kariokaの「極楽鳥シネマ」

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ヨーロッパ映画

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エンジェル

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フランソワ・オゾン監督の「エンジェル」を新宿武蔵野館で観賞。フランス人の監督ですが、原作がイギリスの女流作家なので、英語でイギリス人の俳優を主にして撮影した新作です。

解説: 1900年代初頭のイギリスを舞台に、幼いころから上流階級にあこがれ、16歳で人気作家としてセレブの仲間入りを果たした女性の夢と現実を描く人生ドラマ。監督は『スイミング・プール』の鬼才フランソワ・オゾン。思い描いた人生を手に入れるヒロイン、エンジェルを『ダンシング・ハバナ』のロモーラ・ガライが演じる。ゴージャスな作品世界の中に、女性ならではのたくましさやしたたかさ、さらには悲哀を浮かび上がらせるオゾン流女性映画。(シネマトゥデイ) 

あらすじ: 1900年代初頭のイギリスの下町で、母親とともにほそぼそと暮らすエンジェル(ロモーラ・ガライ)は、あふれんばかりの想像力と文才が認められ、16歳にして文壇デビューを果たす。幼いころからあこがれていた豪邸“パラダイス”を購入し、ぜいたくで華美な暮らしを始める。そんな中、彼女は画家のエスメ(ミヒャエル・ファスベンダー)と恋に落ちるが……。(シネマトゥデイ)

もっと嫌味な女性なのかな?と思って観賞したのですが、そんなことはありませんでした。ただ、自分大好き妄想好きの思い込みの激しい夢見るお嬢ちゃん・・・その夢が、人よりも秀でた文才と夢を実現しようとする情熱と人並みはずれた集中力で、現実になってしまった・・・そんな女性でした。自分が作家になると信じて小説を書いていく力は凄まじいものがありました。このぐらいの思い込みがないと、夢を実現することはできないんだろうなーと、感心してしまいました。

流行小説家になって彼女がしたことは、自分の実人生も、彼女の妄想と同じように飾り立てたこと。本当の現実を全く見ようとしなかったところに、後の悲劇があるわけですが、こういった人は、周囲で完全に守ってあげなければいけなかったんじゃないかなーと、彼女をとても可哀想に思ってしまいました。
結婚したエスメは、画家だったけれど、同じ芸術家。彼女とは作風も芸術への考え方も違っていて、おまけに皮肉屋。ハンサムだったけれど、彼女のことを守ってあげられるような人ではありませんでした。彼女もハンサムなエスメをペットの猫のように、ハンサムで上流階級の男性だから、側に置くと見栄えがいい・・・そんな気持ちが心の奥にあったのかも。物語の主人公のように、ドラマチックに自分から雨の中で求婚して、新婚旅行は世界旅行、豪邸に素敵なアトリエ・・・エスメとエンジェルのすれ違いは仕方なかったのかもしれません。でも、彼女を崇拝し愛し個人秘書となったエスメの姉の手前、真実を突きつけるほどエスメは残酷でなかったのが、彼女の救いだったのに・・・。(この姉が結婚相手だったら、良かったのかしら?でも、自分にこんなにも尽くしてくれる人だと、かえって物足りなくなるのかしら?むずかしいですね・・・。)恋愛小説を想像だけで書いていたように、彼女には恋愛といえるのは、エスメとの恋だけでした。。。完全に自分のものにしたかに見えたエスメ。。。その真実を知りさえしなければ、彼女は幸せのままだったのになーと、エンジェルがとても可哀想でした。。。そして、第一次世界大戦の真っ只中に、自分のことしか考えてないエンジェルが、時代に取り残されていってしまったのも、悲劇だったのでしょうか。

私は、そんなふうに思ってしまったのですが、オゾン監督は、エンジェルに自分を投影して、もっと冷めた視線で、自分への自戒もこめて、この映画を撮ったようでした。

「エンジェルは作品よりも成功することのほうが重要になり、本末転倒な生き方をしてしまった。僕自身は、成功そのものに価値をおいていないよ。作品が成功すると次回作を撮るための助けになるから、そういう意味で成功することはありがたいけどね(笑)」

そして、大衆の要求に答えながらも、大衆に飽きられてしまったエンジェルとは違い、クリエイターとして、常にリスクを恐れずに、挑戦し、変化し続けたいというオゾン監督。。。

