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〜1割の勝ち組と9割の負け組、これでいいのか〜
(文藝春秋 2006/3 愚かなり、市場原理信奉者 藤原正彦〜より一部抜粋〜)
バブル崩壊以来、市場原理が恐ろしい勢いで日本を席捲している
なかなか回復しない経済に政府や国民が苛立ち始めたここ数年は
勢いに加速がついている。市場原理さえ浸透すれば経済は回復する
との神話がわが国を覆っている
催眠にかかったごとく、その線に沿った改革の嵐が吹きまくっている
規制緩和、ビッグバンなどは言うまでもなく市場原理を働かせるための
ものである。「官から民へ」「小さな政府」「中央から地方へ」なども
中央の規制を除き、市場原理を保障するためのものである
株主中心主義や株式交換による企業買収の解禁などは
会社は従業員のものではなく市場のもの、と言うことである
成果主義やリストラの自由のアメリカ式経営も、組織内に市場原理を
導入するためである。大騒ぎとなった郵政改革などは、市場原理に
参加しないものは存在すら許さない、ということである
政治や経済における政策は、官僚の人事にいたるまで
何もかも市場原理を目指したもの、といった観すらある
〜市場原理という「ケダモノの世界」〜
市場原理と自由競争は一体だから、その結果、わが国は激しい
競争社会に突入した。自由に競争して、勝った者が情け容赦なく
全てを取る、という方式である。公平に戦った結果だからよいでは
ないかという理屈である。弱肉強食、食うか食われるかの世界である
『ケダモノの世界である』
勝つか負けるか、食うか食われるか、は二つのうちの一つ
だから、確立は半々と錯覚しやすいが、実際はそうではない
1人の勝者に9人の敗者、というのが普通である
市場原理の行く末は、その最先進国アメリカを見ればよくわかる
上位1パーセントの人が国富の半分近くを占有するという状況に
なっている。自由競争では勝者が10人に1人というだけではない
能力の低い者、差別されている者、運の悪い者などは
負けるのではなく負け続ける
必然的に極端な貧困層、その大多数は黒人だったことは記憶に新しい
彼等は退去命令を知っても、乗って逃げる車もなければ、長距離バスの
切符も買えなかったのである。それそも裕福な白人はあんな低地に住まない
乳幼児死亡率を比べれば、アメリカは貧困な独裁国家キューバより高い。
2004年の統計によると、貧困層(生活受給品を買えない人々、5人家族なら
年収260万未満)は3700万人、国民の13%に達している。
彼等の殆どは医療保険にも未加入である。貧困層はここ4年間の
経済成長にも関わらず増加している。貧困層だけの問題ではない
一般労働者の平均年収は300万円であるのに比べ、企業経営者のそれは
13億円と431倍となっている。1983年には42倍に過ぎなかった
貧富の格差は広がりつつあるのである
貧富の格差を計る指標として貧困率がある。OECDによると、アメリカは
メキシコについで2番目に格差の大きい国となっている。ちなみに日本は
1億総中流は過去のものとなり、5位にまで上がっている
アメリカも日本も、共産主義ではないから貧富の格差をあって一向に構わない
ただ、余りにも大きな格差は社会的不公正といってよい。ところが格差を
たとえ是正しようとしても、貧者弱者を救うべき政府は、「官から民へ」や
「小さな政府」によって弱体化するから、きめ細かな施策を講ずる事が出来ない
市場原理の先にはそんな世界が待っているのである。アダム・スミス以来
自由競争こそ繁栄の道、と信ずるアングロ・サクソンが、そんな世界を当然の
結果として受け入れるのは構わない。しかし、少なくとも日本人にとって
それは無慈悲の世界である。古来より我々の有する美質、惻隠の情の
耐えられるものではない。
アングロ・サクソンにとっても耐えられぬものとなる日は、遠からず
やってくるはずである。いくら鈍感でも市場原理主義の基本的誤りに
気付くだろうからである。共産主義の誤りに気付くのに70年余り
