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【ダイヤモンドS】1番人気フェイムゲームが連覇を達成
伝統の長距離重賞「第65回ダイヤモンドS」(G3、芝3400メートル・晴・良)は21日、東京競馬場11Rで行われ、北村宏騎手騎乗の1番人気、フェイムゲーム(牡5=宗像厩舎、父ハーツクライ、母ホールオブフェーム)が、差し切ってこのレース連覇を飾った。勝ち時計は1分31秒9。
スタミナ自慢のネオブラックダイヤ、シャンパーニュ、アドマイヤフライトなどが先頭を争った。続いてニューダイナスティ、リキサンステルスなどが続き、1番人気のフェイムゲームは最後方グループに位置取りした。
3400メートルの長距離戦、ペースはスロー。2週目の向正面まで馬群はほぼ10馬身以内におさまる激戦模様になった。
直線に向くと、まずネオブラックダイヤが逃げ込みをはかった。これに2番人気のファタモルガーナが襲い掛かった。さらに馬場の真ん中、空いたコースを突いて後方で脚をためていたフェイムゲームがグングン追い上げ、見事差し切って1着でゴールインした。
2馬身差の2着はファタモルガーナ、そこからさらに2馬身2分の1差の3着はカムフィーが入った。
フェイムゲームは、昨年2のこのレースに続き連覇を達成。重賞2勝目を飾った。戦績は15戦5勝。
お陰様で今年6本目の万券GETとなりました^^
感謝感謝ですm(_ _)m
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ラブリーデイが重賞連勝 キズナは3着、ハープ5着
第108回京都記念(G2、芝2200メートル、曇良11頭)は15日、京都競馬場11Rで行われ、戸崎騎手騎乗の3番人気、ラブリーデイ(牡5=池江厩舎、父キングカメハメハ、母ポップコーンジャズ)が、優勝した。勝ち時計は2分11秒5。ラブリーデイは中山金杯に続く重賞2連勝。
最内のアクションスターが出遅れた以外はほぼそろったスタート、スズカデヴィアス、ラブリーデイがじわっと先行し、スズカが先頭を奪ってレースを引っ張る展開。ハープスターは中団、久々のキズナは後方に控える。
隊列がまとまると淡々とした流れで、最初の1000メートルを1分1秒2で通過すると、後方グループが徐々に動きだし先行集団との差を詰める。直線に向くと、前にいたラブリーが先頭をうかがい、スズカとの激しい争いに外からキズナが追い上げる。最後はラブリーが、スズカとの競り合いを鼻差しのいで激戦をものにした。
2着スズカデヴィアスから首差の3着にはキズナが入った。ハープスターは5着だった。
【共同通信杯】リアルスティールが無傷V2で重賞制覇!
15日の東京11Rで行われた第49回共同通信杯(3歳オープン、GIII、芝1800メートル、12頭立て、1着賞金=3700万円)は、福永祐一騎手騎乗の3番人気リアルスティール(牡、栗東・矢作芳人厩舎)がゴール前で抜け出してV。タイムは1分47秒1(良)。
ゴール前は同じ勝負服の争いとなったが、勝ったのは人気のドゥラメンテではなく、キャリア1戦の新星だった。ディープインパクト産駒のリアルスティールが、イン追走からゴール前で抜け出して快勝。無敗の重賞ウイナーに輝き、クラシック制覇に大きく前進した。
レースはシゲルケンカヤマが先行して、後続を離す逃げ。コスモナインボールが2番手につけて、リアルスティール、アンビシャスが3番手を併走する。人気のドゥラメンテはやや行きたがるしぐさを見せながらも、中団で何とか我慢して追走した。直線に向くと先行馬は苦しくなり、ミュゼエイリアンとアンビシャスが抜け出しを図る。しかし、外に持ち出したドゥラメンテが勢い良く伸びてくると、馬群をさばいたリアルスティールも内から接近。ゴール前はリアルスティールがドゥラメンテを封じて力強く伸び、重賞初Vのゴールを駆け抜けた。1/2馬身差の2着がドゥラメンテ。1馬身1/4差の3着には4番人気のアンビシャスが入っている。
リアルスティールは、父ディープインパクト、母ラヴズオンリーミー、母の父Storm Catという血統。北海道安平町・ノーザンファームの生産馬で、(有)サンデーレーシングの所有馬。通算成績は2戦2勝。重賞初勝利。矢作芳人調教師、福永祐一騎手ともに共同通信杯は初勝利。
今年5本目に万券GETなりました!