オゾン監督は、エンジェルを愛しながらも、随分客観的に冷静に彼女を描いたのだなーと、思いました。クリエイターの道は厳しいですね・・・。エンジェルも、自分の周りの過酷な現実を受け入れて、作品に取り入れてしまうくらいの強さやしたたかさがあったなら。。。エスメの絶望を受け入れられる度量があったなら。。。人生がまた違ったものになっていたのでしょうね。

いつものオゾン監督ほど毒はないのですが、エンジェルの人生を、ビクトリア王朝後のイギリスの雰囲気と、エンジェルの現実離れした美しいファッションや美術品などで華麗に彩った、飽きさせることのない美しい映画でした。彼女の人生にあわせて変化していく装飾過多のファッションも見どころのひとつです。茶色の女学生時代、成功後のスカーレット・オハラのようなドレス、黒の芝居がかった喪服、落ちぶれていくすすけた魔女のような服装・・・どれも素敵でした。魔女のような服装は、ジャニス・ジョプリンみたいだなーとも思って、私はけっこう好きです!

エンジェルを演じたロモーラ・ガライは、本当は金髪なのですが、黒髪に染めて演じたそう。黒髪、白い肌、青い目で、白雪姫のようなビジュアルになり、夢見るお嬢さんのエンジェルにぴったりでした。
ロイヤル・シェークスピア・カンパニーで、様々な舞台に立っている彼女は、エンジェルのテンションの高さを途切れることなく緻密に演じて、素晴らしかったです!オゾン監督は、プロに徹しているイギリスの俳優たちと良い仕事が出来たと喜んでいるみたいでした。

オゾン監督常連のシャーロット・ランプリングも、編集者の妻として、エンジェルの傍若無人な態度に怒りながらも、その情熱に感心する女性を、オゾンの代理のような立場で演じています。編集長はサム・ニール。エンジェルを認め、支えた、秘かに彼女に恋するような優しい男性を演じて嵌ってました。

やはり、オゾン映画は、観る側がいろいろ自分なりに受け止めるような映画になっていたのではないでしょうか。私は、甘い人間なのか、ラストは真実を知って追い詰められてしまうエンジェルに涙、涙でした・・・。

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ひなぎく

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チェコ映画「ひなぎく」を鑑賞。60年代のガーリームービーの代表として有名で、小泉今日子やピチカートファイブの野宮真貴がお気に入り映画だそう。おしゃれ映画でもあるんですが、でも、それだけでない随分アナーキーな映画だったので驚きました〜!!!

金髪のボブにひなぎくの花輪をのせた姉、
こげ茶の髪をうさぎの耳のように結び、レースのショールをまとった妹。
2人は男たちに食事をおごらせ、
嘘泣きの後、笑いながら逃げ出してしまう。
牛乳のお風呂に入り、
グラビアを切り抜き、
部屋の中で紙を飾って燃やしてしまう。

色ズレやカラーリング、実験的な光学処理など、
60年代的な自由に満ちあふれた映像や音楽も魅力! 


岡崎京子、野宮真貴、カヒミ・カリィ、小泉今日子、Kiiiiiiiなど、
アートやファッションに敏感な女性たちが「大好きな映画」と絶賛する
60年代女の子映画の決定版!!(公式より)

一見、若い女の子の傍若無人な振る舞いに嫌悪感を覚える人もいるかもしれませんが、この映画が作られたのが、社会主義体制のチェコである、というところに、この映画が主張したいところがあるのではないでしょうか?ヴェラ・ヒティロヴァ監督はこの映画公開後、7年間の活動休止を強いられたのです。それだけ、この女の子たちのような自由さが体制側に規制されていた世の中だったのでしょう。

映像も実験的で、同じ場面でも、照明の色が変化したり、場面転換、美術、衣装、メイク、小道具、台詞、どこを見ても斬新。若さゆえの衝動で、部屋の飾りを燃やしたり、堅苦しいレストランで泥酔したり、鋏で自分たちや空間を切り刻んでしまったり、党幹部のパーティー会場をアリスのお茶会のように滅茶苦茶にして、シャンデリアでブランコしたり・・・パンクな行動の数々。

しかし、外はモノクロで爆音の響く灰色の世界で、労働者たちは彼女たちがいても、その存在すら全く見えていないのです。

 「死ね、死ね、死ね、こちら療養所」
 「ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、私たちはダメ人間」
 「匂う。通り過ぎる人生の匂い」
 「男は“愛してる”って言う以外に、どうして“卵”って言えないの?」
 「最善をつくせたら出直すことは可能なのか?」
 「私たち生きてるのよ。生きてる! 生きてる!」


