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近所にある三渓園の紅葉が見頃だったので散歩しました。 午前中と夜と、2回入場して、見頃の紅葉を撮影しました!(撮影は主人なんですが^^; )
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2009年12月08日
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今年の夏は、かなりの夏バテだったのですが、そんな参っている状態で、映画館でケイト・ウィンスレット主演の「愛を読む人」を観て、もっと参ってしまい、映画を観るのも嫌になっていました。。。 この「レボリュショナリー・ロード」も、夏にはレンタルで目にしていたのですが、とても観る気になれず、とても映画館で観たいと思っていたのに、やっと寒くなった今の季節になってからDVD鑑賞しました。。。あーー、やはり、夏に観なくて良かったです(笑) 「タイタニック」以来の再共演となるレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが理想と現実の狭間で苦悩する夫婦に扮したヒューマン・ドラマ。原作はリチャード・イェーツの『家族の終わりに』。1950年代のアメリカ郊外を舞台に、一見理想的な夫婦が虚しい日々から脱却を図ろうともがく姿とその顛末を生々しく描く。監督はケイト・ウィンスレットの夫でもある「アメリカン・ビューティー」のサム・メンデス。 1950年代のコネチカット州。“レボリューショナリー・ロード”と名づけられた閑静な新興住宅街に暮らすフランクとエイプリルのウィーラー夫妻は、二人のかわいい子供にも恵まれた理想のカップル。しかし、その見た目とは裏腹に、彼らはそれぞれ描いていた輝かしい未来と現状のギャップに不満を募らせていた。元陸軍兵のフランクは事務機会社に勤めるもセールスマン人生の我が身を嘆き、かつて女優志願だったエイプリルも大成せずに至っている。するとフランクが30才の誕生日を迎えた夜、エイプリルが、家族一緒にパリで暮らしましょう、と持ちかけ、パリでは自分が秘書として働くからフランクは気ままに暮らせばいい、と言い出すのだった。はじめは妻の突然の提案に戸惑うも希望を膨らませ、ついには移住を決意するフランク。それは間もなく、周囲にも知るところとなるのだが…。(allcinema ONLINEより) ケイトもレオも、デヴュー当時から大好きな俳優さんで、出ている作品はできるだけ観るようにしている俳優さんたちです。ケイトの「乙女の祈り」も、レオの「ギルバート・グレイプ」も、自分のベスト作品には必ず入ってくるくらい大好き♪ そんなふたりが、「タイタニック」のロマンティックな運命の恋人たちを経て、この「レボリュショナリー・ロード」で再共演。監督は、今のケイトのご主人であるサム・メンデス。ケイトが、この原作を読んで、是非映画化をしたい!と、ご主人であるサムと、親友であるレオを2年がかりで口説いて、映画化にこぎつけた作品だそう。。。 でも、あの「アメリカン・ビューティー」のサム・メンデス監督です!これは、「アメリカン・ビューティー」以上の辛口なホームドラマになっていて・・・よく夫婦で映画化したものだと思いました^^; ある意味、「タイタニック」のカップルが、現実生活で結婚してたら、こんな風になってしまっていたかもしれない・・・って思うのは夢がなさすぎかな?(笑) ケイトはこの映画ではなく「愛を読む人」でオスカーを受賞していましたが、それはわかるかも。自分で映画化したいと言っただけあって、この役柄はケイトお得意の役だったです。「愛を読む人」はいつもと違う役柄だったけれど、この役は「グッバイ・モロッコ」や「リトル・チルドレン」などを思わせるようなところがあったし、いままで演じてきたエキセントリックな女性のその後に見えなくもない。ここではないどこかを常に求めているような、幻影かもしれないけれど夢を諦められない女性像がいつもケイトの演じる役柄にはある。 ただ、この女性は、現状に不満はあるものの、夫のことは愛していた。可能性に満ち溢れて輝いて見えた若き日の彼の姿をずっと覚えていて、自分自身も彼とともにその頃の輝きを一緒に取り戻せると思ってしまっていた。安定した生活、可愛い子ども達、素敵な家・・・彼女にはあまり意味がないことだったのか、お金にも興味はなく、生きがい、希望、何かキラキラした思いの中で生きることが重要だった。 日本のこの不景気の中、こんなに衣食住に満ち足りた生活を送っているほうが夢みたいだと思ってしまうけれど、それは彼女の価値観の中では、むしろどうでもいいことだったのでしょう。