果がなかなか出なくても、「なんとかなるさ!運がいいんだ俺は(私は)!」で、明るく元気に行きましょう^^。 
みなさんいかが?

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