そして、この言葉で映画を締めくくる。


「踏みにじられたサラダだけを可愛そうと思わない人にこの映画を捧げる」


75分と短い映画ですが、おしゃれなだけでないその深さに、また何度も観たくなり、購入しました!
ラストはドキっとして、胸が潰れそう。
女の子版「イージーライダー」「俺たちに明日はない」のようなところも。

現代の日本ならこういう女の子たちはたくさんいそうですが、チェコのこの時代に存在するのは「この時代の人じゃない」と言われてるように、大変なことだったのでしょう。彼女たちが自由でいられたのは、もしかしたら、彼女たちの妄想世界だったのかも。映画「乙女の祈り」のような彼女たちだけの侵してはならない世界だったのかも。

衝撃的な映画でした!チェコ映画は奥深いですね。

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人生は長く静かな河

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この映画は、レンタル店で見かけてから、ずっと借りたいなと思ってたフランス映画です。
そこから引越してしまったので、借りれなくなってしまったんですが、この主役の男の子は「ピアニスト」「石の微笑」「王は踊る」「年下のひと」のブノワ・マジメルだったんです!!!

この映画でモモと呼ばれる男の子を演じていたのでした。
ブノワ、可愛い〜!ますます観たくなって、レンタル店探したけれど、みつかりませんでした。
そこで、やはり新宿ツタヤ、ありました!念願かなって観ることができましたよ♪

北フランスの小さな町。この町に暮らす対照的な一家、ルケノワ家とクロゼイユ家。一方は、裕福で理想的な家庭。もう一方は、貧民地区で生活する貧しい家庭。そんな状況の中、妻が死んでも後妻にとってくれない医者に怒った看護婦が十二年前、両家の子供を取り違えたことを白状してしまう……。


エチェンヌ・シャティリエ監督、この映画が長編デヴューかな?写真観ましたが、なかなかハンサムな監督さんでした。この映画、良かったです!心に染みるような、愚かだけれど、いろいろなことがあるけれど、人生は続いていく。けっして人生は長く静かな河じゃない。。。

看護婦さんが、不倫相手の医者の不実に頭にきて、ルケノワ家とクロゼイユ家の赤ちゃんを交換してしまったのですが、このふたつの家は、全く共通点がない!同じなのは、子供が5人で父母という構成のみ。

ルケノア家はブルジョア階層。父親は電力会社の部長さん。時間通りに食事、おやつ、勉強と決まっている子供たちの規則正しい生活。教会の催しにも積極的に参加してます。(しかし、この神父様が、また胡散臭い。映画の中で描かれるこういった神父様はなんとなく偽善ぽい匂いがしますね。意図的でしょうが。)

一方、下層階級のクロゼイユ家。アルジェリアとの戦争で負傷し働けない父。小さい子供たちと病人のご主人の世話で手一杯の母。収入がないので、姉は売春し、子供たちは引ったくりで生活。一番上の兄は刑務所帰り。

ルケノワ家の男の子がクロゼイユ家で育ち、クロゼイユ家の女の子がルケノワ家で育ってしまった!

その事実を知った時、ルケノワ家の母はパニックになったが、モモを養子として引き取り、女の子はショックを受けないようにそのまま育てることに。クロゼイユ家は「ブルジョアのガキだったのかー。」と悔しそうにモモを見つめるが、そのモモは「これで稼げるじゃん!」と、お金と交換に、ルケノア家に行くことに。

最初から賢いモモはルケノア家に馴染んでいて、子供たちにも好かれ、楽しく暮らしてるかのようにみえたのですが、自分を育ててくれた家を差別するような、育ちを差別するようなことがあると、違和感と憤りを感じます。取り違えられた女の子が貧乏人と付き合うな!と言うと、真実を告げたり。(本当は、傷つくから黙っていてあげようと、最初に決めたのはモモだったんですが。)

嘘みたいにきちんとしていたルケノア家の子供たちも、モモの影響を受けて、変化していきます。
でも、それは、教会の教えを忠実に守ってからの行動だったりもしたのですが、母親は怒ります。その怒ってしまうところが、彼女の偽善だったんですけど。モモは、自分の本当のお母さんにも憧れと思慕の気持ちがありましたが、もうひとりのお母さんも大好き。クロゼイユ家への侮辱は許せなかった。実の母の偽善に反抗しました。

