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夏休み sizo-ka memory
今年は幻惑されるくらい暑い夏だった。 我が団地の真ん前の眺め。
台風に追いかけられて辿った大井川沿いのキャラバン。
こうして一杯やりながら、旅の記憶を紐解けば、
またどこか出掛けたくなる気分のシラコバちゃんでした♪
![]() ![]() ginrinさん お晩です♪ そして。これからもよろしくお願いします。
ブログの引っ越し先を検討中です。
お引越し完了したらお知らせしますので、引っ越しそばヨ・ロ・シ・クなんちゃって、なんちゃって。。。
それまでは、ぼちぼち投稿してます。
2019/8/31(土) 午後 9:06[ シラコバ ]
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☆キャンピングカー・旅のページ
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気の向くまま、いい加減の旅気分。
カーナビなし・予算なしで今日も行く。
また行き止まりだよ・・・。汗
カーナビなし・予算なしで今日も行く。
また行き止まりだよ・・・。汗
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しぞーか紀行 その3
ミニ列車で行く「あぷとライン」の旅 8月12日
大井川鐵道井川線に乗り鉄。 未知の鉄道なもんで乗る前から、ワクワク♪
垂直に近い山の斜面に盛り切り造成して線路敷きを造っているので
谷側は、ほぼ垂直な崖っぷちです。
この曲がりくねった線路を、車輪をきいきいきしませながら
右に左に崖をトレースして列車は進みます。
落ちたら死にますよ、誇張なしに。
100メートルはあろうかという谷底に向かって
満員の小さな客車が木々をなぎ倒して転落してゆくのが思い浮かんでゾッとしましたわ。
この路線は乗客の死傷事故に関しては無事故です。
保線、車両のシステム、天候など相当の神経を払って運行されていることでしょう。
谷底から100メートルとか言う橋梁の途中で列車が一旦停止。
この高さを実感できただろうか・・・。
落ちたら、 即死! の深い谷。
奥泉ダムを俯瞰。
台湾に世界三大山岳鉄道の一つと云われる
阿里山森林鉄路がありますが、
コチラでは近年に旅客の死傷事故が 結構起きてました。
2003年、ブレーキの不具合:客車のブレーキコックの締め切りによる逸走
谷への転落だったそうで17人が死亡、205人負傷の大惨事です。
阿里山鉄道も、戦前台湾統治の日本が建設したもので
こちらはヒノキの伐採・積み出しのために造られたそうです。
木曽森林鉄道と同じ感じですね。
2011年にも倒木による脱線転覆で6名が犠牲になっていました。
安全対策が向上したなら、私も阿里山鉄道・・・ぜひ乗りたいな♪
往年のディーゼル特急の「中興號」がリバイバル復活するそうだしね。
途中の接阻峡温泉駅で下車します。
モチ、温泉につかるためだがね♪
改札に居た委託駅員らしい、ニコニコ愛想のいいおばちゃんに
「温泉近いの」って聞いたら
温泉は駅改札の目の前、「あるよ!」
でいたずらっぽく笑う、おばちゃんです。
私一人の貸し切り状態、露天風呂でのびのび〜、くっは〜。。。
とろとろ・ツルスベの源泉かけ流し。
お肌に効きそうな湯、女性にオススメって感じのいい湯でしたよ。
井川まで行って、ここから折り返し、30分後に出る上り列車で戻ります。
ここから先、畑薙ダム方面にバスも出ていますが
この先遠征は、次回。駅の階段下に休み処があったので
昼食しました。
冷えたビールと 「しぞーかおでん」 で乾杯!
