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チェコの巨匠、ヤン・シュバンクマイエル監督の「ルナシー」を観賞。 ヤン・シュバンクマイエル監督のことを、この映画の記事で最初に知ったのですが、近くで上映がなかったことと、レンタルも近くでは置いてなかったこと、内容が強烈そうで観るのを躊躇していたことで、なかなか観賞できませんでした。 でも、なんとなくまだ躊躇してたのを、MIYAさんに背中を押されて(最近「ルナシー」のレヴューをUPされてました♪)観賞してみました☆ 面白かったです!ストーリー性が一番あったような気がします。俳優たちもチェコを代表する名優たちだったので、実写部分もとても面白く観れました。(実写部分が多かったですね!) ヤン・シュバンクマイエル版「カッコーの巣の上で」かしら?と感じました。 でも、シーンの合間合間に挟まれる肉片や牛タンや目玉のアートアニメは、まさしくシュバンクマイエルが好きなモチーフで、この物語の狂気性を象徴しているように思えました。他の映画でも多用しているので、もう慣れて、なんだか可愛らしくも見える時もあったりして(笑)でも、初めて観るとびっくりするとは思います。 Intro 『アリス』『悦楽共犯者』『オテサーネク』など、数々の問題作を世に送り出し、世界中のクリエイターから熱狂的な支持を集めるチェコの鬼才アーティスト、ヤン・シュヴァンクマイエル待望の新作が堂々完成!本編は、エドガー・アラン・ポーやマルキ・ド・サドから着想を得て、30年間の構想の後に作られた挑発的な“哲学的ホラー”。 フランスの精神病棟を舞台に繰り広げられる、自由と権力の軋轢、肉体と精神の葛藤、性と暴力の解放、神と自然への冒涜…。それは、非現実な寓話とリアルな恐怖の間を彷徨う。 真実とは、そして狂気とは−現代に生きる私たちの本質を揺るがす社会的問題作! Story 精神病院で母親を亡くし、悪夢にうなされるジャン・ベルロ 生き埋めにされた母親と同じカタレプシー(硬直症)の症状をもつ侯爵 神を冒涜し、快楽を追及する礼拝堂での禁断の儀式 拘束服も電気ショックもない自由な精神病院 聖女のような微笑を放つ、虚言癖の淫売女、シャルロット 侯爵に導かれるままベルロが目撃した世界とは…。(公式より) 主人公のジャン・ベルロは、大人しそうな純粋で真面目な青年ですが、精神病院で母を亡くしたばかりで、その帰りに宿泊した宿で、自分も拘束服を着せられて、強制的に精神病院に入院させられのではないかという悪夢をみて、大暴れしてしまいます。部屋は滅茶苦茶に。。。 明朝、人々の冷たい視線の中、その地に住む侯爵が、ジャンが壊した部屋の修理費を支払ってくれ、その上、家に招待してくれるのです。親切を受けるジャンですが、どうも様子がおかしい。その夜、侯爵は、神を冒涜する黒ミサの儀式を行っていたのです!驚愕し、祈るジャン。 この侯爵のキャラクターや儀式は、サド侯爵やエドガー・アラン・ポーから着想をうけて、作り上げたようです。侯爵は凄いことを言ってるようですが、その言葉こそがまさに真実だな〜と、私は感じ入ってしまいました。キリストに釘を打ちまくっているし〜!!!でも、その行為にも説得力ある言葉だったと思いました。なるほど、その通りかも・・・。 偽善者でもうそつきでもない・・・と侯爵は言ってましたが、ただ、ちょっと悪ふざけが過ぎるところが・・・。そんなところが、ジャンに信頼されないことに繋がって、悲劇になってしまったのでしょうね。言ってることは、実はとってもある意味まともなことだったんだけれど。。。 ジャンは母親の病いが自分に遺伝しているのではないかと不安に思っていて、なにか哀しいことや耐えられないことがあると、妄想を観てしまう。侯爵の家でも部屋を滅茶苦茶にしたので、侯爵が関係している精神病院に体験入院することにします。 