モモは、隣に住んでいたアルジェリア人の雑貨屋の一家とも仲良し。移民だからと、自動車を爆破されたり、差別を受ける一家ですが、モモだけは優しかった。
そして、ブルジョアの街から遊びにきたモモを街のみんなが以前と同じように歓迎してくれます。

困難があっても動じないで、どんな人々の間でも、優しく賢くしたたかなモモ。
差別意識にも敏感で、反骨精神もあるが、嫌われずに賢く暮らすモモ。
賢いモモは貧困の中、生きていく知恵を身につけたのですが、けっして家族を卑下せず、思いやりももち、誰にでも平等。差別する側の品性の卑しさは許せないモモ。

名前は?と聞かれて。「ルケノア・クロゼイユ・モーリス」と答えるモモ。

どちらでも上手くやっていきたいモモの気持ちが表れてます。

フランスの社会が移民問題、貧富の差、と問題を抱えてますが、モモのように賢く優しくしたたかに生きられたら・・・。

この子とこの映画が、なんだか大好きなりました!

予測不能、コントロール不能の事態に陥ったルケノア家の母親を、教会通いで本当に信仰が深くなっていた次男がこう慰めました。

「人生は長く静かな河じゃないんだよ、ママ」

本当にその通りですよね〜。だから人生って面白い!と思えるような人になりたいです・・・。
モモを尊敬しました!

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「向かいの窓」が遺作となったマッシモ・ジロッティの主演作。イタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティのデヴュー作でもある「郵便配達は二度ベルを鳴らす」を観賞。アメリカでジェシカ・ラングとジャック・ニコルソンでリメイクされたことでも有名な作品。と、言っても元々は「郵便配達は二度ベルを鳴らす」は、アメリカの作家ジェイムズ・ケインのハードボイルド小説だそう。ヴィスコンティが監督デヴューするときに、ジャン・ルノワールにこの小説を勧められて、設定をイタリアにしたそうですよ。当時はイタリアのファシスト政権のもとでの映画作りだったので、政治的なメッセージをこめた映画は上映できませんでした。でも、その中でもヴィスコンティたちは、メッセージを暗にこめた映画を作ったみたいですが。結局、上映を限られたり、当局にカットされたりしたそうです。だから、この映画は戦後、もう一度残っていたフィルムでヴィスコンティ自身が編集しなおしたものらしいです。

北イタリア、ポー川の食堂にジーノ(マッシモ・ジロッティ)が現れる。店主ブラガーナ(ファン・デ・ランダ)の歳の離れた美しい妻ジョヴァンナ(クララ・カラマイ)はジーノに惹かれ、彼を雇うように夫を説得する。ジーノとジョヴァンナはブラガーナの留守中に肉体関係を持ち、駆け落ちしようとするが、ジョヴァンナは途中で罪悪感に襲われて引き返してしまう。

ジーノは1人で放浪を続け、ジョヴァンナを忘れようとするが、旅先の港町でブラガーナ夫婦と再会してふたたび店に戻ってしまう。2人はブラガーナの殺人を計画し、自動車事故を装って実行する。(ウィキペディアより)