「あぷとライン」
日本でここだけ、アプト軌条です。
機関車の歯車と、レール中央のラックレールをかみ合わせながら
90パーミルという、日本の鉄道で最急勾配を2両の電気機関車のアシストで上り下り。
国鉄時代、信越線のアプト区間が有名でしたが、粘着式の電気機関車に交代となり
ラックレール無しで、66.67パーミルだったか、すごい勾配を行き来してました。
拙者も、横川駅で買う、「峠の釜めし」の味を思い出しましたよ。
機関車の連結作業を見に行ったりしてました。
長野電鉄線に直通の急行「奥志賀号」に乗って信州に出掛けたときの「思い出」
屋代駅から乗り入れて、単線の長野電鉄線内を行く国鉄の電車急行は
たったの3両編成でした。
長野行きの基本編成から切り離されて、あの夏休みの信州。
かんかん照りののーんびりした夏の昼下がりを行く車窓光景が浮かんできたり。
険しい奥大井から下ってきて、車窓が穏やかな景色に変わる。
乗り換え、千頭駅は間もなく。
マイブーム一大イベントも無事終了。
まだ猛暑で蒸し暑い家山に戻って来た。
ここからは、アラモ君に乗車。春日部に帰ることとします。
台風10号が日本列島を狙ってきてますので、長居は諦めて帰還します。
2019. 8. 12 家山町 野守池湖畔
ほぼ高速道路のような藤枝バイパス・静清バイパスをひた走り。
国道246号で順調に走って来たのだが
日もとっぷり暮れた午後8時前、御殿場市街を過ぎたら、
246号線はとんでもない超渋滞。
コレはもう駄目と
Uターンして御殿場市街に引き返しました。
渋滞にはまっているその時に、
もうちょっと我慢すれば抜けられるのではという甘い期待で
刻々と時計の針が進み、クルマは依然と進まない・・・、
精神的にも肉体的にも消耗するばかり。
こういうのは一番馬鹿らしいっと、えいやでUターンです。
「もう、今日はここで打ち止めだっチ、
涼しいとこで休も。」
標高の高いところでもう一泊して、早朝にマイペースで帰ろ。
で、山中湖湖畔が近かったので、コチラで小休止。
冷えたビールで、テイクアウトの寿司つまんで寝ましたよ。
2019. 8. 13 山中湖湖畔
夜が明けて、湖畔を散歩したら
勝手知ったる道志道をたどって家路につきました。
台風10号が接近中。 時折、突然雨脚が激しくしぶいてきた。
30年ぶりに走る道志みち。
前の時はバイクでツーリングだったなぁ。
あの時は3人で、山中湖に向かって走って行ったから、今度は対向車線側から行く。
30年前に、学校のクラスメイト3人でこの道を下っていたんだっけ。
そうだ、思い出した、一回死にそうになってたな。
カーブでアウトにはみ出して対向車線に飛び出し
危うく対向車と正面衝突しそこなってたんだわ。
あれ、対向車がギリギリ避けてくれなかったら
私、今、ここに居ない・・・多分 (;´Д`)
思えばいろいろあったもんだ・・・、これにて閑話休題で。
この旅もこれにて終わり。 再び、日常生活が待ってます♪
大井川の谷は黒部川の谷よりも深いのですが、
黒部川にはほぼ中流域がないので、険しいイメージがありますね。
井川駅前におでんや飲み物を売る様になったとは、来訪者も増えたのでしょう。 かと言って殺到している様ではなく、宜しき事かと。 最初に訪れた時のロングシートの古い客車はもう用途から外れた様ですね。 アプト区間を走る写真は見ていませんから。
静岡から箱根の麓までは、一般道でも車線が多くて信号が少なく、 2019/8/18(日) 午後 2:56[ あづまもぐら ]
仰せの、ロングシートの客車。
新金谷駅前のプラザロコ館内に保存されていました。
座席がロングシートとはいえ座面が幅広く、ソファのような奥行きでした。
山陽電鉄の250形以来、現在の3000系に至るまで ロングシートの車輌を特急運用に使用するため、
座面を低く、奥行きをゆったり取った設計だったのを思い出していました。
ロングシートでも奢った設計だったのですね。
対して、詰め込み主義の「東急」7200は浅い座面の経済ロングシートでガッカリ仕様なのですね。 京浜2代目700系も時流柄同じ傾向の設計になってました。
2019/8/18(日) 午後 4:08
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しぞーか紀行 その2
SL急行かわね路1号の旅
朝からかんかん照り。
新金谷駅のプラザロコで、当日券を買うために早めに並ばなくちゃ。
あと、10席しかないと昨日聞いていた。
反対側に入って来た、南海のズームカー。
猫バスみたいな可愛い顔つきが何とも云えない・・・。