感謝感謝ですm(_ _)m |
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【東京新聞杯】ヴァンセンヌ4連勝で重賞初制覇!
8日の東京11Rで行われた第65回東京新聞杯(4歳上オープン、GIII、芝1600メートル、16頭立て、1着賞金=3800万円)は、福永祐一騎手騎乗の3番人気ヴァンセンヌ(牡6歳、栗東・松永幹夫厩舎)が直線で抜け出してV。4連勝で重賞初制覇を果たした。タイムは1分35秒7(稍重)。
破竹の勢いで、重賞の壁も一気に突破した。母譲りの連勝街道を突き進むヴァンセンヌが、歴戦の実績馬を相手に堂々のV。遅れてきた素質馬が重賞ウイナーの仲間入りを果たした。
レースは典型的な逃げ馬が不在で、フレイムヘイローが押し出されるように先行したが、その内からアンコイルドが意を決したように先手を取る。フレイムヘイローは2番手に控え、マイネルメリエンダが3番手を追走。好位にメイショウヤタロウ、リルダヴァルがつけて、人気を分け合ったフルーキー、エキストラエンドはともに後方からレースを進めた。流れは遅く、一団となったまま直線へ。横に広がって、直線半ばを過ぎても全く勝敗の行方が分からない大混戦。
その中から抜けたのはヴァンセンヌだったが、ゴール間際で外からアルフレード、最内からフルーキーが鋭く迫る。しかし、先に抜けたヴァンセンヌがわずかにしのぎ切って先着。クビ差で重賞初Vを成し遂げた。2着は9番人気のアルフレード。さらにクビ差の3着に1番人気のフルーキーが入っている。
ヴァンセンヌは、父ディープインパクト、母フラワーパーク、母の父ニホンピロウイナーという血統。北海道白老町・社台コーポレーション白老ファームの生産馬で、(有)社台レースホースの所有馬。通算成績は11戦6勝。重賞初勝利。松永幹夫調教師、福永祐一騎手ともに東京新聞杯は初勝利。
三連単は惜しかったが〜〜
三連複が的中したので良しとする^^
今年3本目に万券GETなりました!
感謝感謝ですm(_ _)m
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【AJCC】カイザー重賞初V ゴールドシップは完敗
25日の中山11Rで行われた第56回アメリカジョッキークラブカップ(4歳上オープン、GII、芝2200メートル、17頭立て、1着賞金=6000万円)は、田辺裕信騎手騎乗の4番人気クリールカイザー(牡6歳、美浦・相沢郁厩舎)がいったん好位に控えてから再び先頭を奪い、そのまま押し切って重賞初V。タイムは2分13秒6(良)。断然人気のゴールドシップは7着に終わった。
芦毛の怪物が沈みゆくなか、今は亡き昨年の勝ち馬と同じ相沢厩舎、田辺騎手の6歳馬が大金星を挙げた。積極策から押し切って重賞初Vを飾ったのはクリールカイザー。4番人気の伏兵が、見事に大仕事をやってのけた。
レースはクリールカイザーが気合をつけて先行。ミトラが2番手につけて、その後ろにディサイファ、セイクリッドバレーが続く。ゴールドシップは中団のやや後ろで外からレースを進めた。向こう正面に入ると5番手の外にいたラインブラッドが先頭を奪うが、4コーナー手前で失速。再びクリールカイザーが先頭に立って馬群を引っ張る形になり、直線に向かう。圧倒的人気のゴールドシップは岩田騎手が懸命に叱咤するものの反応が鈍く、直線半ばで圏外の様相。対照的にリズム良く運んだクリールカイザーは、ミトラの追撃を振り切って最後まで粘り通し、見事に重賞初制覇を飾った。1馬身1/4差の2着が7番人気のミトラ。さらに1/2馬身差の3着に2番人気のエアソミュールが入っている。
クリールカイザーは、父キングヘイロー、母スマイルコンテスト、母の父サッカーボーイという血統。北海道新ひだか町・千代田牧場の生産馬で、横山修二氏の所有馬。通算成績は29戦6勝。重賞初勝利。相沢郁調教師、田辺裕信騎手ともに昨年のヴェルデグリーンに次いでAJCCは2勝目。
田辺騎手は「昨年は同じ相沢厩舎のヴェルデグリーンに勝たせてもらって、“これから楽しみ”と思っていたのに残念なことになってしまって(腫瘍の転移による腸閉塞で病死)…。今年あの馬がいないなかで、また相沢先生にチャンスをいただいて結果を出せて、よかったと思います。展開がどうあれ、ゴールドシップと戦って負かしたのはすごいことだと思いますし、胸を張ってGIにいけると思うので楽しみです」と早世した前年の覇者に思いを馳せながら、連覇の感慨に浸っていた。
久々のW的中です!!
