天照大神のお食事を司る神の豊受大神宮をおまつりしています。 内宮創建から500年後に山田原に迎えられました。 衣食住をはじめあらゆる産業の守り神です。 31日の9時過ぎに到着。 外宮の入り口は、この北御門口参道と、 第一鳥居口参道の2つの入り口がある。 手水の作法は、左手・右手の順で手を清め、左手に 水をすくい口をすすぎ、最後に左手を洗い流します。 柄杓に直接口をつけないのが礼儀です。 皇室から牽進された神馬(しんめ)が飼育されている。 照れ屋さんなのか、一向にこちらには向いてくれなかった。 内宮と同じ唯一神明造の様式ですが、鰹木は9本で千木 が垂直に切られているなど、幾つか異なる点があります 御正宮の敷地は東西に2カ所あり、20年に一度の式年遷宮で 社殿が新しく建て替えられます。平成25年にはここに新しい 社殿が建て替えられます。 ここは西の御敷地です 東の御敷地と同じ広さがあり、20年に一度、御正殿を始め、 御門・御垣などの御建物と御装束神宝のすべてを新しくして、 大御神様に神宮へお遷りいただくお祭りが式年遷宮です 天武天皇の仰せにより、次の持統天皇四年(690)に第一回が行わ れて以来、現代まで千三百年間にわたって受け継がれてきました 来る平成二十五年の第六十二回式年遷宮には、ここに新しい 殿舎が建てられ、大御神様のご遷座を仰ぎます この大祭には古代より常にみずみずしく、国も人も若がえり、 栄え行くようにとの深い祈りが捧げられてまいりました 神宮支庁 大土乃御祖神をまつる別宮です。 古くから山田原の鎮守の神としてまつられ、外宮創建 後は宮域の地主の神としておまつりされています。 豊受大神の荒御霊をおまつりする別宮です。 山の頂にあるため古くから高宮と呼ばれていました。 風の神をおまつりする別宮です。 鎌倉時代の元寇の時、神風を吹かせて日本を お守りになった神として知られています。 ご祈祷のお神楽や御饌を行う御殿です。お札やお守りも 授与しています。鎌倉時代風の屋根が美しい建物です。 手水の作法は、左手・右手の順で手を清め、左手に 水をすくい口をすすぎ、最後に左手を洗い流します。 柄杓に直接口をつけないのが礼儀です。 古代の装飾具の勾玉の形をした池で花菖蒲で有名。 伊勢神宮で買った御朱印帳。色は2種類あった。 伊勢神宮内で、観光案内風の人を発見。参拝後に、この案内所 を見付ける。どうやら無料でご案内を頼めるらしい。 次の来るときは、お願いしてみようと思った。 外宮参拝後、美味しいと聞いていた伊勢うどんを食べようと思い、 通行人に尋ねると、とても親切に対応してくれ、店まで案内して くれたのだが、開店まで後30分あると言われる。(午前10時半過ぎ) 御礼を言って早歩きで、探してみたが、次の店は今日は休業日だと 言われてしまう。この時点で、10時40分。11時05分初の快速みえ 8号に乗らないと、次の快速みえは1時間後になるので、潔く諦める。 (11時20分の参宮線では津まで56分も掛かるので) 後少しでJR伊勢市駅というところで、若草堂を発見。 伊勢うどんの看板を発見し、快速みえは諦めて参宮線で 行こうと決めドアを開けて入る。この時点で、10時45分。 伊勢うどんを注文し、会計を済ませ、スポニチを読んでいると、 10時55分に念願の伊勢うどんを食べることが出来た。汁は少なく 見た目は濃いのだが、味は薄くてアッサリとしてとても美味しかった。 得意の早食い5分で食べて若草道を後にする。 ダッシュで、JR伊勢市駅に向かう。どうやら乗れそうだ・・・。 外宮参拝前に、コインロッカーにキャリーバッグを 置きに来たときに撮影していた画像。 近鉄伊勢市駅よりは、栄えており、こちらがメインの模様。 買い物をするには、少々物足りなさそうな印象。 1時間に2本しか電車がなく、快速みえ8号は車両が2両しかない。 同時刻に近鉄は9本もあり、東海地区は関西と違いJRは不人気な模様。 これは名古屋に行っても痛感した。 快速みえ8号は、2両しか車両がないのに、指定席間であり驚いた。 車掌さんに「そこは指定席ですよ」と言われ、慌てて、普通席に座る。 青春18切符では座ることは出来ないからだ。 11:05分、また来るぞと思いながら伊勢を発車。三重県・津市へ向かう。
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神社・神道
