ソルチェ名古屋のコントローラー&プロモーターのblog

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至極の一言

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今日は休診日なのでのんびりと過ごさせてもらいました(毎日大して変わりませんが・・・(-_-;))。

ところで昨晩、「今度、仕事で名古屋に行くので、お時間があれば一杯いかがですか?」とお誘いを受けていた元部下のKさんと会いました。

関西在住のKさんは、今年1月“営業所長”に昇格され、その祝いも兼ねての5ヶ月ぶりの楽しい飲み会になりました。

以前このblogにも投稿しましたが、彼には一緒に働いていた頃よく助けてもらっていたので、40歳を目前に今までの安定を捨て、やりがいを求めて自ら積極的に転機を創った彼の成長は、自分のことのように嬉しく思っていました。

組織の大小・成熟度の違いはあっても、管理職として「部下を育成し、業績を上げ続け、成長過程(過渡期)の会社そのものに貢献していくこと、周囲の期待に応え続けること」の難しさを初めて経験したことから発せられる彼の言動には、私が忘れかけていた“大切な何か”を“ずっしり”と心に感じさせてくれました。

CDAとしてもっと“傾聴”してあげなくてはならないのに、つい“元上司”的な“指導発言”が多かったことを、酒の席とはいえ反省しております(^_^;)。。。

Kさん、これからも苦労することは多々あると思いますが、大丈夫!
スキルや知識は貪欲に吸収しつつも、“ハート”が今のままそのままの等身大のあなたでいればね!

ではあなたに“一言”贈らせてもらいます。自分自身に叱咤する意味もこめて!

「運はやっていくうちについてくるもんですよ。そこに(ゴール前)何回もゼイゼイ言いながら行っているから(こぼれ球)が来るんであって、手を抜いたらボールは転がってきません。だから偶然を必然に近づけるのは、そこに顔を出す回数ですよ。それを愚直にやり続けるしかない」。

戸田智弘さんの著書からの引用ですが、5年前の“中山雅史”が発した至極の一言です。

40歳を過ぎてなお、ステージを変えてがんばっている姿に感銘を受ける“おじさんたち”も多いのでは。

Tさん、たぶんこのblogをクリックされると思うので、私のように?なることなく、健康に十分留意され、志を全うされることを心から祈っていますよ。

ではでは。
先週1通のメールがきました。
「kappeichanさんこんにちは。突然ではございますが、来週名古屋に行きます。もし、お時間がございましたら、暫しお付き合いいただけませんか?」

いやーうれしかったです(^o^)。。。
以前このblogに投稿した、関西にいたころの元部下KNさんからでした。
久々の再会に、ウイークデーにもかかわらず二人で相当杯を重ね、楽しいひと時を過ごさせていただきました。
何よりもうれしかったのは、2年前に安定した環境を捨て、フロンティアスピリットそのものの転機(転職)を創出した彼が、自ら想定した以上の評価を周囲から得て、そしてより高いバーを越えようと挑戦していることがひしひしと伝わってきたことでした。

翌日以下のメールが入っていました。本人には無断ですが全文を紹介します。

『先日は、突然の押しかけにもかかわらず、ご配慮、お心遣いを頂戴し、本当にありがとうございました。昨日も言いましたが、kappeichanさんを裏切って、会社を辞めた手前、「kappeichanさんに会わす顔がない」というのが正直なところでした。いただいた1通のはがきが、「もしかしたら許していただけているのかな?」と思い、思い切って名古屋行きを連絡いたしました。
kappeichanさんが、そんな心の狭い人間ではない事は、重々承知しておりますが、正直なところ、こちらから声をかける自信が持てませんでした。
でも、kappeichanさんにお会いできて本当に良かったです。
次、お会いできるまでには、もっと良いお話ができるようにしておきたいと思います。
それまでは、ブログにお邪魔しながら、刺激をいただきたいと思います。
ありがとうございました。取り急ぎ、お礼まで。 KN』

飾りっ気のない言葉に、彼の本音本心の思いが伝わってくる一文です。
今はお互い全く違う環境に身を置いていますが、いつまでも友人として末長い付き合いをしていきたいと思わせてくれた一晩であり、一文でした。

KNさん、「会いたい」と思ってくれてほんとにありがとう(^^)/~~~。。。
CDA講座をきっかけに知り合って、受検対策ではほんとにお世話になり、そしてなにより“彼女の生き様・感性”に魅かれ大ファンになったEさんから、以下のメールが届きました。

10月29日投稿分の“歌のこころ 手紙〜親愛なる子供たちへ(樋口了一さん)”の歌詞を読んで感じたことを送ってくれたんです。またまたご本人には無断ですが(^_^;)、一部を紹介します。

『先日のkappeichanさんのブログ拝見して、涙がとまりませんでした。あの親の・・・・・私も良く思うのですが、年老いて行く親・子供の私・親としての私・子供・・・と続く“命のリレー”に、不思議なものを感じます。自分がずっと今まで「誕生日って私だけのための日・・」だと思っていたのですが、子供を産んでから、子供の誕生日が来るたびに、あの命がけで出産した時のこと、下の子では・・・・・かなり悩んで出産に挑んだことなど、「親にとってもとても感慨深い日なんだ」ってことに気づいたんです。きっと、私の親も、そういう気持ちで私の誕生日を祝ってくれていたんでしょうね。そして、私がこの子の世話をするように、私も親にそうしてもらってきて、そういう感謝をいつか親に返すことが来るのでしょうけれど、その時はあの詩のように・・・・・・と心から思いました。kappeichanさんは、親御さんを最近なくされたって書かれていらっしゃったので、色んな想いが膨らんでしまいますよね。。・・・・・・』