かかったが、市場原理主義の方はその半分もかかるまい
わが国の心情に合致しないばかりか、歴史的誤りでもある市場原理の奔流の中で
日本人は何か変だなと内心戸惑いつつ、「バスに乗り遅れるな」の掛け声に
追い立てられている。「乗り遅れると敗者になる」「自己責任」が脅迫観念
として背後から迫ってくる
古い美質などはかなぐり捨て、とにかく勝ち馬に乗らなければ、と焦り始める
政官財そしてあろうことか学までも、実際ありとあらゆる組織で、人々は勝ち馬に
つこうと右往左往し始めている。形勢をよく観察し、卑怯でも何でも良いから
取り敢えず勝ち馬に乗ることだけを念頭に置くようになった
自らの信念などを貫こうとしていたら生き残れないと思い始めた
〜ホリエモン事件の本質とは〜
武士道の定義とも言える義勇仁は、昭和の初め頃から少しずつ衰退し始め
戦後はさらに衰退が加速されたが、バブル崩壊にともなう市場原理主義は
武士道精神を崖から真っ逆さまに突き落としつつある
日本人の道徳規準であっただけに今後が心配である
とりわけ新渡戸稲造が武士道の中核とした惻隠の情が急激に失われつつ
ある事は、わが国の将来に払拭できない暗雲としてたれこめている
勝ち組の典型と思われているのは、IT業界の若い経営者達であろう
そのチャンピオンは、ホリエモンだった。600万円の元でから始めて
度重なる株式分割を行い、自社株式数を何と3万倍にしている
株式を10分割すれば株価は10分の1になるはずだが、新株が
市場に出回るのに時間がかかるためしばしば株価が急騰する
この機をとらえ、自社株と買収先企業の株式交換による他社を買収するのである
株式交換による買収は1999年の商法改正で認められた方法だが、ホリエモンは
これと株式分割を組み合わせるという錬金術により、瞬く間にライブドアは
7000億円を超える時価総額の会社にしたのである
法律に違反しなければ何をしても良いという勢いだった
これだけの急成長を金融操作でなしとげたから、、ホリエモンが
「カネでできないことはない」と嘯くのも無理はない。外資からの
融資なども利用し、ニッポン放送を買収にかかった時は世間は驚いた
フジサンケイグループ全体の買収を意味するからである
従業員のほぼすべてが反対するのを全く無視しての、力ずくの買収だった。
この際の時間外取引を用いて大量の株式を買うという手法は、証券取引法の
穴をかいくぐったもので、同法の改正につながった
このような強腕に対する国民の反応には少々驚かされた。年配者には「卑怯な」
の声も多かったが、それ以外の層では、若い企業家をいじめているように捉える
向きが多かった。彼等はホリエモンを、社会に漂う閉鎖感を吹き飛ばすヒーローと
捉えたのである。メディアやエコノミストまでがこのような捉え方に加担していた
また、ニッポン放送やフジテレビを低株価に放置し、ホリエモンのつけいる
スキをつくった経営陣の無能を指摘する声や、ホリエモンは資本主義の作法に
従って企業買収にかかっただけ、という支持も多かった
国民の人気が高かったから、総選挙でホリエモンは、改革の旗手と
持ち上げた自民党の後押しにより刺客の1人として立候補すらした
ホリエモンを含むライブドア幹部4人が先頃、証券法取引違反により逮捕されたが、
それは事の本質とは無関係である。勇み足に司直の手が入ったという1エピソードに
過ぎない。ホリエモンに限らず他のIT寵児質も、勇み足をするかどうかはともかく
似たり寄ったりの手法で急成長を遂げている
虚業により億万長者となった小型ホリエモン達は、依然として勝ち馬として羨望の
目で見られている。彼等の主たる手法である株式分割と敵対的買収を、資本主義の
作法に従っただけ、と肯定するんは確かに冷静な見方である
現行の資本主義、すなわち市場原理主義経済では、会社は従業員のものでなく
株主のものだからである。株主が買収に応ずるか否かを決定するのであって
従業員が買収反対の決議をしようとしまいと無関係な話である
IT寵児達は基本的にルーツに従ってゲームをしているのである
事の本質は誰かがこのルールを破ったということではなく、このルールそのもの
