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最近読んだ本に福島原発事故の原因が分かりやすくまとめられていたので、ご紹介します。
全体の書評も、この後で書くかもしれません。
吉田 伸夫 著 『科学はなぜわかりにくいのか』 技術評論社 知の扉シリーズ 四六版224頁 2018年4月発行 本体価格¥1,580(税込¥1,706)
第5章 科学者はなぜ数字で語りたがるのか 「福島第一原発事故」p.168〜p.172
(・・・は省略した部分ですが、他にも要約した部分があります。)
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原発における安全性の要は水であり、緊急時に注水するための電源が確保されることが、安全性を維持する上での前提となる。
多重安全設計の考え方に従い、福島第一原発でも、外部から原発に電気を供給する送電システムと、送電システムがダウンしたときのための非常用ディーゼル発電機がいくつも用意され、そのどれかが動けば事故を避けられるように設計されていた。
ところが、現実には、1回の巨大地震ですべての電源が失われ、冷却水喪失によるメルトダウンという深刻な事故につながった。
2011年に東日本一帯を襲った巨大地震で被害を受けた原発は、北から順に女川原発、福島第一原発、福島第二原発、東海第二原発の4つ。
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他の3つでは、微量の放射能漏れはあったものの、いずれも深刻な事故には至らなかった。
明暗を分けたのは、生き残った電源が1つでもあったかどうかである。
外部から福島第一原発に電力を供給する送電システムは、全部で3系統6回線あった(主に雷対策のため、各系統ごとに2つの送電線が用意される)。
しかし、地震の揺れによって、鉄塔の倒壊、送電線の遮断(ショートしたとき保護機能が働くことによる)、変電所の遮断機損壊などが相次ぎ、続く津波によって敷地内受電施設の制御盤も水没して、全ての回線が使えなくなった。
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福島第一原発では、ほぼ全てのディーゼル発電機が使えなくなった。
福島第一原発でディーゼル発電機が使用不能になったのは、これらが、他の原発と異なり、原子炉建屋ではなくタービン建屋の地下に設置されていたからである。
原子炉本体を収納する原子炉建屋は、きわめて頑丈に作られており、津波や高潮が押し寄せても大丈夫なように、潜水艦並の水密扉を備えている。
このため、原子炉は、津波でほとんど被害を受けなかった(部分的な浸水はあった)。
しかし、タービンや発電機を設置するためのタービン建屋は、原子炉建屋に比べて安全性の基準が低く、水密扉ではなくシャッターしか備わっていなかったため、津波の圧力に耐えきれず、変形して水の侵入を許した。
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1号機から5号機までに併設されたディーゼル発電機は、いずれもタービン建屋の地下にあったため、津波で冠水し全て使用不能になってしまう。
わずかに、6号機に併設された3台のディーゼル発電機のうち、内陸側に置かれていた1台だけが、水没することなく稼働した。
5号機と6号機は、地震の発生時には定期点検中で発電を停止していたが、このディーゼル発電機のおかげで安全が確保できた。
6号機は、他と比べて海から離れており、冷却水が得られない危険があったため、水冷式ではなく空冷式のディーゼル発電機を余分に用意していたのである。
なぜ安全装置の要である非常用ディーゼル発電機を、頑丈な原子炉建屋ではなく、脆弱なタービン建屋に置いたのか?
「ディーゼル発電機を冷やすための水を汲み上げやすいように、海に近いタービン建屋に設置した」という説明がなされるが、それだけではあるまい。
福島第一原発は、1号機が1967年に着工された古い原発である。
1979年のTMI原発事故以降とは異なり、福島第一が設計された1960年代には経済性が優先されていた。
大型化によるコスト高を防ぐため、格納容器は独特の形状をしたコンパクトサイズで、原子炉建屋も、格納容器のすぐ外側を覆うように作られており、余分なスペースを可能な限りそぎ落としていた。
こうした設計思想の下で、ディーゼル発電機も、原子炉建屋の外に置かれることになったのだろう。
タービン建屋に設置するにしても、1台は地下、もう1台は高所にと離しておけば、建屋内部が浸水したとき、高所の1台は稼働できたかもしれない。
それが、津波という共通原因によって安全装置をすべて失うリスクを低減する上で、基本的やり方である。
だが、設計に際して「津波は堤防で防げる」という前提があったため、地上より地震の揺れが小さい地下に2台のディーゼル発電機を並べて配置したのである。
事故状況を査察した国際原子力機関(IAEA)の調査団は、「日本のいくつかの原発では、津波に伴う危険性が過小評価されていた」とコメントしたが、まさにその通りである。
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同じ章に、スリーマイル島(TMI)原発事故とチェルノブイリ原発事故のことも載っています。
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