少々端折りましたが、“共感”した思いをそのまま伝えてくれたことはお分かりいただけるでしょう。

“命のリレー”“誕生日は親にとっても感慨深い”、子育て・親子のあり方はもちろん、少子高齢化が叫ばれて久しいですが、親が子を・子が親を思う気持ちは本来このEさんのようにあるはずなんですよね。

そして“出産”という女性にしかできない聖なる経験の重さ深さを、あらためて考えさせてくれました。

キャリアカウンセラーとしてクライエントのキャリア発達を支援する上でも、“親子のあり方”“命のリレー”は、カウンセラーの自己概念として持っておかなければならないことだと、今更ながらに感じた次第です。

永遠に繰り返される“リレー”の基本は“親子”関係ですが、“バトンを渡す”という意味では、“上司部下”の関係も同様でしょうね。

一つの歌(至極の歌詞)が導いてくれる思考の広がりに、その素晴らしい感性から新たな気付きを与えてくれるEさんに、心から感謝感謝です。
住んでいるのが名古屋なので、必然的?に新聞は“中日新聞”・・・
中でも土曜の朝刊には“編集局デスク”というコラムがあり、編集局長志村清一さんが毎回感動を与えてくれています。

今日ご紹介するのは“歌のこころ”

中日新聞ファン?は読まれていると思いますが、中日新聞って?なに?という方には新鮮かもしれないのでご紹介します。

はやりの歌の歌詞には「うまいな」と感嘆することが時々ある。秋元順子さんが歌う「愛のままで・・・」の次のフレーズが好例だ。「ああ この世に生まれ 巡り逢う奇跡 すべての偶然が あなたへとつづく」
巡り合いのドラマは恋人だけとは限らない。友人や師弟関係にも当てはまるかもしれない。人と人が出会い、偶然の積み重ねが必然へと転化する。それがこの「歌のこころ」だ。
歌の力をさらに痛感する曲を聴いた。
シンガーソングライター“樋口了一さん”の「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」。
高齢の親が子供に語りかける。
(コラムでは一部でしたが、いい歌なので全て紹介します)

“手紙 親愛なる子供たちへ”
 歌:樋口了一 原作詞:不詳 訳詞:角 智織 補足詞:樋口了一
          作曲:樋口了一 ストリングス・アレンジ:本田優一郎
年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても どうかそのままの私のことを理解して欲しい
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい
あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末はいつも同じでも 私の心を平和にしてくれた
悲しい事ではないんだ
消え去っていくように見える 私の心へと 励ましのまなざしを向けて欲しい
楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを
悲しい事ではないんだ
旅立ちの前の準備をしている私に 祝福の祈りを捧げて欲しい
いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい
私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい 
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど 私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい
あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい
私のこどもたちへ 愛するこどもたちへ

テレビから流れる歌の内容に引き込まれた。樋口さんの友人のパソコンに一昨年届いた作者不詳のポルトガル語の詩を、その友人が訳し、樋口さんが補足して歌詞を作り、曲をつけた。
「同じ話を何度も何度も繰り返しても」「思わず下着を濡らしてしまったり」と認知症の症状をつづりながら、「よろめく私にどうかあなたの手を握らせてほしい 私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい」。
日本は歴史上例のない高齢者社会に入った。女性の四人に一人は六十五歳以上である。厳しい老いの現実。だが、生老病死は誰も避けて通れない。過去と未来は結びついている。歌詞にある「あなた」はいずれ「私」になる。高齢化は自分の問題だ。それが「歌のこころ」ではないか。
「あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい 愛する子供たちへ」

書きながら涙がとめどなく流れてきます。
私事ですが、来月10日は父の命日です。4年前、76歳で肺がんを宣告され、全身転移もあり入院二ヶ月で逝ってしまいました。病床で会話らしい会話もできませんでしたが、きっとこんな思いを伝えたかったのだろうと思うと言葉になりません。

少々脱線しましたが、志村さんが言うように、「人と人が出会い、偶然の積み重ねが必然へと転化する“男と女”“学校や会社の上司・部下・同期・先輩・後輩”“異業種交流の友人”etc、そして家族」、これらすべての出会いが過去と未来として結びついて、お互いに“あなたが私”になっていくんですね。

私もCDA受検を通して、新たなかけがえのない友人を得ました。性差や年齢の違いを全く感じさせない素敵な魅力的な女性たちです。
「人と人が出会い、偶然の積み重ねが必然へと転化する」瞬間をあらためて感じさせていただいた彼女たちに感謝感謝です。

「久しぶりに“腹の底から笑い”、食って飲んで語って、“心地よい時”を過ごさせてもらいました。めったに味わえない“夢見心地”と千鳥足でした。またみんな一緒に会える日を楽しみにしています」

16日夜、親友二人(先輩と後輩)が、私のCDA合格祝を兼ねて遊びに来てくれました。
たった一晩(とはいえ8時間ぐらい飲み続けましたが・・・)、ただ飲み明かすだけのために、忙しい時間を割いて来てくれたのには、心から頭が下がります。

こちらも忘れかけていた心から認め合える旧友と語らい飲み明かす楽しさに、時間があっという間に過ぎており、おかげで一気に時差ぼけが解消されました。

冒頭の“至極のひと言”は、翌朝の新幹線から送られてきた携帯メールの内容です。
こんなことを書いてよこすタイプ?ではない(こともないかも)ので、寝不足二日酔い(-_-;)のボロボロの状態でしたが、なにげないひと言に“感動”をいただきました。

持つべきものは“心から認め合える許しあえる友人”だと、あらためて感じさせてもらいました。

FさんTさん、本当にありがとう^^。。。

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