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香椎うっちゃんのブログ
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赤間宿まつり と 城山登り
 
城山(じょうやま)」に登ったついでに、「赤間宿まつり」に行ったのか? 或いはその逆なのかは、どちらでも良いのです。 目的は両方です。 2月19日(日)は朝から天気が良く、すこぶる元気に家を飛び出したのです。
以前から宗像市の「城山」には登ってみたいと思っていたのですが、今日は「西鉄ハイク」の実施コースが「城山」だったので、それに参加しました。

                城山コースのマップ
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西鉄赤間営業所を午前10時にスタートです。 6kmで2時間のコースになってます。城山の標高は369mか・・・立花山より少し高いが・・・まあ大丈夫でしょう。 立花山には立花城が築かれました。 城山も名前のとおり、お城がありました。 少しはお城の跡が残っているのかな〜?。
                麓から見上げた城山
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そんなに標高があるようには思えないのですが・・・近くから見上げると実際の頂上は見えないのです。 それは別として、自然の中に身を置くと、それだけで元気を感じますネ。
                  水汲み場
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スタートから15分程で「水汲み場」に到着です。 ここからが本格的な勾配になってきます。 トイレを済ませ、お茶で水分補給して登り始めます。

                 城山登山道
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登山道脇に「登山者心得」が立ててあります。 当然のことで、皆が承知していることですが・・・リマインドしておきます。

■ お互いに声(あいさつ)を掛け合いましょう
■ 道を譲り合いましょう(登り優先)
■ 焚き火・タバコのポイ捨ては厳禁
■ ゴミは各自で持ち帰りましょう

                城山登山道
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森林浴とは、緑の樹木に接して、精神的に癒されることを言いますが、科学的にも樹木が発散する物質によって心身の改善効果を引き出すことが証明されています。

                 城山登山道
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水汲み場から約30分。 もうすぐ山頂だ。
 
                城山山頂 369m
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11時少し前に山頂に到着。水汲み場からは一回の休憩も取らずに登って来たので、大きく身体で息をしています。 山頂はそんなに広くはありません。 ここが本丸なのかなあ? 周りを探しても、城址の遺構は見当たりません。

城山は昔は「赤馬山」、「蔦嶽(つただけ)」、「嶽山(だけやま)」などと呼ばれていました。 海人豪族で宗像大社を奉じる胸形氏(胸肩・宗形・宗像)が平安時代後期に武士化し、鎌倉時代に入って城を築いたようです。 建武三年(1336)、大宮司・宗像氏範(うじのり)は足利尊氏を迎え入れ、多々良浜では足利軍に従い、肥後の菊池武敏を総大将とする後醍醐天皇軍と戦っています。 16世紀後半、宗像氏貞は豊後大友氏の支城・立花城を守る立花道雪と戦を繰り返していました。 この頃、城を大改修して「嶽山城」と改名したことが記録に残っています。 しかし、立派なお城が建ったことから、領民は、この山を「城山(じょうやま」と呼ぶようになったそうです。 天正15年(1587)、豊臣秀吉は筑前に侵攻して来た島津を討ち、九州を平定します。この時、島津に通じていた宗像氏は所領を没収され、秀吉の命を受けた小早川隆景によって、城は取り壊されました。

              山頂から玄界灘を望む
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玄界灘方向には大島神湊玄海ロイヤルホテルが遠くに見えます。 こんなに穏やかな景色なのに、戦国時代には死ぬか生きるかのドラマが展開されていたのですね。 山頂の説明板では「本丸、二の丸の痕跡、城を護る曲輪や堀の跡を映し見ることが出来る」と書かれているのですが・・・周りを良く探しても痕跡を見つけることが出来ませんでした。 どの辺りに遺構が残っているのか、説明があれば嬉しいのですけどね。

                石峠を指す矢印看板
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石峠を経て下山します。城山山頂から続く、金山孔大寺山湯川山四塚連山と言って縦走路が整っています。全コース7時間だそうですから、うっちゃんの体力では無理です。石峠までは縦走路を歩きます。

誰が積んだのか石柱が残っています。  石峠までは急な下り坂が続きます。
       石柱                  下り坂
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                   石峠
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石峠から赤間の方向へ下ります。  ここから三郎丸までの道は緩やかです。
三郎丸の尾降神社に到着です。 尾降(おさがり)神社と読みます。

                 尾降神社
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この地域の守護神・・・つまり産土(うぶすな)神社ですから、通り過ぎる訳にはいきません。 立ち寄って参拝しました。 山頂の城内に宗像氏が祀る神社として鎮座していたのですが、されたので、村民が尾根を通ってこの場所に降ろしてきたそうな。それで「尾降(おさがり)」の名がついたそうです。
   
