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憲一くんのお母様からのメッセージを読みまして、 何とか協力したく思い、記事にさせて頂きました<(_ _)> 以下、HP内「ご両親のメッセージ」引用 ・お母さんからのメッセージ
私と息子は、発病の時期こそ違いますが、同じ特発性拡張型心筋症と戦い続けています。 私達夫婦の長男として憲一は誕生。健康で、ごく、ごく普通の生活を送っていました。 しかし、数年が過ぎ、母親である私の発病。突然のことでした・・・。 「 80歳の心臓と思い、大切にしなさい 」という医師の言葉。 幼い子を持つ私には、とても残酷に聞こえました。 今の私からは想像できないかもしれませんが、発病当時の私は、ほとんど家から出ることができず、 ただ寝起きをするだけの状態で、幼い我が子の面倒が見れない状態でした。 本来甘えたい年頃なのに、こんな私の状態をみて育ったため、 小学校1年の頃には台所に立ち、「 憲!母さんを頼んだで 」と仕事にでる夫。 幼いながらにも、がんばっている息子の姿を見て、頼もしく、たくましくもありました。 私がいろんな病気をするたび、命の危険を告げられるたび、 せめて、息子が大人になるまで生きていたいと想いながらなんとかやってきました。 夫、息子の励ましの言葉が、生きる勇気と希望となり、 友人達やいろんな人達に支えられながら今まで生きてきました。 高校で息子の発病。 これほど、辛く、目の前が真っ暗になったことはありませんでした。 なぜ私達が・・・。そう、何度も何度も思いました。 幼いときから、私の姿を見て育った息子には、 嫌でもこの病気の怖さや辛さが自然に身に入り 精神的にきつかったことでしょう。 でも、私を攻めることはしませんでした。 「遺伝だから発病した」。 そんな言葉を聞いたら、「身内は怖がって結婚すら嫌になるぞ!」と逆に戒める息子。 心不全のため安静にしてなければならないにもかかわらず、 よろめくお年寄りを見たら、とっさに駆け寄る我が子を見て、 普段は口は悪いが、とてもやさしい心をもった息子だと思います。 後から発病した息子でありましたが、体調はどんどん悪化し、 いつの間にか私よりも重い症状となりました。 いろんな治療法や薬を試してみましたが、病状は回復せず、 一度はあきらめて 死 を 選択しそうになったこともありました。 息子が 「もういいよ、母さん」 と 言ったとき、これほど この病気を憎く思ったことはありませんでした。 誰しもが、好きで病気になったわけではありません。 どんな病気でも大変です。あきらめず、生きてほしい。 また、辛くとも笑える日が来ることを願い、若い息子にがんばってほしく、 移植の道を勧め、何度も何度も、泣きながら説得し、 心臓移植手術を受け、生き延びる決意をするまでやってきました。 息子が生きる道としては、心臓移植手術の道しかありません。 心暖かいドナーの心臓提供のもと、移植手術を待ち望むしかないのです。 皆様には勝手なお願いかと思いますが、どうかご協力よろしくお願いいたします。 小笠原 えひ子 街頭募金は、土日祝日に 阪急北千里駅前・阪急南千里駅前・イズミヤ千里丘店・京都嵐山 などで行っているようです。 募金箱も、大阪府・兵庫県・富山県などに設置されているみたいです。 募金電話が開設されています。お母さまのメッセージが流れています。 この番号に電話をしてお母さまのメッセージを聞くところまでいくと300円の募金ができます。 その他、通話料は26秒ごとに10円。3分間で約70円の通話料となりますので、 3分間ですと、 情報料+通話料= 約370円 となりますm(__)mペコリ 募金電話 0990−5−00111宜しければ、どうか ご協力お願い致します<(_ _)> 事務局 TEL/FAX 06−6871−8553 E−mail kenichi-sukuukai@hotmail.co.jp 憲一くんを救う会のメンバーは仕事や学校の合間に活動を行っているため、 すぐに返事をすることができない場合がありますのでご容赦ください。11月18日15:58 事務局 下田様からのメッセージ 下田様は、憲一くんの お母様のお友達です。
事務局の電話は、全て、下田様が受けていますので、 質問等ございましたら、ご連絡下さい<(_ _)>
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ご協力、ありがとうございます<(_ _)>
2005/11/23(水) 午前 11:35 [ るーたん ]