ジェシカ・ラングとジャック・ニコルソンの映画は観たことはないのですが、過激な性描写と悪い男女の雰囲気があるんだろうなーと思ってました。ヴィスコンティ版は、最初の出会いは悪い雰囲気はあるものの、このふたり、ジーノとジョヴァンナは根っからの悪の感じではないのです。特にジーノは、生き方の選択を迷いに迷う。立派な体つき、頭も悪くなく、器用でもあり、美しい容貌・・・しかし、職もなく放浪しているジーノ。娼婦のような生活から抜け出すために、好きでもないケチな年上の男(でもそれほど悪い男でもないけれど。ケチで俗物なだけ。歌は巧いし。女中がわりにこき使ってたところがあったのかも。)と結婚したジョアンナ。ジョアンナを深く愛してしまい、かけおちしようとするが、ジョアンナは今の生活が捨てられない。元の家もないような惨めな暮らしには戻りたくなかったのです。ジーノは愛していながらも、放浪を選び、スペイン人の大道芸人とともに旅をする。このスペイン人の彼は同性愛者らしく、美しいジーノに魅了される。しかし、また偶然出会ってしまったジーノとジョアンナ。放浪生活から抜け出し、ジョヴァンナへの恋情から殺人を犯すが、その殺した相手の住んでいた家に住み着くのに罪悪感を感じ続けるジーノ。スペイン人の彼が、またふたりで旅に出ようと誘いに来たのに、いったんは喜ぶものの、安定した生活が捨てられない!と拒否するジーノ・・・。揺れ続けるジーノなのです。迎えに来た彼を追い出したときには、ちょっと驚いたけれど、自分でも何を望んでいるのか、どうしたいかなんて本当のところ、わかっているものではないんじゃないか、と、このジーノを観ていて思いました。ジョヴァンナに保険金が入ったと知ると、喜ぶどころか傷ついて怒り出すジーノに、純粋な愛情をかえって感じたり。愛だけは本物だったのか、ジーノ・・・。
ジョヴァンナとジーノは愛し合ってしまったけれど、お互いを思っていても、それはなかなか伝わらない、お互い何を考えてるかなんて、本当のところはわからない、誤解もするし、疑念も抱くものだろうなと、思いました。簡単なようで、複雑な人間の心が描かれていて、処女作でもさすがヴィスコンティだなーと、この映画の余韻に浸っています。素晴らしい。。。
(ただ、ジョヴァンナが、お店を流行らせようと、バンドをよんでたくさんのお客さんが来たのに、お店を手伝いもしないジーノにはちょっと・・・。あんなにたくさんの残されたお皿をジョヴァンナがひとりで洗わなければいけないのか!と思いましたが、ヴィスコンティは貴族だったから、ひとりでどのくらいのお客の相手が出来て、片づけが出来るかわからなかったという説もあるようで、庶民の私が哀しかったです・・・。)

立派な若者、美しい女性が底辺で暮らさなければならないような困窮した社会情勢。ファシズム政権への反抗としての自由なスペイン人の登場。同性愛的、退廃的な物語。精一杯のヴィスコンティたちの反骨精神がこの映画には描写されたのでした。(結果、上映制限、禁止をされてしまったのですが。)

また、白黒映画なんだけれど、どのカットを写真にしても美しい!!!ゴダールもそうだったけれど、さすが巨匠の映画は違う!と思いましたよ〜。

遺作の「向かいの窓」でも同性愛を匂わす役柄だったマッシモ・ジラッティ。男女問わず魅了する美しい俳優だったんですね〜。ヴィスコンティが選んだだけありますね。美しい男優を知っているんですね。
HDDに撮ってある、ヴィスコンティ映画がまだあるので、観なければ!と思いました。「若者のすべて」は特に長年観たかったので、とても楽しみです。今週はBSはベルイマン特集だったし、HDDの映画も観なければね〜。

ところでこの映画は郵便配達人は全く出てきません。郵便配達人が返事がないともう一度ベルを鳴らすことから、同じ過ちを繰り返すとか、同じことがもう一度起こるというような意味で、このタイトルになったのかも、ということでした。

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向かいの窓

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恋さんのブログで紹介されていた「向かいの窓」イタリア映画だが日本未公開だそう。しかし、2003年 ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞 最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀男優賞(マッシモ・ジロッティ)、ほか2賞受賞していて、イタリアでは評価の高かった映画みたい。監督は、フェルザン・オズペテク。未公開といっても、イタリア映画祭では上映されたみたいです。フランス映画祭や韓国映画祭、香港映画祭と、いい作品は上映されているのですが、なかなか一般公開されないんですよね〜。それで、DVD化されてしまう。されるだけましなほうかもしれません。

フランス映画祭に行ったので、イタリア映画祭も行ってみたいなーと思っていたのですが、最近のイタリア映画にはとても疎くなっていて、監督も俳優もよくわからないんですよね。イタリア映画というと、私の場合はフェリーニ映画なんです。最近のはあんまり観てないかも。これをきっかけにイタリア映画も・・・と思って、観てみました。ヴィスコンティ映画で有名なマッシモ・ジロッティの遺作でもあるそうですよ。ヴィスコンティ映画は何本かは観てますが、マッシモ・ジロッティ主演の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」や出演の「夏の嵐」は観てなかったです。。。ヴィスコンティが主演にしたんだから、相当な美形だったんでしょうね〜。HDDに「郵便配達は二度ベルを鳴らす」が録画したままになっていたので、この映画を観た後、観てみましたよ。そちらの記事は次に書きますね!男女問わず魅了する美貌の持ち主でしたよ、マッシモ・ジロッティ!

