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アナログこそ永遠なり
(フジサンケイビジネスアイ 2007/1/17 エコマインド・竹田恒泰)
蔵書印を作った。
私は1万冊以上本を持つが、1冊ずつに蔵書印を捺印しながら
「自分が死んだらこの本たちはどうなるのだろう?」と本の
将来に考えを巡らせていたら、ふとこんなことを思った。
いろいろな種類のメディアがあるが、最も環境に優しい
メディアは「本」ではなかろうか。
昔あまねく普及していた
「カセットテープ」「フロッピーディスク」「レコード
はほとんど姿を消し、「ベーダ」というビデオの規格は、
今は全く使われていないし、「レーザーディスク」や
初代「ファミコン」も今や入手困難だ。
ハードとソフトが分離している媒体は、ハードが
なくなった時、そのソフトはゴミになる。
永遠に作り続けるハードは存在しないのだ。
アナログこそ永遠なりで、それらのソフトは
理論的に一定の時間しか使うことができない。
しかし、活字媒体は人間の体がハードになるので、
100年経っても簡単に情報を読み取れる。
現代人は古書から昔のことを知り、そして古代の木簡、
古墳の壁画などから1000年以上昔のことまでも知る
ことができるのだ。
活字の中でも木は「残る」という点では他を凌駕する。
たとえば新聞と雑誌は、捨てることを前提としているが、
本は捨てないことを前提としている。
また本は不要になったら古本として他人の手に渡っていく。
私の持つ本にも、既に2つの蔵書目が押してあったものもあった。
恐らく私が死んだら、蔵書は古書店に引き取られていくことだろう。
一方、デジタルの情報は脆弱ではなかろうか。
PC内のデータを100年後まで残せる自信は私にはない。
100年後に平成の時代を調べる研究者は大変な苦労を強いられるだろう。
しかし、活字以上に「残る」ものがある。
それは、口伝ではなかろうか。
活字は燃えたら灰しか残らない。
しかし、口伝はいかなる物質が朽ちようとも、人々が
大切にしている限り何千年も語り継ぐことができる。
古事記も何世紀も口伝で伝わった
神話を8世紀に活字にしたものだったし、
伊勢の神宮は御遷宮により、20年ごとに古代の
建物を寸分の狂いもなく再生し続けている。
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竹田恒泰氏は旧皇族の作家である。
昨年の皇室典範改正の時には、積極的に男系の重要性を訴えて活動していた。
作秋から始まった本連載は、環境を中心のネタが多く、新たな事実を知ること
が出来、貴重な情報源となっており、楽しみにしている記事なのだ。
さて、本題に入ろう。
竹田氏は本を1万冊をも持っているという。凄い数だ。
数えた事はないが私の場合、書籍・雑誌・単行本合わせても、千冊もいかない
と思う。着実に増えてはいるが、1万冊になるまでは遥か及ばない。
私は本が好きで、週末には必ず中の上規模の行きつけの本屋に出向き、本をじ
っくりと物色をする。ハードカバー、新書、文庫、膨大な数の本が出版される
中で面白そうな本を探すのは楽しい。
最近は、新書が売れているらしく、幻冬舎や朝日新聞社が参入したようだ。
新書はハードカバーの半額くらいで買えるし、文庫よりも紙質が優れ、場所も
あまり取らないので好ましい。産経新聞社や小学館も参入するかもしれない。
書籍と違い、読んだら終わりの役目に近い、雑誌がある。
余り気にしてなかったが、去年聞かれたので何誌購入しているか調べてみた。
週刊誌2、隔週誌1、月刊誌7、隔月誌1、計12雑もあり、自分でも驚いた。
これだけあると発売日が楽しみで、特に定期購読で配送される雑誌は、
書店発売よりも早く手にはいるので、少々得した気分になる。
昨今は、活字離れが顕著で、本を読まない人が増えているという。
私からすれば、信じられないのだが・・・。
インターネットの普及により、本を買わなくても、新聞を読まなくても、
情報を収集出来る時代となったことも原因の一つであると思われる。
しかし、ネットはPCを立ち上げ接続せねばならない。
本はその点、気軽で簡単に手に取ることが出来る。新聞も同じだ。
1時間、ネットで記事を読み続けるのと、本を1時間読むのとでは、疲労度が
驚くべく程違う。PCはとても疲れるのだ。だから長時間の閲覧はあまりした
くはない。両方を上手く使いわけて、補完するのがベストだと思う。
竹田氏が述べているように、後世に記録を残すのもアナログ式が適切である。
デジタルはハードとソフトなければならず、故障などにより未来へ伝えるには
困難が伴う可能性がある。
しかし、本は字が読むことが出来、保存さえしっかりとしていれば伝えられる。
そして、口伝も有効な手段である。我が国には貴重な戦争体験者がまだ生存して
おり、後世に伝えて欲しいと願うばかりである。
昨年末に、伊勢神宮に参拝した。
「御遷宮」の土地が儲けられており、そこには神聖な空間が存在していた。
2013年・平成25年の予定だという。
http://www.isejingu.or.jp/sikinen/sikinen.htm
日本に8万・・・あると言われる神社の総本山の伊勢神宮の1300年も
続いている伝統の神宮式念遷宮に行きたいと思うのである。
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今勤め先で全社で使えるシステムを外注して制作してます。これがひどいの!アナログ処理なしでは全く仕事がもれるのは間違いなし。でもある世代の人たちはPCやシステムを魔法のごとく思っていてアナログ処理をしないようなシステム作りを目指した結果、さらなるアナログ化を招いています。アナログを補佐するデジタルなんだと思います。竹田様1万冊ってすごいですね!!
2007/1/20(土) 午後 10:13
口伝に言及されているのがとても嬉しかったです♪化学物質過敏症となってから、娘が大好きな本も教科書も開けなくなった時、自分の知っている事は全て口で伝えようと決心致しましたが、その時に、古くは、語り部が伝えてきたものが民族文化の全てだったという事を思い出しました。紙と鉛筆と語る事で伝えられないものが殆どない事を実感しております。伊勢神宮の式年遷宮は6年後だったのですネ・・20年毎に10年かかる壮大なプロジェクト、永い歴史を経てあらゆるノウハウが詰まった叡智の結晶です♪こうもり
2007/1/21(日) 午前 1:04
rui様、その通りですね。アナログは基本であって、無視して行えば、そのツケが廻ってくる良い事例と言えるでしょう。アナログがあってのデジタルなので、その事を忘れてはダメですね。竹田氏の1万冊は大したもの。途方もない量で、目が眩みそう(^_^;)
2007/1/21(日) 午後 0:35
こうもり様、その環境では口伝がとても重要になりますね。口伝は親子のコミニュケーションには最適でしょう。語り部は古くから伝わる民族文化、現代社会では忘れ去られている気がします(>_<)。最も信頼出来る術が、紙と鉛筆と口伝であって、竹田氏の述べている通りデジタルは便利ですが、信頼性に欠けますので。伊勢の式年遷宮は是非とも行きたいです。長い歴史の伝統文化をこの目に焼き付けたいと思っています♪
2007/1/21(日) 午後 0:52