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小笠原沖で30日に発生したマグニチュード(M)8.5の巨大地震。2011年3月の東日本大震災(M9.0)以降、最大規模となる地震は、東京―青森の距離にも匹敵する深さ590キロという極めて深い場所で起きた。
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気象風景
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阪神・淡路大震災から20年の歳月が過ぎ去り、日本列島各地には、新たな災害の危機が迫っている。国の中枢を破壊する首都直下地震、人口密集地を津波と火災が同時に襲う南海トラフ地震に加え、富士山にも不気味な予兆がある。 2万人以上の死者を出した1707年の宝永大噴火以来の異変を指摘する声が高まっているのだ。地震学者で、琉球大学の木村政昭名誉教授が語る。 「富士山では東日本大震災の後、マグマが上昇し、斜面や山麓に亀裂が入り、地熱が上昇するなどの異変が見られる。いつ噴火してもおかしくない状況で、19年までには噴火の兆候がはっきり表れてくると考えています。太平洋プレートが日本列島へ潜り込んでいくプレッシャーは、東北地方では東日本大震災で解消されたが、今はその北と南にかかっている。富士山だけでなく、御嶽山の噴火や昨年11月の長野県北部地震などの異変もそのためです」 木村教授の予測では、次に富士山が噴火する場合、火口は北側の斜面。溶岩が富士五湖や自衛隊演習林の方向に流れ出し、登山客がのみ込まれる恐れがあるという。富士山から100キロほど離れた首都・東京も無傷ではすまない。防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏がこう指摘する。 「噴火2時間後には東京でも降灰が始まる。火力発電所が灰を吸い込んで大規模な停電が起き、新幹線や高速道路など交通もストップします。火山灰にはガラス質が多く含まれるため、肺に吸い込めば病気の原因となり、目に入れば最悪、失明の危機もある」 |
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北極圏に位置する米アラスカ州で、13日から14日にかけて巨大なオーロラが観測された。日付が変わる頃に出現したオーロラは、ブルックス山脈を2時間ほど照らすと、空の彼方へ消えていった。(時事通信) |
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西南極の調査を行っていたチームが、氷の下にグランドキャニオンより深い峡谷を発見した。 調査チームは、衛星からのデータと、スノーモービルや小型機に搭載した氷透過レーダーのデータを組み合わせて、エルスワース氷河底高地(Ellsworth Subglacial Highlands)という、南極の氷下数キロに埋まっている太古の山並みの地図化を行っていた。
その過程で発見されたのが、深さ最大3キロ、幅25キロ以上に及ぶ巨大な氷河底地溝(峡谷)だった。これに比べ、グランドキャニオンは最深部でも1.8キロだ。氷下の峡谷の深さは、場所によっては海面下2000メートルを超える。
「地球の表面というジグソーパズルの新たなピースを見つけられることは非常な栄誉だ」と、研究チームの一員でイギリス、ニューカッスル大学の地球物理学者ニール・ロス(Neil Ross)氏は述べる。
数千万年前ということ以外、峡谷が形成された正確な時期は不明だ。「我々にわかっているのは、南極が少なくとも3400万年前から氷で覆われているということ、またその間に、西南極の氷の大きさは、小さな氷原レベルから(中略)現在のような巨大な氷床に至るまで、さまざまに変動していると考えられることだ」とロス氏は述べる。
この峡谷は元々、断層などの地質的に脆弱な部分に河川が流れて形成されたものだと研究チームは考えている。ただし、峡谷をこれほど深くしたのは氷河だという。「河川では、峡谷を海面下の深さまで削ることはできない。(このように深くするには)氷河による侵食が必要だ」とロス氏は述べる。
この峡谷については、エルスワース湖など一部の地形が以前から知られていたが、地溝の全体的な規模はこれまでわかっていなかった。ロス氏のチームは、「点と点をつなぎ合わせる」ことで、他の研究者がこれまで見落としていたものを発見できる独自のポジションにいたという。
「地溝の全範囲を示す衛星データに確信が持てたのは、ひとえに、氷透過レーダーによる両端部のデータから、地溝のサイズを証明できたおかげだ」とロス氏は述べる。
「また、地溝の両端を調査する2つのプロジェクトに、私が博士研究員として参加した経験があったことも非常にラッキーだった」。
今回の研究成果は、「Geological Society of America Bulletin」誌の最新号に発表された。
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イラク南東部、シャトル・アラブ側の西岸に位置する港湾都市、バスラ。この街の世界一“高い”ものは、なんと気温。
バスラは世界で一番気温の高い町なのです。日本でも夏の猛暑日には30度を超えうだるような暑さになりますが、バスラはさすが世界一、「今日は暑いね」を通り越した気温を記録しています。
アラブの砂漠気候のバスラには、日本のような四季はありません。冬にあたる12月〜2月でも21度前後、そして夏、6月〜8月は最高気温が38度を上回ります。アメダスにおける日本の最高気温は多治見市と熊谷市の40.9度ですから(2013年8月高知県江川崎で41.0に更新)、普段からどれだけ暑い地域なのか想像に難くないでしょう。
このバスラは600年頃に建設され、ペルシア湾を経由したインド洋貿易の中継地として、穀物の集積地として栄えました。しかし800年代の半頃から衰え始め13世紀以降はほぼ廃墟となってしまいました。その後再建し、オスマントルコやイギリスの占領を経て、イラン・イラク戦争、湾岸戦争を乗り越え、石油製品の積出港、そして穀物やナツメヤシの輸出港として栄えています。バスラ市内には運河が引かれ、中東のベニスとも呼ばれた、美しい町でもあります。
さて、気になるバスラの世界一高い気温ですが、1926年に観測された最高気温58.8度という世界記録です。60度のお湯を浴びたら火傷をしてしまう熱さですから、もう想像もつかない暑さですね。
湿度が低く気温の高い地域なので、宗教上の理由だけでなく、日差しを遮るためにゆったりした服や被り物を着用する人が多く、また電力のインフラが弱いため夏はレストランやマーケットに集まって暑さを凌ぐそうです。
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