創作

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鬼の丸石と呼ばれた支店長は、基本的には本社友井物産の本店から、出世のラインから外れ
子会社であリ、インハウスと呼ばれた友井航空の大阪へ送りこまれたのであった。
彼の眉毛というのは、両側へ大きく垂れ下り黒いメガネの縁との境目がつかないほどであった。
顔は丸く大きい。ゴルフ焼けというより顎の回りは異様に焦げて、その存在感は大きかった。

世の中は就職難であった。オイルショックの影響で、商社銀行などの就職求人はほとんどなかった。
そんな時勢の中、商社系ということで数百人の応募者にたいして、わずか10人の採用という難関を
結果として林田は勝ち取った。林田にとってみれば、会社にさほど興味があったわけではなかった。
ただ司法試験の敗北者であるものにとって、それはどこでもよかった。
実のところ林田の入試の採点はそれほどよいものではなかった。
「総務課の要員として、これがいい・・・と支店長が決めた」
と総務課長の矢島からいつも聞かされた。
その要員が林田であった。見た目はパッとしないが、文章だけは・・・。
丸石は自分の代わりに代筆する人間を探していた。そんな理由であろうが、林田にはこの会社
が縁としか言いようがない。
当然のことながら、丸石には可愛がられた。というよりも仕事がひとの2倍押し寄せた。
法律文章を作成する。社内文章を作成する。売上の速報。人事の仕事。
秘書課長以上の仕事を林田はこなさなければならなかった。
時には、
「新聞まだか?」
ともう一人の出向役員が呼びかけることも多かった。朝は郵便ポストから役員室へ
新聞の配達から始まる。友井銀行出向の浅井支店長代理は本当に何もしない。
朝から新聞をよみ、友達に電話をいれ、多額の給与を本社の銀行から受け取っている。
時々、役員室で居眠りをしていることも多かった。社員の多くはこれを「カバ」
とあだ名し、陰口をたたいた。
唯一つ特技といえば、宴会での司会は抜群のものがあった。
林田はこれらの役席の下でひたすら耐えた。

 南側に面した大きな窓から、土佐堀川に反射する日の光がまぶしいほどに差し込んでいる。
そのせいか、社内はいつも明るく活気に満ちあふれていた。大手商社の友井物産から
出向で来ている支店長の背中にはいつも、その立場とは裏腹に有り余るほどの日向があった。
新聞の切り抜きをその主たる仕事にしているが、週末には東京に帰り、家族にその存在
価値を認めさせ、月曜日には会議を召集し売上報告を受けては、太い眉毛をなぜながら
営業部隊に檄をとばす。 林田一郎はいつもそんな支店長を観察していた。

林田が5年の長い学生生活に終止符をうって、就職を決意して2か月あまりたっていた。
学生時代はスポーツもせず、ひたすら司法試験を目指していた。誰とも交わらず、もちろん彼女も
できるはずもない。図書館にこもっては次第に閉鎖的になって、自信を喪失していった。
そのころ起きたオイルショックは、林田に外界、すなわち社会そのものや、まだ見ぬ世界への
衝動を掻き立てた。林田が就職を決意した昭和50年代は、日本は戦後復興を成し遂げ、大阪の万博景気を機に人々は安定した生活の中で、海外渡航自由化の波の中で新しい日本を模索しようとしていた。
林田は、何気なく旅行業を選んだ。思慮もなかった。オイルショックで揺れる企業が多い中、
ひたすら伸びてゆく業種といえた。外国航空会社の乗り入れ、著名人の海外旅行番組。
時代の波の中で、急激に膨みつつある産業に思えた。
 

若い時から、海外渡航の機会に恵まれました。そのことで何か社会に還元できることはないか
と考えた時、数多くの国際貢献や国際理解に対する協力ならと思うようになった。
事実今日、高校や地域のNGOなどかなり広範囲に国際協力やボランテイアが増えてきています。
一方、外務省はじめJICAなどの大型の政府プロジェクトも膨大な予算を計上する。
国家として他国の尊厳や国情を理解しながら、進めていくべきスキームも大切である。
民間のボランチアも危険を犯してまでは、するべきではないし、政治に関する部分は
非常にナーバスで安易に干渉的なことは避けるべきと考える。
一定の方向性に基き国家レベルと民間のこまわりの利いた支援が国内外にアピールできれば
もっともよい結果が出るというもの。
現実はどうであろうか。国家レベルにて設定される予算は、現実にどういう根拠で
どの国に行くか。あるいは、戦後賠償、あるいは領土問題、あるいは経済要請。
これこそ、大変な額の税金が使われているが、そのチェック機構を果たす組織が
見当たらない。
国家としての多額な援助の垂れ流しではなく、効果的な支援をするうえでも
官民の協力体制や公開または危険情報などの協議が必要。
この作品が単なる笑い話ではなく、多くの海外援助やボランテイアに従事する人たちに対する
励ましになれば作者望外の喜びとするところです。

若き日に、お世話になった主にミャンマー戦線戦友会や遺族の方々に感謝の意を
表します。
それから・・・・ビルマとよばれていた今日のミャンマーで、助けてくれた人々。
出会った人々。
たとえば・・・ 空港でタバコやウイスキーをほしいといって、団体の入国に便宜を図ってくれた税関の人々、ライターをくれといってバスの入り口まできた空港のボーイ。いつもわたしの古いパンツを喜んで
もらってくれたインヤーレイクホテルのインド人ベルボーイJJ氏。にっこり笑ってがっぽりとチップ
をほしがった、ガイドのKM嬢。長距離を疲れ知らずに運転してくれた陽気な運転手。
マンダレーの桃太郎や花子(日本名をつけたミャンマー人)、いつもスイカを食べさせてくれたお母さん。パガンでは小さなボートからイラワジ川へ落ちた時にたすけてくれた船頭さん。
シャン高原では、ぞうりひとつで山の中を案内してくれたパオ族の女性ガイド。
結婚してしまったが、ファウンドウパゴダでいつも蓮の花を売っていたインダー族少女のNNちゃん。
貧しくとも、わたしの人生に豊かな思い出を残してくれた人々に感謝します。
最後にビルマ戦線に散華されたご英霊の労苦を思いながら・・・
両国の未来のために・・・・

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