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皇室のご祖神の天照大神をおまつりする、我が国で最も尊いお宮です。 五十鈴川の川上に千古の森に囲まれて、2000年の時を超えて古代の ただずまいを今日に伝えています。 30日の正午過ぎ、近鉄特急で近鉄伊勢市駅に到着。 田舎だ・・・。 庶民の私には落ち着く印象。 歩いて5分程度の場所にあるホテルに向かう。 外宮前にあるバス停でバスに乗り到着。 歩いて行くには遠すぎるようだった。 神社の総本山である、伊勢神宮・内宮の表玄関、 宇治橋鳥居。存在感は圧倒的だった! 五十鈴川に架けられた木造の橋は神宮の表玄関です。 長さは101.8m、両はじにある鳥居は、旧御正殿の棟持柱を リサイクルしています。 通り掛かったときは、誰も利用しようとしてなかった。 私が立ち寄ると、そうだと言わんばかりに人が集まって きた・・・。 単純にうがいをするかの如く口をすすぎ、吐き散らす ようなマナーの悪い人もおり、みっともないと感じる。 手水の作法は、左手・右手の順で手を清め、左手に水をすくい 口をすすぎ、最後に左手を洗い流します。 柄杓に直接口をつけないのが礼儀です。 心地よい景色の川、五十鈴川。 思わず立ち寄りたくなるような雰囲気。 お守りから、お札、神棚まで、様々な神社アイテムが 揃っていた。神棚が欲しかったが、結構な価格で断念。 近くで撮影をしようとしたが、拒否されてしまう・・・。 厳粛な雰囲気に包まれており、思わず緊張してしまう。 2拝2拍手1杯の作法で参拝を無事に果たす。 付近での撮影は禁止されていて、警備員が居たのが印象的。 社殿の中心の御正宮は四重の垣根に囲まれています。 唯一神明造の古代の様式を伝え、茅葺きの屋根には10本の 鰹木がのせられ、4本の千木の先端は水平に切られています。 御正宮の敷地は東西に2カ所あり、20年に一度の式年遷宮で 社殿が新しく建て替えられます。平成25年にはここに新しい 社殿が建て替えられます。 ここで終了、出口へ向かう。 ぶらっと周り、午後五時前頃立ち去る。 他に、「神道学科」があるのは國學院しかないようだ。 画像がないのは、バスが超満員で撮影は不可能だった為。 〜お伊勢参りは外宮から〜の通り、 実は最初に外宮に参拝をしたのだが、翌日に旅立つ前に 外宮でもう一度参拝すると決めていたので、内宮参拝の 記事からアップしたのであります。 伊勢神宮参拝の切っ掛けは、ゴー宣で読んだのが切っ掛けだった。 細かく描写された内容で、是非とも行きたくなったのだ。 その後、某ブロガーからの情報を得て、参拝に赴いたのであります。 詳細な情報を教えてくれた方、どうも有り難う<(_ _)>。 とにかく広い。そして厳粛な神社という印象だった。 流石、伊勢神宮。単なる先入観かも知れないが、それで結構。 また行こうと来たいと思った神社は、靖国神社に次いで2回目。 全国に8万もあると言われる神社の神社の本宗である伊勢神宮。
外宮・内宮と相応の規模を誇り、豊受大神と天照大神を祀る、 日本人の心のふるさとと言われる伊勢神宮・お伊勢参りに、 日本の保守ならば行って戴きたいと思う今日この頃なのだ。 |
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2006年10月8日、宮島・厳島神社へ参拝をする。 世界遺産、国宝・重要文化財に指定されているだけ あって、美しい神殿造りの建築様式だった。 鳥居は干潮の時には歩いて行くことが可能となる。 連休中と言うこともあり、余りにも人が多いため断念。 別表神社に定められている速谷神社に参拝する。 交通安全祈願で有名らしくお守りを買いたくて、急遽立ち寄る。 木々に囲まれて、厳粛な雰囲気を感じる。 JR山陽本線・宮島口駅か(広島駅から27分)、 広島電鉄宮島口駅(広島から60分)から歩いて5分程 で着くので、交通の便はとても良かった。 宮島は厳島神社以外にも有数の施設がある。 大願寺、大聖院、宮島水族館など盛り沢山。 山に登ればロープウェーもある。 日帰りで行くよりは、一泊はしてゆっくりと観光する のがベストだと思われる。日帰りでは、とても廻りき れなかった。また機会があれば来てみたい。 速谷神社は、縦長の地形で、鳥居から楼門までの間が 長く、神社に参拝をする気分が盛り上がる。 別表神社であるせいか、土地が広く、風格が感じられた。 社務所で御朱印をお願いすると、とても愛想が良くて、 好印だった。 全国有数の交通安全の守護神として、広くマイカー族の 信仰をあつめているそう。 どちらもお勧めの神社である。
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8月15日、7時起床。 フジテレビのめざましテレビで、首相の靖国参拝を知る。 昇殿参拝中にかなりの雨が降っているようで、 「雨か、嫌だなと一度は思うが、いやこれは "英霊の感謝の泪" だ!」と思い直して、参拝を見守る。 爽快な気持ちで支度をするものの、 長旅の疲れからきた腰痛に苦しみながら着替える。 底の薄いコンバースのスニーカーで(ALL STAR) 歩き回ったのが大きな原因だと痛感する。 今日もこのスニーカーで歩き回るかと思うと・・・ 朝食を済ませて、素早くホテルを後にする。