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会長の口から、話が堰を切ったように出てきます。
進攻作戦が始まってやがてインパール作戦が始まるころ、ビルマ方面へ多くの兵隊が送り込まれます。新たに徴兵を受けたYさんは母親がすでに他界していたので、ひとり善通寺におまいりして、境内にあった小石を物色します。中にひときわ輝いていた黒曜石のような小石を拾いお守りとしました。小さな巾着袋に収めて紐を付けて首にかけてゆきます。
善通寺編成の部隊からはアキヤブ作戦(インパール陽動作戦)でバングラ国境(プチドン・モンドン付近)へ送り込まれ方がおおいのです。ここあたりには現在国連難民高等弁務官事務所のキャンプもあります。インパールも容易に落ちません。コヒマも烈兵団、佐藤幸徳中将の抗命で、転進を開始します。ちなみに兵隊さんは絶対に撤退ということばは使いません。転進です。盾兵団も同様に苦戦につぐ苦戦で、転進を余儀なくされます。制空権を握られた、日本軍は食料弾薬をたたれたり、マラリア、アメーバ赤痢による病気にさいなまれます。特効薬や薬品が足らなかったのです。
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