偉大なる使徒と呼ばれるパウロが、使徒になったのは、自分の意志ではない、と知った時、衝撃を受けた。 そんなに、偉大な人物が、自分の人生を自分で決めていないということは、ノンクリスチャンの私には理解できなかった。 クリスチャンにさせて頂いた今はよ〜く分かる。 実は私がクリスチャンになるについて、誰かに手引きをしてもらったとか、 誰かに相談したとかいっさいなかった。 人生で一番苦しい時、と思っていた時、私のただ一人の、優しい友人に支えてもらっていた。 この人の支えがあれば乗り越えられる、と思っていた。 ところが、あろうことか、土壇場で、私からスーッと身を引いたのだ。 いままで、賛成してくれていたのに、突然、反対にまわった。 一瞬、どうしたのかわからなかった。 私の最後の砦だったのに・・・・・・・・ 暫し沈黙ののち、私は突然、(本当に突然・・・今思い出しても不思議) 「私は教会に行く。」と言っていた。 それから、教会に行き始めてイエス様の十字架の意味を知った。 イエス様は私の罪の罰を受けて下さって死んでくださったこと 三日目に甦られて、罪の赦しと永遠の命を与えてくださったこと 以来26年、一度もこの道から離れようなどとおもったことはない。 何事も飽きやすく、見切りをつけるのが早い私なのに、何故この道だけがこんなに長続きしているのか。 私の意志によったのではなく、神様によって選ばれて、神様によって歩ませていただいているからだ と改めて気付かされて、ほのぼのと幸せを感じた朝だった。 |
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