競馬の神様に感謝でございまするぅ〜!!!^^/~☆
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高倉健さん死去 最後まで“美学”貫き闘病生活は一切明かさず
日本を代表する映画俳優の高倉健(本名・小田剛一)さんが死去していたことが18日分かった。10日午前3時49分、悪性リンパ腫のため都内の病院で死去した。本人の意向で、葬儀は近親者のみで済ませたという。
健さんといえば、常にスターであることを意識し、私生活を明かさないことで知られた。最後まで健さんらしい美学を貫いたことになる。
1931年、福岡生まれ。福岡県立東筑高から明大商学部に進学。55年、東映ニューフェース2期生として入社。56年に銀幕デビューを果たすが、スターとしての地位を確立したのは60年代に入ってからと遅咲きだった。その後、「網走番外地」「日本侠客伝」などがシリーズ化され、大ヒット。「健さん」のニックネームで親しまれた。
70年代に入っても、「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」など、ヒット作は多数あり、生涯の映画出演作は205本に上る。「鉄道員(ぽっぽや)」(99年)のロケでは真冬の北海道の撮影だったのにずっと立ちっぱなしで火にも当たらない、ストイックな俳優としても知られた。
プライベートは最後までベールに包まれていた。美空ひばり、雪村いづみと“三人娘”と呼ばれた江利チエミさん(享年45)と55年前の1959年に結婚したが、71年に江利さん側からの申し入れで離婚。その後は独身を貫いたが、チエミさんの命日の毎年2月13日前後になると、人目を忍んで、東京・世田谷の法徳寺にあるチエミさんのお墓に手を合わせていたという。
日本映画界最高の銀幕スターがついに逝ってしまった。
▽高倉健 1931年2月16日福岡県出身。福岡県立東筑高から明大商学部卒。1955年にスカウトされて東映第2期生として東映入社。「電光空手打ち」でデビュー。1963年の「人生劇場飛車角」から任侠映画を中心に活躍。「日本侠客伝シリーズ」「網走番外地シリーズ」「昭和残侠伝シリーズ」などに出演。人気を不動のものにした。「昭和残侠伝」シリーズの主題歌「唐獅子牡丹」は200万枚を超えるヒットとなった。
1976年に東映を退社してフリーとなり、1977年には「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」で第1回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。その後、「ブラック・レイン」「鉄道員(ぽっぽや)」「単騎、千里を走る。」など数多くの国内外の話題作に出演、内外で多くの賞を受賞。12年の「あなたへ」が遺作となった。2013年に文化勲章を受章している。
健さん死去 事務所発表全文 生ききった安らかな笑顔でございました
高倉健さんの事務所「高倉プロモーション」が発表したコメントは次の通り。
映画俳優 高倉健は、次回作準備中、体調不良により入院、治療を続けておりましたが、容態急変にて11月10日午前3:49 都内の病院にて旅立ちました。
生ききった安らかな笑顔でございました。 病名 悪性リンパ腫
「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」
83歳の命を全う致しました。 治療に携わってくださいました病院スタッフの皆様から温かい涙とともにお見送りをいただき、故人の遺志に従い、すでに近親者にて密葬を執り行いました。
これまで、お励ましいただきました皆様、心より深く感謝申し上げます。有難うございました。
今は、お一人おひとりの心の中に宿る故人の笑顔に、静かに祈りを捧げて戴けますことを願っております。
健さん 晴れがましい場所が苦手…「不器用ですから」が代名詞に
1955年のデビューから、半世紀以上にわたって日本映画界をけん引してきた高倉健さん。2006年に映画俳優で初となる文化功労者の知らせを聞いた時は「責任が重いな…」とつぶやいたという。
