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香椎うっちゃんのブログ
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雁ノ巣飛行場  
福岡市東区の国際空港 ①」の続きです。
昭和11年(1936年)、郵便・通信・交通を管轄する逓信省(ていしんしょう)告示1223号で「次の飛行場を指定する」と発表しました。
、東京飛行場   、大阪飛行場   、福岡第一飛行場   、福岡第二飛行場   、那覇飛行場  
4番目の「福岡第二飛行場」とは先のブログで紹介しました「名島水上飛行場」です。 その「名島水上飛行場」から直線で北に約4km離れた「雁ノ巣」に「福岡第一飛行場」が建設されたのです。 
                雁ノ巣地図 
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当時はアイランドシティが存在していませんので、和白経由でしか行くことが出来ませんでした。今日(1211日)は人工島アイランドシティ照葉の町を抜け、「海の中道大橋」を渡って行きます。
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この橋を渡る度に、忘れてはならない事件を思い出します。印の場所 平成18年(2006年)825日午後1050分、飲酒運転による事故で、幼いこども3人の尊い命が奪われました。それなのに、今でも飲酒運転が途絶えない! 何故??・・・飲酒運転は絶対に許さないよ 
 




「雁の巣レクリェーションセンター」入り口 ① に到着です。
         ● ① 雁の巣レクリェーションセンター入り口 
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ここが「雁ノ巣飛行場」の正門だったとのことですが、実際はもう少し東だったようで、住宅地の横  に石碑が建っています。
   ● 雁ノ巣飛行場記念石碑         ● 球磨号遭難者慰霊碑 
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記念碑は少し変わった場所に建っているのですが、飛行場入り口のロータリー跡のようです。石碑の表には「海の中道 由緒も深き 雁ノ巣松」、裏は少し読み難いのですが「白砂青松の丘 博多湾に面したる雁の古里を撰び 水陸兼用の国際飛行場を建設す 昭和116」と彫られています。

 飛行場記念碑の後ろに「球磨号遭難者慰霊碑」が建っています。昭和14年(1939年)517日、ソウル経由北京に向かう大日本航空(現在のJALとは関係ない)のロッキード双発プロペラ機(球磨号)が離陸に失敗し、乗員・乗客11名の内6名が犠牲になった事故です。手を合わせ、ご冥福を祈ってきました。
         ● 雁ノ巣飛行場跡  (1974年国土交通省 航空画像)
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雁ノ巣飛行場は昭和11年(1936年)、滑走路(600m)1本、和白潟に面して水上機の滑走台(巻上式) が建設され、税関・植物検疫所が置かれて開港しました。 飛行機の性能が向上し、長い滑走路が必要になったので、昭和14年(1939年)、博多湾鉄道(糟谷炭田の石炭を西戸崎に運ぶ鉄道・現在のJR九州香椎線)の線路を北側に移して拡張します。現在の地図参照:香椎線の線路が奈多駅・雁ノ巣駅辺りから北にカーブしているのは、その為です。飛行場敷地の拡張後、800mの滑走路2本が交差型に造られました。 1974年当時の航空写真でも、交差した滑走路跡が確認出来ます。

旅客空路として数社の民間航空会社の活用の他に、アジア情勢の不安が高まる中、朝鮮半島・満州・台湾などへの軍事連絡基地としての重要度も強くなって来ていたのです。そして、日中戦争が起こると、名島飛行場から移って来ていた日本航空輸送はじめ民間の航空会社は国策航空会社である大日本航空 ㈱ に統合されました。 
     ● 中島 AT-2            ● 三菱 MC-20
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大日本航空 ㈱ の主力航空機は ダグラスDC-3中島 AT-2三菱 MC-20立川 Y-39 などでした。中島 AT-2 は国産初の高性能双発旅客機です。三菱 MC-20は陸軍の100式輸送機を、乗務員2名・乗客11名の旅客機に改造転用したものです。
 
福岡第一飛行場雁ノ巣飛行場)は東京飛行場・大阪飛行場に比べて南方に近いと言う利便性から、朝鮮半島・大陸・台湾方面に加えて、マニラ・ハノイ・サイゴン・ジャカルタ・サイパンへと航路を増やし、戦前に於ける日本最大の国際空港となったのです。
   ●雁ノ巣飛行場滑走路上のDC-3     DC-3機内のキャビン・アテンダント
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当時のキャビン・アテンダントはエアー・ガールと呼ばれていました。
 