特急こうや号で、難波から高野山まで結んでいた名車だがね。
このクルマ、拙者と同じ生まれ年なんだよう、1958年生まれの鉄道車両でこうして乗れるのがあること自体驚きです。
ついでにプラザロコ館内展示を見てまわる。
爪楊枝だけで作られた、蒸気機関車D51の模型。
これは感心しました。 すんごいですねえ。。。
展示が豊富で飽きませんでした。
懐かしい木造駅舎な中に見覚えがある海岸の名が。
「静波海水浴場」
町内会主催で、バスではるばる目黒から出掛ける
海水浴の団体企画ツアーがあったのだが
何故か参加しませんでした。
東名高速の無い時代に、下道経由でこんな企画があったなんて今思うと凄いです。
目黒から焼津なら、200キロ以上ありますから、日帰りなんてオニですね (;´∀`)
C10 8号機。 家山川の川岸でいつも眺めていたが
とうとう乗る時が来た。
排気管からしゅうしゅうと蒸気を吐いて
発車前のちょっと緊張する気配、真っ青な夏空と真っ黒な機関車、イイね。
今回乗車したのは、旧国鉄の特急用客車 スハ44系客車でした。
拙者、東海道本線の夜行急行「銀河51号」で
たった一回だけこのクルマに乗りました。
連なる寝台車の後部に2両連結されていましたね。
東北本線の初代「特急はつかり号」もこの車両です。
ブルーの車体側面の白線2本がその証ですわ。
上野から青森までオール蒸気機関車牽引で運行していた夢みたいな列車です。
車販が来て、車掌さんのトークショー&ハーモニカ演奏があり
車内が笑いに包まれました。
窓からは、トンネルに入るたびに
煙と煤が入って来るのですよ。
窓開けっぱなしなので、通り過ぎる踏切の警報機の音
先頭から蒸気機関車が鳴らす汽笛と
加速する時のシリンダの排気音がリアルに聞けます。
次の日に、井川線のミニ列車に乗り鉄です。
アプト区間ががった興味あるわ。。。
この日は、本線のSL列車にて、一旦終了。
家山まで戻って、冷えたビールで一杯やるとします。
次回 「しぞーか紀行 その3」へ続く・・・。
ズームカーとご同輩でしたか。
京浜急行なら初代700形最終増備グループ或いは初代800形ですね。 私は東武5720系、どうにかカルダン駆動の試作、 京浜急行なら初代600形半鋼製ながらウィンドシル・ヘッダーが取れた車体に吊掛駆動、
台車からイコライザー・板バネが無くなりはしたものの、
モーターを唸らせながら動き出す旧態はそのままです。
私もスハ44は上り急行銀河号の指定席で乗りました。昭和47〜48年頃に。 スハ44 33と記憶しています。2輌の指定席はスハフ43+スハ44のセットでしたね。 大井川鉄道は、蒸機に加え、電車ファンにも嬉しいラインナップですね。 本線中程の大井川東岸にあるトンネルの一つは、本来西岸側の計画が、両側から掘ったら食い違ってしまって、路線変更の上で堀直した物と聞きました。 2019/8/17(土) 午後 0:35[ あづまもぐら ]
![]() お晩です♪ 先輩のご誕生の年だと
営団地下鉄300形がありますね。 軽量車体にWNカルダン駆動で、 両開き扉に方向幕と2灯ライト。 現代の通勤電車の必要アイテムを この時初めて実現した車両と認識しています。 東武は直角カルダンで散々てこずっていた様子、 他社の成功の蔭にちょっとお気の毒でしたが、 白帯特急で最高105キロ運転で 最後に活躍ぶりを見せてくれました。 この礎のおかげで、昭和30年代全般には、 安定した車両が続々生産されたのだと 再認識するとしましょう。 大井川本線、井川線とも、 大井川の崖縁に張り付く様な険しい路線でした。 ダム建設が無かったら、このような厳しい立地に鉄道建設は無かったろうと実感しました。 トンネルの失敗は大事件だったのでしょうね。 多額の追加工事費の捻出、後期の大幅な遅れと金利負担。 想像するとゾッとします。 2019/8/17(土) 午後 6:53[ シラコバ ]
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しぞーか紀行 その1
何年ぶりかな?静岡へ出かけるの・・・。
you tubeで大井川鉄道の動画見ていて決まり。
地名駅の鐘式の踏切と通過するSL列車。
いつも走っているのを眺めていたが、乗ったことがない。
井川線も未知の領域だ。思い立ったら即実行。
でも出掛ける前から猛暑で大汗かいちまったわ。
昼頃にイチコク:国道一号線を南下、
いつもの由比 - 興津にある
「スマル亭」で桜エビ天のお蕎麦をと立ち寄るが
様子が変。
廃墟と化しておりました。
酷暑の日差しの下、店内がめちゃめちゃ、何があったのですか?
