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南蔵院ご住職3代記

南蔵院ご住職3代記

国民のために汗を流しておられるのは、国会議員・地方議員の偉い先生方だけではありません。地方で地域を支えている役所の方々や、多くのボランティア団体の方々もそうです。また、各地にある神社やお寺も、その土地の人々の心の拠り所となり、支えてきたことも歴史の中で間違いありません。
 
11月17日のブログ(JR九州ウォーキング 南蔵院・篠栗)で篠栗を紹介しました。その中で、南蔵院の「林ご住職3代」を別の機会に報告するように書いていました。やっと、まとまりましたので、今日ご案内いたします。
                      南蔵院 釈迦涅槃像
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南蔵院ご住職3
 
1.林覚運18751945
 
篠栗の霊場は安政2年(1855)、地元の有志が力を合わせて浄財を集め、八十八体の仏像を設置して完成させたといいます。
しかし明治政府による神仏分離によって、廃業の危機に至ります。この時も地元の人々が霊場存続の活動を展開したそうです。篠栗の人々は10年以上にわたって、高野山真言宗大本山金剛峰寺に請願を続けました。そして明治32年、高野山千手院谷にあった南蔵院の寺格を移して篠栗霊場の総本山とする認可を受けたのでした。
篠栗南蔵院の初代住職には、高野山本覚院で学んだ若き24歳の林覚運(明治8年生まれ)が選ばれました。各札所は地元農家の人々がお守りを引き受けました。
林覚運はわずか4畳の粗末な仮堂を建て、活動を開始します。弘法大師の遺徳を多くの人々に伝えるために近隣各地を転々として、説教で信者を増やしていきました。
大正時代のこの辺りは筑豊炭田、糟屋炭田など石炭採掘の最盛期でした。日々危険と向き合って仕事をする坑夫の信仰も集めていきました。当時の炭坑には多くの朝鮮半島の人々が強制的に徴用されたり、劣悪な環境で働かされていました。
林覚運ご住職はそれらの人々に飲み物や食べ物を施し、冬には着物をあげて、また逃げ出した者を匿い救出しました。
篠栗遍路は昭和初期には福岡、佐賀、長崎などから参詣が増え、南蔵院は「篠栗四国本寺」と呼ばれるようになります。
 
 
2.林覚雅19251989
 
2代目住職は林覚雅(大正14年生まれ)。戦時中は召集され、終戦を朝鮮で迎え捕虜収容所に入れられました。帰国した時には先代の覚運は70歳で亡くなっていました。
昭和21年、南蔵院の住職を引き継ぎながら、高野山大学を卒業、篠栗小学校の教諭を務めています。教諭の経験は林覚雅の活動に大きな変化をもたらします。
彼は「場を見て法を説け」として、宗教色を薄めて説教から講演の形を取り入れ人気が出てきます。大正時代の覚運と同じく、昭和20年代の覚雅も炭坑で働く人々の世話をする事が多く、差別民の面倒も見るなど、分け隔てなく人々と向き合っていました。
林覚雅は南蔵院の興隆に尽くす一方、教育委員会委員長を務め、昭和48年(1973)福岡県教育文化功労賞を受けています。南蔵院に新しく大師堂を完成させた覚雅は平成元年(198964歳で亡くなりました。
林覚雅の講演の語りは多くが残されています。幾つか紹介します。
 
人間と言うのは誰でも幸せや生きがいを求めています。でも、幸せや生きがいというのは、人から与えられるものでは無く、自分の心で感じとるものなのです」。
 
接待というのは人を喜ばしさえすればいいのでしょう。人の為に役に立てば良いのです。笑顔もありがとうの一言も接待です。だから人と接する時には、にこやかな笑顔が良い訳です」。(注:接待とは巡礼者のお世話を言います)
 
林覚雅の時代は巡礼の全盛期であり、地元の人々だけでなく、外来者、特に遍路の世話や面倒を見ることで祈祷寺としての機能を果たしました。
人間同士の社会的な絆を作り上げる役割を林覚雅ご住職が担っていたのですね。
 
 
3.林覚乗1953〜 )
 
篠栗南蔵院3代目は林覚乗(昭和28年生まれ)です。高野山大学密教科を卒業し、真言宗ホノルル別院駐在開教師を経て、昭和55年(1980)に南蔵院住職となります。
覚乗は父が亡くなった平成元年から以降、南蔵院の寺院としての性格を祈祷寺から死者供養や先祖供養を中心としたものに転換して行きます。同時に檀家の要請で永代供養を開始しています。お寺の維持(経営)・存続をどうしたら良いのか? 時代の流れに臨機応変に対応することを迫られたのです。
平成7年(1955)、二つの納骨堂と巨大な釈迦涅槃像を完成させます。全長41m、高さ11m、重さ300トンで青銅(ブロンズ)像としては世界最大です。
涅槃像の完成大法要では、全世界から1300名の僧侶が出席しました。当時のアメリカ大統領ビル・クリントンからも祝辞が寄せられました。涅槃像の体内には仏舎利(釈迦の骨)が納められています。
南蔵院納骨堂は浄土真宗、禅宗、真言宗、日蓮宗、天台宗、キリスト教など宗派を問わずに受け入れています。
南蔵院は「宝くじのお寺」としても有名です。林覚乗は宝くじで1等と前後賞で13千万円に当選していて、「ラッキー住職」、「宝くじ住職」と呼ばれています。
涅槃像に当選を祈るとご利益があると、マスコミで評判になりました。
宝くじで当てた13千万円のほとんどは福祉団体に寄付されました。
林覚乗ご住職は言います。
 
