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私は昔、易を少し学んだことがあった。
普段、特に興味があるわけでもなく、テレビや雑誌で見つけても、
自分に当てはまるものをちらっと見て忘れてしまう。
今から考えても、何故その時、
やってみようと思ったのか、不思議な気がする。
その先生は、「易は当たったら駄目」と言った。
もちろん、それは過去の事ではなく、未来の事。
現在の状態は、点てた(漢字合ってるかな?“たてた”)
卦の中にちゃんと出ている。
それをどう読むかで、当たっているか、
見当違いのことを言うかが決まってくる。
だから、きちんと読める人は、当たって当然。
当たるところまでは、易を活かしているとは言えない。
その先を見ても、卦には出ている。
何もしなければこうなる。
そのまま進んで行けばどうなる。
違う行動を起こせばこんな風になる。
千変万化する流れを、不変の原理で捉えて変化を知り、対応する。
そんな変化を見て、
その人の人生がより良い方向に行くアドバイスをする。
それが“易を活かす”ということ。
当時、私の整体は、現在の操法とはまた違った形であったが、
身体に向き合い、その身体には、
その人の全てが出ているということ。
それを歪めずに読んでいくこと。
一つとして同じものがないその人の身体の変化を、不変の原理で見ること。
その人が“活きる”状態を提示すること。
そういった共通性を見付けて、
それが易に興味を持った理由であった。
遊びで名前も付けて頂き、
しばらく通って学んでいたが、
今は、たまに点ててみて、本を見ながら、
何となく分かったような分からないような感じで遊んでいるだけだから、
もったいない話だが。
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