彼女は周りに流されない。自分たちは特別な存在と思い続けたい。自分が生きてる!って思えることが大事だった。 この生活を変えるために、彼女はご主人にフランス行きを提案。彼も、かつては何ものでもないけれど、何にでもなれると輝いていた時期があった。彼女を理解して承諾するのですが・・・。彼は不満ながらも、この生活以外に何がしたいと言うことは、実はなかったから。。。このあたりの迷えるご主人の心境がよくわかってしまった。(レオが、あのレオがそういった役柄を演じていることに感慨深くなった。微妙な表情や心境の変化が巧いし、やはり映画の中の姿は素敵だ。地味に見える役柄だったけど、レオに主演男優賞のノミネートがあっても良かったのにね。) このご主人には同情してしまった。 自分が、自分が、という気持ちはわかる。けれど、この映画では、ふたりの幼い子ども達の影が薄い。 まるで、そこには存在していないかのように、彼女は子ども達のことを考えていない。小さいからこそ、気を使うということはないみたい。家事も完璧で綺麗にしているけれど、子ども達の上には、彼女の心がないのが一番気になった。自分であることにこだわり続けることに、結局はあまり意味がなく、日々暮らしていくこと、生きていくことが大事とは、思えないのでしょうね。発想の転換?こだわり続ける?それはその人が選ぶ人生なんだけど。。。 この中で、一番真実を語っているのが、周囲に狂人と思われている人というのも、面白い。この社会では、真実をぶっちゃけて語ればいいというものではないようだ。それは夫婦間でも、親子間でも、友人同士でも。本当に思っていることを言えばいいというものでもない。相手に完全にダメージを与えるような言葉を放たない思いやりというものがないのは、どうかと思った。取り繕ってたっていいのかも。。。どうでしょう?・・・。 うーーーん、やはり観終わると、重いものがあり、いろいろ考えてしまうところがある映画でした。
周囲がどうだろうと、ご主人は彼女の思いについていけば良かったのかなあ?・・・ふたりの価値観がずれてしまったのが不幸だった?この時代だったから、離婚という選択がなかったのか、お互いへの愛情はあった、あったと思いたかった?うーーーん、やはり重かったですね〜。。。 |

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「春風沈酔の夜」がとても良かったので、ロウ・イエ監督が中国での5年間映画製作禁止と言われた原因となった映画「天安門、恋人たち」をDVDで鑑賞。 ロウ・イエ監督自身が、この映画の学生たちと同じように天安門事件を体験したそうなので、かなり痛々しく苦い映画になっています。 「ふたりの人魚」「パープル・バタフライ」のロウ・イエ監督が、89年の天安門事件を背景に、民主化を求める学生たちの熱気と挫折の中で生まれる一組の男女の愛の行方を描く青春ドラマ。主演は新鋭ハオ・レイと「故郷の香り」のグオ・シャオドン。 中国東北地方から北京の大学に進学した女性、ユー・ホン。大学で寮生活を始めた彼女は、同じ大学に通う青年チョウ・ウェイと運命的に出会い、恋に落ちる。折しも、学生たちの間では自由と民主化を求める動きが高まりをみせていた。そんな中、ユー・ホンとチョウ・ウェイは、互いに激しく求め合い、愛の炎を燃え上がらせていくのだったが…。(allcinema ONLINEより) 父とふたりで田舎で暮らしていた女子高生のユー・ホン。郵便配達員の彼もいて、平穏な暮らしをしていたのだが、彼女は勉強ができたんでしょうねー、北京の大学の合格通知が届きます。 素朴な田舎暮らしから一転、北京の大学での寮生活が始まります。田舎にいた頃とは変わって、常に煙草をふかし、物憂げな様子のユー・ホン。たくさんの大学生が、自分のしたいことをして自由な雰囲気のあるキャンパスの中、自分を保っていくには、ある程度のポーズが必要だったのでしょうか。綺麗で可愛い顔立ちの彼女は目立っていて、異性にも同姓にも好かれますが、心の中は不安でいっぱいだったかもしれないです。 彼女はいろいろなことを頭の中で考えていて、頭でっかちななところが多分にあるみたい。でも、大学生の頃って、そんな感じですよね〜。運命の人とも自分で言っているチョウ・ウェイと出会い恋におちますが、素直に恋愛に溺れたままではいられないのです。お互いの気持ちが一番高まった時に「別れたい。」 とつぶやく彼女。。。彼にしてみたら驚きですが、「はなれられなくなるから。」と、自分の情熱をもてあますようになる彼女の気持ちはわからないではない。でも、それを相手にぶつけたら、引くんだよねー。。。自分の感情に素直すぎて、相手の気持ちも何も考えてない、考えられない。