(新宿) 東京駅のコインロッカーに増えてしまった荷物を 入れたいので東京メトロ丸の内線で向かう。 メトロと都営合わせて12線(新線を除く)もあり、縦横斜めと入り乱れ交わり、 非常に苦労した。おまけに、地上から10分も歩かされる事もざらだった・・・。 長い通路に長い階段。上りと下りが階層に分かれている所もあり、私のような 田舎者や、足の悪い人、お年寄りには辛いだろうと思われる。 巣鴨プリズンに向かうべく、池袋を目指す。 サンシャイン60の横にある東池袋中央公園内にある。 ここは元監獄であり、国際法を無視した、極東国際軍事裁判・BC級戦犯裁判 で裁かれた、いわゆるA級戦犯・BC級戦犯とされた人達が無念にも収容され 処刑された場所。 感謝と哀悼の念を捧げ、黙祷をして、後にする。 ・浅草寺・浅草神社・湯島天満宮・旧岩崎邸庭園・江戸東京博物館 に行く。じっくり見たいものの、時間の都合でハイペースで廻る。 午後15時30分過ぎに地下鉄九段下駅下車。九段会館に向かう。 駐車場にいた初老の職員らしき人に九段会館について尋ねる。 細かく教えて戴いたが、完全にど忘れしてしまった・・・。 (旧・軍人会館で歴史的な建造物だと聞く) 来年はここに宿泊しよう。 靖国神社に向かう途中で、法輪功信者らしき複数の中国人が 『特報 中国で大規模な臓器狩り』のチラシを配っていて、 受け取る。改めて、邪悪な中共に対して怒りを覚える!! 今振り返ってみれば、話かけて詳しく聞いてみれば良かった と後悔。来年、また居れば話を聞いてみようっと。 午後4時頃に靖国神社に到着。 この時間帯でもかなりの人が多い。 手水舎で身を清め、二拝二拍手一拝の作法で靖国神社に祀られている 2,466,532柱の御祭神に感謝と崇拝の念を捧げて参拝する。 昇殿参拝をしたかったものの時間の都合で断念。 来年こそは昇殿参拝を必ず行うと決心をする。 明治神宮・東郷神社・神田明神・氷川神社等あらゆる神社で観察 してみてもそう感じた・・・残念。 遊就館の見学は二度目。 8月15日と言うこともあり、大勢の人で溢れていた。 昨年以上に若い人が(特に女性)が多くいるように感じる。 日本の歴史を紹介しているパネルも見応えがある。 見所は、遺影と遺言書が公開されている展示室。 ここは涙なしには見学は出来ないだろう。 時が熱狂と偏見とを やわらげた暁には また理性が虚偽から その仮面を剥ぎとった暁には その時こそ正義の女神は その秤を平衡に保ちながら 過去の賞罰の多くに そのところを変えることを 要求するであろう この言葉は顕彰碑に記されている パール博士の意見書の結語である。 パール博士は極東国際軍事裁判において A級戦犯被告に対して全員無罪論を主張した。 激動し変轉する歴史の流れの中に 道一筋につらなる幾多の人達が 万斛の想いを抱いて死んでいった しかし 大地深く打ちこまれた 悲願は消えない 抑圧されたアジアの解放のため その厳粛なる誓いに いのちを捧げた魂の上に幸あれ ああ 真理よ あなたは我が心の中にある その啓示に従って 我は進む 一九五二年十一月五日 ラダ・ビノード・パール 大亜細亜悲願之碑に刻まれている全文 パール博士は広島市の住職から原爆慰霊碑の 「安らかに眠ってください。過ちは繰返しませぬから」に 代わる碑文を頼まれてこの詩を揮毫したという。 靖国神社参拝は今回で二度目。 江戸城の休館日の影響で14,15日と行く事になってしまった。 予定外だった為に段取りが悪く、後悔する事となる。 8月15日は靖国一本に絞るのが賢明だったかも知れない。 14日に遊就館を見学をして、15日に早朝に行くべきだったと 後悔した。小泉総理の靖国参拝と知識人の提言を聞きたかった。 (今年は、稲田朋美氏、林建良氏、百地章氏が行う) 昨年は戦後60年の節目の年で、手元にある資料によれば、午前中 は平沼赳夫氏、クライン孝子氏、長谷川三千子氏、小野田寛郎氏 が行い、(この時間帯は遊就館を見学していたので聞けず) 午後の石原都知事、西村慎吾氏、松原仁氏、山谷えりこ氏ら議員の 提言を聞いて感慨無量となったのを想い出した。当時は人々が溢れ 非常に盛り上がっていた。 これだけの保守政治家や保守系知識人が一同に集まり真っ当な提言を 聞ける機会は滅多にない。とても貴重で価値ある時間でありました。 去年の出来事を思い出しながら、午後17時30分には靖国を立ち去り 東京駅に向かう事となる。(午後7時台の東海道山陽新幹線に乗る為) 2泊3日の東京の旅を回想しながらフィナーレを迎える真っ直中に、 まさか・・・あの悪夢のような恐ろしい不幸に遭遇するとは!!! この時は夢にも思いませんでしたとさ。 ひぇ〜━━━━━━ヽ(゚Д゚)ノ━━━━━━ひぇ〜 ノ( ̄0 ̄ \オー!!ノー!!!!おしまい。
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\オー!!ノー!!!!