宝くじに当たっても絶対に独り占めにしないこと。一割は寄付をする心を持つ人になりなさい。そうすると仏様は再びご利益を与えてくれます」。
 
神社やお寺は営利企業ではありませんが、社寺・本殿の維持管理は大変であろうと感じます。一般の声の中には「南蔵院はお金儲けを・・・・」と言うのも聞いたことがあります。でも戦前と今では、物の価値も考え方も違います。香椎宮に行っていつも思います。
境内の中の末社など屋根が壊れているところが沢山あります。庶民の心の寄り所である神社は綺麗であってほしいと思っています。もっと浄財を稼いでも良いのでは、と思っているのです。格式よりも多くの人々が寄り集まる心休まる場所の提供が大切です。
 
そして、林覚乗ご住職は南蔵院戦略のキーワードを「心のやすらぎ」、「心ゆたかに生きる」とし、説教(講演)を通して我々自身に「今、幸せかどうか?」の真意を問うています。
 
      「心ゆたかに」を説かれる 林覚乗ご住職      
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林覚乗ご住職の説話は、沢山あるのですが、うっちゃんが感動したお話を一つ紹介します。

某お寺のご住職ご夫婦の話です。ご夫婦の子供達は大きくなり、社会人として独立したので、空いた部屋を地域の役に立つことに利用しようと考えました。

一つは身寄りの無い女の子を引き取って育てることにしました。女の子は小さい時からお母さんの女手一つで育てられてきましたが、そのお母さんが病気で亡くなったのです。もう一つは近所の子供達に何かを教えようということになりました。ご住職は得意な”習字”を、奥様は大好きな”生け花”を子供達に教えることになりました。
その時には、引き取った女の子も一緒の席に座らせて教えていました。

女の子は本堂のお掃除の手伝いをしたり、奥様と一緒に庭や花畑の手入れをしたりと、お寺の生活にも慣れ、また、習い事に通う子供達とも打ち解けて仲良くなりました。
沈んでいた顔にも、笑顔が溢れるようになったのです。

半年ほど経ったある日、奥様は、学校に行っている女の子の部屋の横を通るときに、中を覗き、「エッ」と驚いたまま動けなくなってしまいました。
あまりにも奥様が戻ってこないので、心配して住職が行ってみると、奥様は手で顔を覆い泣いていました。
ご住職が女の子の部屋で見たものは・・・・習字の墨で「おかあさん」と書いた半紙が壁に貼ってあります。その壁の下にミカン箱が置いてあり、その箱の上には、ジュース缶に畑に咲いていたコスモスの花が一輪さしてありました。
これが死んだお母さんの仏壇の代わりだとは、ご住職にも直ぐに解かりました。

奥様は不憫に思って泣いていたのです。
女の子が、お寺に来た頃の夜、布団を頭から被って「おかあさん、おかあさん」と小さな声で呼びながら泣いていたことも知っています。

奥様はご住職に言いました。
「もっといい仏壇と花瓶を買ってあげましょう」

ご住職は仏壇の代わりのそれらを、じっと見つめながら静かにいいました。

「私は今までにこんなに素晴らしい位牌を見たことがない。こんな素晴らしい花瓶に飾られた花も見たことがない。こんなに心のこもった仏壇はお金では買えない。この子の優しい気持ちを大切にしてあげたい。このままにしておこう」

奥様は涙顔の中に笑みを浮かべ、「そうですね」と頷きました。


このお話から”林覚乗ご住職”は何を言いたいのか?
「心の豊かさ」だと思います。
どんなに高い学歴、高い地位、高い収入、立派な住宅、高級車を持っていても「豊かな心」が欠けていれば幸せとは言えません。

話の中の女の子、小さいけど、優しい豊かな心を持っていると思いませんか?
ご住職と奥様から教わった「習字」と「生け花」だけで、最高の優しい心を表現したのです。
林覚乗ご住職はこの説話から、「心豊かに生きているか?」を我々に問うておられるのだと思います。


現在、南蔵院は「パワースポット」、「スピリッチュアルスポット」として、特に若い女性たちの間で絶大なる人気を集めています。
韓国人訪問者も年間数万人を越えます。炭坑で強制労働させられた多くの人々を救った話が韓国で広まったそうです。
 
 
南蔵院三代のご住職のお話を知るにつれ、人間の幸せについてもう一度考えさせられた気がします。うっちゃんは無宗派ではありますが、神様や仏様は尊び敬っています。
神様や仏様はご先祖様と思っています。ご先祖様から教えていただいた”人として生きる道”を裏切ってはいけないと思っています。
林覚乗ご住職が説かれる「心のやすらぎ」、「心ゆたかに生きる」をキーワードに、廻りから愛される小さな幸せを持ち続けられたら良いなと思います。しかし、これらを口で言うのは簡単だが、誘惑も多いこの世の中、なかなか難しいのであります。
 
 
今回の話は「仏教寺院の近代化と地域社会」(鈴木正崇)、及び他から内容を拝借し、まとめさせて頂きましたこと記しておきます。
 


 


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