昭和16年(1942年)太平洋戦争の始まりと同時に、大日本航空 ㈱ 及び雁ノ巣飛行場は軍の管轄化に置かれたのです。

平成8年、雁ノ巣飛行場跡南東の海底から、戦時中の昭和17年頃に墜落した旧陸軍97式戦闘機が引き上げられました。
             ● 旧陸軍97式戦闘機
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この旧陸軍97式戦闘機は復元され、太刀洗平和記念館に保存・展示されています。
 
昭和20年(1945年)の敗戦以後、日本人による航空旅客活動は昭和27年(1952年)まで米軍によって認められませんでした。 雁ノ巣飛行場は米軍に接収され、「ブレディ飛行場 BRADY AIR BASE」と名を変えられ・・・折りしも勃発した朝鮮戦争によって米軍輸送基地として使用されたのです。 その後も米軍は駐留し、雁ノ巣「ブレディ飛行場」の全施設が日本に返還されたのは、昭和52年(1977年)のことでした。
 
現在、雁ノ巣飛行場跡は「雁の巣レクリェーションセンター(運動公園)」として整備され、多くの市民が訪れています。
                 ● 園内マップ 
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B 駐車場 ④ に車を入れました。平成14年(2002年)まで、この場所に格納庫が残っていたのです。取り壊された後、B 駐車場が造られました。
   ● 残っていた格納庫                  ● 現在の B 駐車場 
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駐車場として整地され、当時の面影は何も残っていません。 しかし・・・横の草むらに入ると、格納庫の床コンクリートと思われるものが僅かに残っていました。
             ●駐車場の横の草むらで 
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広い飛行場跡地ですから、野球場・サッカー場・テニス場だけで何十面も設けられています。一周して来ましたが、園内で飛行場跡の痕跡を見ることはありませんでした。
 
レクリェーションセンター B 駐車場の向いの道路を渡り、木々の茂みを過ぎると和白潟に出ます。 ここには水上飛行機用の巻き上げスロープがそのまま残っています。
                          ●水上飛行機用スロープ 
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水上飛行機用スロープの近くの茂みの中で、次のような施設跡を見つけました。どのような施設だったのかは分かりません。
                          ● 施設跡              
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雁の巣レクリェーションセンター」を出て西戸崎に向かいます。プレディ飛行場米軍駐留中の施設は西戸崎に集中していました。 小学校56年生の頃、住んでいた東区馬出から親父に連れられて西戸崎を訪れたことがあります。 そこは日本ではなくアメリカでした。 現在、その面影を探すことは難しいです。 実は、西戸崎公民館で「僕の町には〜アメリカ〜があった」の写真展が開かれていると聞いていたので訪れてみたのです。写真撮影許可を頂きました。

        ●「僕の町には〜アメリカ〜があった」写真展 
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展示の写真を見ると、米軍の中心施設は、現在のJR香椎線「海ノ中道駅」、ホテル・ルイガンズ、マリンワールド辺りだったようです。 志賀島に向かう59号線は基地の真ん中を走っていたことが分かります。

             ● 米軍基地 CAMP HAKATA 
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米軍ブレディ基地入り口正門の写真です。
  ●基地正門 UNITED STATES AIR FORCE  BREDY AIR BASE CAMP HAKATA 
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うっちゃんが小学生の時に訪ねた西戸崎の町は英語で溢れていました。

    ● TAILOR CROWN 洋裁店  左隣 NIKKA BAR ROSE 
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               ● RESTAURANT FANKS 
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昭和29年(1954年)29日、米大リーガーのジョー・ディマジオと新婚旅行で日本に来ていたマリリン・モンローが博多中洲の国際ホテルに宿泊し、ブレディ基地を慰問で訪れています。
       ● マリリン・モンロー ブレディ基地訪問 
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米軍兵士は喜んだでしょうね。ステージで歌うマリリンの姿が目に浮びます。

雁ノ巣、西戸崎は基地の町だったのです。 柳ジョージの「フェンスの向こうのアメリカ」と言う曲を知っていますか。 横浜本牧地区の米軍海兵住宅”エリアワン”の近くを唄った歌です。

 石畳の坂を上れば 海の見える丘に出た エリアワンの角を曲がれば・・
 
当時の日本のあちこちにも、間違いなくアメリカがありました。

 
参考文献:福岡博覧、Y氏は暇人、ALL-A-BLOG、ウィキペディア、U-BOATブログ、西戸崎公民館「僕の町にはアメリカがあった」、WAR BIRDS、国土交通省、他

画像:ウィキペディア、旧聞SINCE2009、西戸崎公民館「僕の町にはアメリカがあった」写真展、国土交通省、WAR BIRDS、からお借りしました。地図はマピオン利用。
(旧写真はFREE MEDIA、パブリックドメイン確認済)
 
 

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