                 県道75号線
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県道75号線の広い道路に出て、教育大前の西鉄赤間営業所に午後12時15分到着です。
 
ここから唐津街道の「赤間宿まつり」に急いで行きます。
歩いて数分で赤間上町の信号交差点です。 ここから旧街道600メートルは、まつりの間、歩行者天国です。宿場町は多くの人々で埋め尽くされています。

                 赤間宿まつり
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旧宿場町両側は焼き鳥、焼栗、綿菓子、タコ焼きなどの露店で賑わい、子供も大人も楽しそう。白壁や格子窓を備えた昔の家並みが続いていて、当時の面影を残しています。
 
色んなお店を覗いて歩こう、と思ったら上町入り口の方が騒々しくなりました。祭りイベントの一つ「花嫁道中」にタイミング良く出くわしたようです。

                   花嫁道中
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この日は2組の結婚式が、宿場町入り口の須賀神社で執り行われたそうです。そして花婿・花嫁が人力車に乗ってみんなから祝福を受けるのです。 和服姿の友人や親族が人力車の後に続き、花嫁行列が宿場町を練り歩きます。 「おめでとう」。 こうして眺めとったらくさ、日本女性はウェディングドレスよりも、文金高島田の和装のほうが、絶対に良いと思うっちゃけど・・・みんなはどげん思う? 
 
先ずは赤間宿南の入り口(南溝口)まで行ってみました。 南溝口から北を撮った写真では、道路(街道)は人で埋まってます。 北に向かって少し上りの傾斜になってます。
                赤間宿 (南溝口)
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江戸時代、筑前福岡藩領内に21の宿場町がありました。その中で赤間宿は長崎街道の木屋瀬宿へ分岐する重要な位置だったので、多くの商家や町茶屋(宿屋)が建ち並び、栄えたのでしょう。 

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慶長5年(1600)、黒田長政が豊前から筑前に移って来た頃の赤間は民家が4〜5軒しかなかったそうです。 

1810年頃の江戸時代後期に、博多の商人・奥村玉蘭が描いた「筑前名所図会」(左)の中に「赤間宿」が見えます。 南溝口の釣川から北に向けて、ぎっしりと建ち並んだ町家が描かれています。 

参勤交代の時に泊まる黒田藩の宿(御茶屋)や荷物輸送の為の人馬継所もあったようで、 賑わっている町並みが目に浮びます。 
 


もう午後1時近くになります。 昼食は幾つかの店で色々いただきました。

                   焼き鳥
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    とりすき(そうめん入り)         フランクフルトとコーヒー
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とりすき」は宗像池野名物だそうで、大変美味しかったです。 
 
                                    勝屋酒造
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寛政2年(1790)の創業です。酒銘「楢の露」は宗像大社のご神木「」から名づけられています。屋根に新酒が出来たことを知らせる緑色の杉玉(酒林)が吊るされています。今日は蔵開きの日ですから、しぼり立て新酒の試飲が出来るのですが、長蛇の列。
 
              勝屋酒造店前カウンター
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試飲は諦めて、店前のカウンターで「にごり酒」を一本、自分の土産に買いました。
 
                出光佐三の生家
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宗像赤間の誇り・出光佐三の生家です。 明治から戦後にかけての石油・海事の実業家です。 出光興産の創業者として知らない人はいません。 宗像大社を厚く信仰していました。 

敗戦国の日本は英国などの石油メジャーから敵視され、輸入ルートを封鎖されていました。この時、出光佐三は日本の未来のために立ち上がったのです。 自社が保有する巨大タンカー「日章丸」をイランに向け出航させます。 英国海軍の攻撃も予想される封鎖網をどのように乗り越えたのか?  岡田准一主演の「海賊とよばれた男」を観てください。出光佐三がモデルです。 タンカーの名前は「日承丸」となっていますが・・・。
              
              老舗の山下蒟蒻(こんにゃく)屋 
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こんにゃくが飛ぶように売れていました。 赤間の名産品です。
 
              江戸時代風の街道辻行灯
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赤間宿は歴史ある素晴らしい町ですね。 楽しみました。
 
昨日(22日水曜日)夕刻のFBS福岡放送「めんたいプラス」で、宗像地域活性化協力隊のジェケル・アドリアン(フランス)さんの活動が紹介されていました。宗像は素晴らしい観光素材をたくさん持っていますから、彼が言うように、外国人観光客を呼び込めると思いますよ。 神湊(魚・玄界灘・松原)、宗像大社、赤間宿の3ポイント間を気軽に簡単に移動周遊できる交通体系が欲しいですね。
 
 
 
 
 
 
 

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