この映画では、精神病院というものは、患者を拘束し、13段階の体罰を加え、徹底的な統率と管理のもとに患者を置いているようでしたが、そこの病院は違ってました。患者の自主性に任せて、好きなことをやらせるという自由な療法をしていたのです。ペンキ投げ放題で体中ペンキだらけの芸術療法、枕を引き裂いて羽をそこら中に撒き散らしたり、頭を柱にぶつけ続けたり。。。病院中が好き勝手で、大騒ぎでした。何故かにわとりがバサバサ病院中を飛びまわっていたり。。。自由にすることで、解放し、精神を安定させてる?と侯爵や病院長。 ひとりの看護婦だけは、侯爵や病院長こそが、狂人だ!と主張し、ジャンに助けを求めるのですが。。。 「哲学的ホラー」「ホラーならではの落胆をお見せしよう!」と、冒頭にヤン監督からの挨拶が入ってましたが、どちらが狂気でどちらがまともなのかの区別が簡単にはつかないということ、実は狂気に陥った人間の方が、大きな視点で見ると、全く正しいことしか言ってなかったり。 興味深い面白い映画でした!ついていけないような世界じゃなかったです。観て良かった♪ 細かく美術に凝っているのは、さすがだなーと感心でした。 コールタール塗って鳥の羽を全身につけるとか、凄かったです(@_@) 俳優たちもチェコ映画で、とても有名な人々。でも日本未公開の作品が多いので、あまり知られてないのが残念ですね。チェコ映画は面白そうですよ☆ どこかしらおおらかさも感じられるのがいいなーと思います。 主演のジャン役のパヴェル・リシュカは、舞台でも活躍していて、シェークスピアも演じて高い評価を受けてるんですね! 悩める青年像が、シェイクスピアっぽかったかも?!好きなタイプの俳優さんでした! 他にも日本公開作があったら観てみたい。 最後に、ヤン・シュバンクマイエル自身の言葉を載せておきますね。 Director’s note 「Lunacy」の脚本を書くにあたっては、エドガー・アラン・ポーの2つの小説からアイデアを得ました。本来ポーとは全く関係のない筋書きに、それらのアイデアを盛り込んだのです。重要な登場人物である「侯爵」はサド侯爵の人物像に影響を受けたもので、彼の実際の台詞も何ヶ所かに引用してあります。 一見、19世紀初めのフランスを舞台とした物語に見えますが、私は時代や場所といった枠を外して、小道具や衣装、撮影地まで特に制限を設けずに撮るつもりです。時代遅れなやり方に見えますが、物語を現代人により身近に感じてもらうにはその方が有効だと考えるからです。物語の大半が進行する精神病院は、現代文明を象徴しています。今、世の中には社会組織について相反する2つの姿勢が存在し対立し合っています。 一方はサド侯爵に象徴される完全な自由を主張し、もう一方は抑圧された全体主義を唱えている。社会の文明化にはこういった自由と圧制との戦いが常に存在してきました。しかし侯爵の唱える自由は、完全な自由主義という「理想」の上にのみ成立するものです。すなわち、必要性が認められたうえで与えられる自由は無意味であり、条件付きの自由など手に入れる価値すらない、という考え方です。しかしすべての文明は、たとえ民主主義を主張している国家であっても、実際には抑圧や操作(広告、金、メディア、警察、軍隊、派閥組織、学校、教会、娯楽や文化など)に頼ることで大衆をまとめあげています。この矛盾は永久に解決することができない問題です。すべての革命は自由の名のもとに始まり、新たな抑圧と操作で終わる。真の自由を獲得したければ、個人的に反逆する以外方法はありません。社会の抑圧に対して、生物学的決定論に対して、超自我に対して、人間を霊的に操作する父なる神に対して。さらに突き詰めれば、私たちの命に限りを与えた母なる自然に対しても抗わなければ、得ることはできないのです。 2004年2月 ヤン・シュヴァンクマイエル(公式より) |

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