彼が他の女の子と一緒に何故かラーメンをひとつ鍋でつついて部屋で食べてるのを見ると(彼はとってもモテる人なんですよね。でも、なんでラーメン食べてたのー。) 嫉妬心が抑えられなくて、だんだん彼の前での行動が壊れていく。わざと壊れていったといってもいいんだけど、コントロール不能。それを受け止める器は、彼にはないんだけど・・・。そうすると自分に辛さが、もっと返ってきて、痛々しい様子になってしまうんです。わかっているからこそ、止まらなくなってしまったのか。。。複雑に考えすぎないで、男心を汲めば良かったのかもしれないけど、そこまで余裕はない。もっと素直になってれば・・・。「私はあなたの奴隷ではない。」と心の中で、彼女はつぶやいていたけど・・・。 大学構内の雰囲気も、民主化運動が高まりを見せていて、熱情が渦巻いているような状態だったから、いろんな面で自分の情熱を抑えられない感じがあったのかも。彼らは、けっして指導者グループではないんだけれど、デモがあればすすんで参加しているし、熱い議論を戦わせたりもしていたのでしょう。その波に乗っていたのでしょう。 でも、あの天安門事件で、この民主化運動は、軍の武力行使によって、完全に潰されてしまった。 燃え滾っていた熱情は、一気に冷や水を浴びて、身動きが取れなくなってしまった。運動の中心にいたわけではない学生たちも、なんらかの強い挫折感や虚しさを持ってしまい、その後の人生に影を落とした。 (このあたりを直接的ではないものの、なかったことになっている天安門事件を描いたことで、当局の怒りを買ったのでしょう。) ユー・ホンは、天安門事件の中、心配して?田舎から迎えに来た郵便局員の彼に泣きじゃくりながらついていき帰郷。チョウ・ウェイは、その後大学で行われた軍事訓練に参加するも、違和感を感じ?友人たちとともにドイツのベルリンへ。多くの挫折感を味わった学生たちは、国内を放浪したり、外国にいったそうです。 ユー・ホンは・・・そのまま郵便局員の彼と・・・と思ってたけれど、彼とはうまくいかなくなってしまったみたい。北京の大学で過ごすうちに、彼とは違ってしまったんでしょうね。彼、まっすぐで男らしかったのに・・・。彼女の中には、まだチョウ・ウェイへの思いが残り続けて、別れたはずなのに、「私たち、別れたの?」って、心の中でいつもチョウ・ウェイに問いかけ続けて・・・。そして、チョウ・ウェイを思いながら、自分を愛しすぎない妻子ある男性と不倫をして、自分の虚しさを埋めて。。。 彼女は奔放に生きていくのだけれど、肝心のところで素直じゃないのか、自分の気持ちに正直すぎるのか、生活も困窮してボロボロになっていく。彼女は別れたチョウ・ウェイをを思いながら、男たちと簡単に関係を持ってしまう。そういう“直接的な方法”をとるのは、そうすることで男たちが、自分の善良さと慈悲深さを理解してくれるから、だそう。自分のことを深く理解してもらえるからだそう。。。そういう考え方もあり?かな。でも、そうすることのツケはまわってくるから、結局、それはどうなのかな・・・。「誰とでも寝るような、そんな女の子が好きさ♪」ですか・・・?(でも、そう見えて、彼女は相手を選んでいたと思うけれど。全く関心を持てない失礼な男子学生に言い寄られても完全無視していたので。) この映画は、天安門事件を描いたというよりも、過激な性描写を入れながら、ある男女のすれ違ってしまった10年愛を描いたラブストーリーの度合いが強かったのですが、事件の影響がとても強くて、挫折感がその後の彼らの人生に影を落としたようにも描かれていたので、中国国内上映禁止となったのでしょうね。でも、ロウ・イエ監督は、そこが一番描きたかったのでは?弾圧に負けずに中国でのゲリラ的な映画製作にその後も取り組んだ監督の姿勢は尊敬できます! それから、ロウ・イエ監督のキャスト選びは、とてもセンスがいいのか、この女性の主人公を演じたハオ・レイも「春風沈酔の夜」のタン・チュオもだけれど、虚しさを瞬間の表情で魅せてくれて、とてもいい雰囲気の女優さんです!もちろん「ふたりの人魚」のジョウ・シュンも魅力いっぱいの人です。 ハオ・レイは過激なベッドシーンも多くて、大変な撮影だったと思うけれど、頑張ってましたねー。日本のATG映画の女優さんたちのような雰囲気もあり良かったです。 思い返すと痛くて苦しい映画なんだけれど、何か心にひっかかる映画でした。
「ラスト・コーション」と較べられることが多いみたいだけれど、こちらの方が、日常に近くて生々しく繊細な様子でした。でも、鑑賞後、しばらく気分が滅入ってしまったかも・・・。 |

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