おそらく背後の駿河湾でしょう。高潮被害のようです。
空腹でもあったし、脱力しましたよ・・・。
飯抜きで清水市内に入り、
そのまま三保の松原に立ち寄ることにしました。
なんか食べるものはあるだろさ・・・。
富士山と駿河湾が一望で好きなところ。
今回は、富士山はかくれんぼしておりました。
それでも見ごたえある眺めです。伊豆半島のシルエットが眺められます。
世界遺産の関連で指定を受けたため
展示施設や駐車場も新しく整備されていて、大分人出があって、
何年か前に来た時の閑散とした趣ではなかった。
松林の中の茶店でラーメンと真っ黒な「しぞーかおでん」🍢。
暑いけど美味い、汗だらら〜、うめえ。
150号線 ストロベリーロードとか言う国道を波打ち際を眺めて南下する。
台風の影響でだいぶ波が立っている。
ドスンと地響きのような波浪の打ちつける音が響き渡ります。
牧ノ原台地を越えて、茶畑のど真ん中を抜けると、河岸段丘の縁から
金谷市街と大井川が遠望。
新金谷駅に立ち寄って、乗車券とSL急行券を購入。
今夜は、おなじみの家山町にて、停泊。
190810
へらぶな釣が楽しめる、野守池の湖畔。
日暮れになると、湖面から吹いてくる涼風が。
明日は、お目当ての大井川本線のSL急行「かわね路1号に乗りましょうかね。
8月10日(土)の記事
(以下、しぞーか紀行 その2に続く)
![]() ![]() はい。毎度、二人三脚です(*'▽') 下道専門です、ETC・・・それなあに?です。
8月10日から13日にかけてのクルマ旅でした。
猛暑・熱帯夜に渋滞と疲労困憊しましたが面白かったです。
2019/8/16(金) 午前 7:56[ シラコバ ]
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夏休み
まったりクルマ旅考えていたら、
この映像に眼がとまったぞ。
前に何度か行った大井川沿いの地域。
大井川鉄道のSLと、鄙びた感じの駅前を思い出し。
電鈴式の踏切が鳴り、
坂の向こうから汽車がやって来ます。
C56型蒸気機関車が7両編成の立派な急行を牽いて通過するシーンに
トキメキしました。
そうだ、今年の夏は 「しぞーか」 行ってくっか〜。
大学受験に失敗した年、アルバイトする身分でもなく、
浪々の身の慰めに日帰り鉄旅先に訪れました。
元名鉄3800系を転換クロスにして急行すまた号の運行を始めて間もなくでした。 千頭からは井川線の次の駅、僅か1km程の間で、 小さな蒸気機関車の運行も始めていて、
これは蒸気機関車の動態保存の嚆矢となって
後の大井川本線や国鉄での蒸気機関車運行へと波及しました。
それ以後も寸又峡や井川から更にバスで畑薙第一ダムへと入って 2019/7/31(水) 午後 8:21[ あづまもぐら
![]() 急行すまた号 横っ腹に、
寸又峡の温泉に入るボインちゃんのイラストが話題でしたね。
大井川鉄道には優れたアイデアマンがいるようです。
好き嫌いは置いといて、SL急行の乗車数が減少しているので、 機関車トーマスを模した列車を登場させました。
あの(;´∀`)顔はやだけど、 生き残りを賭けた方策なのだから、
2019/8/1(木) 午前 0:43[ シラコバ
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夏から一気に秋になった感のする仙台です。
明日から投稿停止ですか
長い間のお付き合いでした
また、どこかで会えるのを願っています。
ありがとうございました
健康に気をつけて