家族の世話に追われる生活に疲れ切っていたジョヴァンナ(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)。向かいの窓に若い男性の姿が見える瞬間が、わずかに彼女を現実から引き離してくれている。そんなある日、街中で困り果てていた彼女に声をかけてくれたのは、彼女がいつも見ていたロレンツォ(ラウル・ボヴァ)だった。彼もまた、窓越しに彼女の姿を追っていたのだった――。2004年イタリア映画祭上映作品。(レンタルレスポンより)

ジョヴァンナ、美形なんだけれど、生活に疲れていて、常にヒステリックに怒ってます。甲斐性はないかもしれないけれど子供好きの優しい気のいい旦那さんにもガミガミ。可愛い子供たちにもガミガミ。。。イタリアの女性って、ちょっと迫力あります。それにくらべて男性は、けっこうお気楽な人が多い感じがするけど。久し振りのイタリア映画、みんなよく喋るし、イタリアっぽいな〜と思ってしまいました^_^;
でもちょっとジョヴァンナ、怖すぎかもなーと思ったりして。しっかりしすぎてるんでしょうねー。私もしっかりはしてないけれど、毎日ご飯!とかなんとか色々言われてると、ヒステリックに意味もあまりなく怒り狂うこともあるので、人のこと言えませんが・・・。

彼女にはお菓子作りの才能があって、本当はお菓子やさんに勤めたり学校に行ったりして、自分でお店を持ちたいという夢があったんですが、収入が安定しないご主人とふたりの子供を抱えて、具体的な夢なのに実現できないでいる。そこんところでイライラしちゃってるんですが、向かいに住んでいるハンサムな銀行員を窓から見ることで、癒されているんですよね。彼、ダイアン・レインの「トスカーナの休日」でも、現実の辛さに疲れたダイアンを癒してくれるイタリア男性役だったような・・・。同じような役が続いてるのですね(笑)絵に描いたようなハンサムさんだからかな?見てるだけの存在から、知り合いになり近い存在になるんですが、彼女を部屋に招待した時のキャンドルには、ちょっと笑ってしまいました。ムード作りすぎで私は引くけど、イタリア人は普通なのかもしれないね〜。。。また、女友達に随分あけっぴろげな相談をしてるんだなーと。友達のアドバイスもストレートだし。イタリア人だから?物事を隠しておけないたちなのかしら?と思ってしまいました。

と、これだけなら、ありがちな話なんだけれど、記憶喪失の老人として登場するマッシモ・ジロッティのお話が深い感じでとてもいい。そちらの話メインで観たかったくらいいい話でした。橋で呆然とする老人をジョヴァンナのご主人は人がいいので、家に連れ帰ってしまう。面倒みるのはジョヴァンナだから、怒り狂うんだけど、ご主人、いい人なんじゃないの?向かいの窓の彼とは違ったタイプだけれどハンサムだしね〜。子供たちも老人に優しく可愛くていい子だなーと感心しました。それにくらべて感じ悪いジョヴァンナだけれど、第2次世界大戦中に、ユダヤ人として、迫害を受け、哀しい恋の思い出があるこの老人の過去を知るにつれ、自分の恋と夢に重ね合わせて、女性として成長していくのは、素敵に見えました。「死ぬ前にしておきたい10のこと」ほど切なくなく、「毛皮のエロス」ほど痛くもないけれど、一番現実味のあるリアルな女性の選択を描いてるのかな〜とも思いました。(伝説の菓子職人とか、ハンサムで高収入の恋の相手とか、充分リアルじゃないけど、そこはまあ・・・。)向かいの家から自分の家を覗いたシーンでは、なんとなく私も涙がこぼれてしまったし。自分にとって本当に大事なものが、その時、ジョヴァンナに見えたんでしょうね〜。。。

マッシモ・ジロッティが、哀しい恋の後悔から、当時のまぼろしを見ながら街を彷徨ってしまう様子は哀しく鬼気迫るものでした。人間としての弱さ、見栄からの行動が、取り返しのつかない結果になってしまったことへの後悔は、ずっと彼にあったのでしょうね。その苦しさはなんとも言い難いような。戦争によって運命が狂った人々はたくさんいたのでしょうが、老人になった今でも心の平安はなく・・・。そこのところを深く考えてしまいました。ここが、この映画を深いものにしていたような気もしました。

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