市場原理にある。会社が従業員のものではない、というルールは、私の理解を絶する
論理である。株主とは通常、株式を安く買い高く売ることでキャピタルゲインを
狙う人々である。会社との関係は買ってから売るまでの機関に限定される。一日の
場合も一週間や一ヶ月の場合もある。株式保有期間中の株価上昇だけを祈っている
売り抜けた後は株価下落を望む人もいるだろう。再び買うチャンスがくるからだ
会社への愛情は皆無といってよい。
しかるに従業員は、多くの場合、会社を愛している
日本の企業では愛社精神が強い。学校を出てから定年まで
働く人も多い。会社にとっては株主などとは比べられない人々である
株主中心主義とは、資本の論理が人間の心の上位にくるものである。
他国はさておき、断じてわが国のものではない。長い目で見ると企業の
繁栄にとっても良い結果が出るとは思えない。だからこそ論理一辺倒の
アメリカでも、敵対的買収には多少の規制が加えられている
■コメント■
市場原理主義とは全て市場にまかせろ、規制は出来るだけ排除し、自由に
経済活動が行えるようにすると言う、会社は株主の者とされる主義である
その米国では、貧富の格差が凄まじく、健康保険ですら
市場原理主義の元に行われている。そのような社会である
今思えば、ホリエモンの登場で日本企業は救われた
本来なら今年から解禁されるはずであった外国株式による日本企業の
株式交換が行える「三角合併」が1年間凍結された。株式時価総額の
規模が小さい日本企業は猶予を与えれて救われたのである
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市場原理主義で「中流」層がなくなるとききます。こんな社会になったら日本はめちゃくちゃになりそうで恐ろしいです。。
2006/3/4(土) 午前 3:34 [ - ]
アメリカ自身が、自由主義採用の結果、中小企業が衰退しまともな技術継承や開発が出来なくなり、全て外国の世話になっている現実こそエセメディアどもは伝えていない。反日反米のクセに日本を亡国に導くためなら、アメリカ賛美さえする。さっさと出て行け!偽日本人共!!
2006/3/4(土) 午後 4:08 [ 震電改 ]
これは明治維新直後の、西洋という「ケダモノの世界」に飛び出た以来のインパクトになるかも知れませんね。どこの国でも特異な事情や法・慣習などが存在していい訳で、決して世界の基準=米国の基準に合わせる必要性は全くないんですよね。民族性(例えば武士道)や国家の特徴などを考慮しないと、それこそすぐにガタが来るような非常に脆いものになってしまうのは目に見えています。
2006/3/4(土) 午後 5:12 [ gol*t*to*t2006 ]
oitekeboriさん、市場原理主義の社会では「中流層」は極端に減ってしまうでしょうね。失業者は増え、人間関係は希薄となり、犯罪は拡大の一歩を辿ることになります。日本はめちゃくちゃになってしまうしょうね。残念ながら・・・(>_<)
2006/3/4(土) 午後 7:47
shindennkaiさん、日本の大手テレビ・新聞社は国家観が欠如して真実を伝えないから腐ってますね。一番マシな産経ですら物足りません。米国は自国の製造業が衰退したツケを日本の優良製造企業を三角合併で我がモノにしようと狙っていますね。間違いなく。その手助けをしているのが、国家観の欠如した、親米ポチ小泉・竹中と親米エコノミスト・経済人であります。
2006/3/4(土) 午後 8:01
goletitoutさん、そうです。米国の基準にワザワザ合わす必要など全くないんです。米国の見習うべきシステムもありますが、市場原理主義や医療制度などは絶対に真似すべきではありません。哀しいですがこのままでは脆く危うい社会となっていくでしょうね(T_T)
2006/3/4(土) 午後 8:09
こんにちは始めまして。
ブログを始めたばかりです。
私のブログにも遊びに来てください。
2009/8/10(月) 午後 8:18 [ 悲歌慷慨 ]