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あまりに暑い今日この頃。 清涼感を求めたいと過去の冬に撮影したカットから。 JR東日本 只見線 柿ノ木駅は今年の3月ダイヤ改正までは駅として機能していました。 改正後は臨時駅の扱いですが、実質廃止されたに等しいです。 年表 1951年(昭和26年)3月1日 国鉄只見線の柿ノ木仮乗降場として開設。 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化によりJR東日本に承継。同時に駅に昇格する。 2013年(平成25年)3月16日 臨時駅に降格。定期列車はすべて通過。実質的に休止駅で廃止と同じ。 数件の民家がある小さな集落の駅ですが、はっきり言って利用客はいないに等しかったです。 それでも地元の方が大切にしていた感じがしました。 JR化のタイミングで駅に昇格したのもちょっと不思議な感じがしますが・・・ 本数も限りなく少ない路線の小さな駅だけに、雪に囲まれた時期は余計寂しさ感じました。 |
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こんばんは。
かつて、この駅を乗降駅として、日鉄鉱業入広瀬鉱山の社宅があったと聞いたことがあります。
数年前に社宅跡を調べに行った方が居て、その時は既に何の痕跡もなかったそうです。
2013/7/12(金) 午後 10:41
こんばんはやぶがらすさん。
過去には入広瀬方向に黒又川仮乗降場もあった様ですね。
鉱山の跡もすっかり自然に戻ったのではないでしょうか?
2013/7/13(土) 午後 8:00 [ かしゃ猫 ]
ちょっと黒又電源話が耳に入ったので 覚えている事を記入させてください、昭和35年前後ですが入広瀬や上条 只見で電源開発のダム工事が盛んになりコマツ等の大型ダンプも搬入されて黒又第一第二ダム開発がありました、正確に言えば本当はダムは3ケです、只見線も黒又駅(無人)があり降りると社宅が沢山ありました、柿ノ木駅も同じで日鉄の鉱山社宅があり150人位いて大白川を含めるとその倍くらいの社宅人口でした、その頃は付近に銅山もああって近くのアブルマ川も石が赤く染まっていましたよ、煙を吐いて走っていたSL(汽車)の大白川が只見線の最終駅で日鉄の鉄索でケイ石が駅まで搬石リフトで運ばれ貨車に積まれると言う流れでした、そののち大白川から田子倉にトンネルが出来福島と繫がった只見線です、産業を失った今は人の気配もなく電車もガラガラと空箱が動いてるみたいです、
あの北魚沼郡入広瀬村も都会の(東京)方にも山菜王国の名が轟いていましたが今わさっぱりですね、だから山も川も無断採取禁止にすると人の代わりに動物が増えるのかもしれませんね、ありがとございました
2018/5/20(日) 午前 10:21 [ yos***** ]