また、文書でコメントを発表し「映画俳優という職業を認めていただけたこと、嬉(うれ)しく思います。きょうまで続けてこられて本当に良かったと思えることが、最近になって次々起きます。不器用な自分が映画俳優という、この仕事を通して、別れに涙するほど、素敵な人たちに出逢(あ)うこともできました。自分の信じる道を、これからも歩み続けます」とつづっていた。
日本を代表する名優でありながら、1984年に放送された日本生命のCMでのセリフ「不器用ですから」が代名詞になるぐらい、晴れがましい場所が苦手だった。
2005年には出演の中国映画「単騎、千里を走る。」が東京国際映画祭に招待され、チャン・イーモウ監督に敬意を表してレッドカーペットを歩いたが、「もう2度とやりたくない」と苦笑い。今回の文化功労者にも「与えられた仕事を淡々とやってきただけなので…」と会見などで前面に出ることを避けていた。
2013年に森光子さん(享年92)以来、歌舞伎を除く演劇・映画・放送の俳優として8年ぶりに文化勲章を受章した時にも「今後も、この国に生まれて良かったと思える人物像を演じられるよう、人生を愛する心、感動する心を養い続けたいと思います」と抱負。「映画は国境を越え言葉を越えて、“生きる悲しみ”を希望や勇気に変えることができる力を秘めていることを知りました」と、映画の影響力の大きさをあらためて強調していた。
俳優生活58年で205本の映画に出演。かつてはヤクザ映画の看板スターとして「網走番外地」「昭和残侠伝」シリーズなどに主演。任侠スターからの転機になった「幸福の黄色いハンカチ」(77年)でも、殺人罪で服役した男を演じた。こうしたことを踏まえ「(映画では)ほとんどは前科者をやりました」と振り返り「そういう役が多かったのにこんな勲章をいただいて、一生懸命やっていると、ちゃんと見ててもらえるんだなと素直に思いました」と笑顔を見せていたのが印象的だった。
故江利チエミ夫人の墓参は毎年欠かさず、今年8月には「網走番外地」で世話になった石井輝男監督の墓に「安らかに」の墓碑を贈るなど義理人情に厚い素顔は、誰からも好かれた。
映画出演205本、生き様貫く…高倉健さん死去
日本映画全盛期の1956年にデビューして半世紀余、日本を代表する俳優の高倉健さんが亡くなった。 自らを「不器用」と称し、武骨で人間味あふれる男の生き様をスクリーンやテレビで見せ続けた「健さん」。生涯205本の映画に出演し、映画を愛し続けた「最後の映画スター」だった。
高倉さんの所属する高倉プロモーションが18日昼前に発表した。高倉さんは次回作の準備中に体調不良で入院し、治療を続けていたが、10日未明、容体が急変して息を引き取ったという。発表文には「都内の病院で旅立ちました。生ききった安らかな笑顔でした」と記されていた。
「あれだけ健康に留意していた健さんが私より先に亡くなるなんて」。映画「駅/STATION」の脚本を手がけた倉本聰さんは、沈痛な様子で語った。「自分より年下でも、相手が板前さんでもタクシー運転手でも駅員さんでも、きちんと立ち止まって礼をする人だった。プライベートを明かさない、俳優らしい最後の俳優だったかもしれない」と惜しんだ。
長年交遊があった俳優の千葉真一さんは新人時代、撮影所でスタッフとけんかをして俳優をやめようとした時、休みにもかかわらず一緒に撮影所内を謝りに歩いてくれたことがあるという。「人生においても俳優としても唯一尊敬し続けた方でした」と語った。
高倉さんが出演した「あゝ同期の桜」(67年)でメガホンをとった映画監督の中島貞夫さん(80)は「役作りに執念を持ち、役と一体になりきる人だった。存在をすべてかけて映画を撮っていた希有な俳優だった」と振り返った。
高倉さんは、俳優業を「生きるために出会った職業」と言い切った。映画で見せた、仁義を重んじ、男気に満ちたストイックな人物像。76年に東映を退社後も硬派のイメージはそのまま、「八甲田山」「動乱」で、明治の軍人や二・二六事件を主導する青年大尉を演じた。77年の山田洋次監督「幸福の黄色いハンカチ」で若者たちと心を通わす元受刑者役で、ファン層を広げた
大好きな俳優さんでした
心よりご冥福をお祈り申し上げます 合掌 |

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