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香椎うっちゃんのブログ
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武蔵寺(ぶぞうじ)と筑紫野市歴史博物館
 
4月29日(土・祝)のJR九州ウォーキング二日市駅です。 天気は快晴、っちゅうか・・・夏日です。 鳥栖行きの快速に乗って、10時1分着。 ゴールデンウィーク初日であり、大勢のウォーキング参加者が電車から下車し、駅前で受付を済ませます。

                二日市駅前
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コースマップを確認、距離は約7km。 万歩計をセットして出発です。 最初の訪問箇所「筑紫野市歴史博物館」には数分で到着です。 入り口で博物館が作成した「ようこそ 二日市へ」のリーフレットをいただきました。

            ようこそ 二日市へ」のリーフレット 
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サブタイトルは”武蔵寺と二日市温泉展 春の企画展”、”仏が心を癒し 温泉が身を治す”となっています。 そして”ようこそ 二日市においでくださいました”の下に、この日のウォーキングコースマップが入っています。 なんと、この日のみの”手作りのリーフレット”でした。 温かさを感じるとともに、感動しました。 博物館の皆さんの筑紫野市を盛り上げる熱い想いが伝わってきます。
               筑紫野市歴史博物館
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”手作りのリーフレット”には、ウォーキングコースで訪問する箇所も分かりやすく解説されています。 館内のベンチに座って全て読みました。 今回のブログ解説は、このリーフレットを参考にさせていただきます。
まずは館内を廻ります。  「二日市温泉のしくみ」は初めて知りました。

              二日市温泉のしくみ  
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阿蘇周辺や原鶴温泉はマグマの熱によって温泉水が湧いています。 でも二日市温泉は、そうではなく、地質学的に珍しい温泉です。 泉源の大部分は鷺田(さぎた)川沿いに集中し、花崗岩帯のウラニウムを含むモナズ石が多いのが特徴。 このウラニウムの自然分裂による熱が地下水を温め、地下の割れ目を通って噴出しています。 殆どの人は知らないのではないでしょうか。 知識が一つ増えました。

              ダイハツ ミゼット 
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ミゼットを見ると、大村 昆 さんのコマーシャルを思い出します。 昭和32年〜47年の間に336,534台が製造されました。 映画「三丁目の夕日」やNHKの朝ドラ「ひよっこ」にミゼットが出演しています。 懐かしか〜。

              ゴホウラ貝の腕輪  
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月隈丘陵の金隈遺跡(弥生時代)で数点見つかっていることは知っていました。筑紫野市エリアでこんなに沢山発掘されているとは、驚きました。 ゴホウラ貝は沖縄海域からオーストラリア海域に生息しています。 2000年前に南洋地域との交流があった、とされているのですが・・・誰がどんな方法で行き来していたのですかね? 浪漫です。
筑紫野市歴史博物館から高取焼に向かいます。

                        高取焼 
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秀吉の朝鮮出兵の際、黒田長政が朝鮮の陶工・八山高取 八蔵)を連れ帰り、筑前高取山麓(直方市)に開窯したのに始まります。その後、小石原高取や福岡市の御庭高取などに細分化されていったのです。 伝統が受け継がれた作品が焼かれています。
 
天拝山を左に見ながら、武蔵寺(ぶぞうじへ。 天拝公園の「藤まつり」会場に着きました。
                     天拝公園   
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演舞台では小学生のダンスが披露されています。  凄い人出です。
武蔵寺境内に入ると、「長者の藤」(市指定天然記念物)の前で「藤供養」が執り行われていました。
                     藤供養  
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今年は桜やチューリップなど、花の満開が少しずれています。 藤の花の丈が前回の「藤まつり」に来た時よりも短いです。それでも見事ですね。きれいです。

                 武蔵寺の百八大念珠 
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武蔵寺の創健者は藤原鎌足の子孫・藤原虎麿と伝えられ、九州最古の寺院です。関東の武蔵国から僧が来たので「武蔵寺(ぶぞうじ)」になったそうです。 本殿の前に大きな念珠(ねんじゅ)が下がっています。人間の煩悩の数(108つ)と同じ数の玉がれています。除災招福を祈りながらつま繰ります。

             般若心経一字一石経塔
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般若心経276文字を延べ276人の方々で、一字ずつ仏を念じ、心をこめて書かれたものです。 一字一字が仏さまです。 と説明に書かれていました。
 
武蔵寺の山門を出て、右側の石段を上って御自作天満宮(ごじさくてんまんぐう)にお参りします。
           御自作天満宮(ごじさくてんまんぐう)
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天拝山の由来は、大宰府に左遷された菅原道真公が無実の罪を晴らすため、山頂に立って天を拝んだという伝説によります。道真公は天拝山から下り、武蔵寺に寄って参詣の際、自分の姿を木彫の像に刻んだそうです。 その像を御堂に安置したことから、「御自作天満宮」の名が付きました。 道真自身の像は全国的にも珍しく、年3回の大祭の時に扉を開けて、そのお姿を見ることが出来ます。

               紫藤の瀧(しとうのたき) 
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菅原道真公が天拝山に上り無実の罪を訴えた際、この瀧で身を潔めたと伝えられています。 紫藤(しとう)とは”長者の藤”に由来します。
 
天拝山登山道への谷を少し上ると「石楠花(しゃくなげ)」が見頃を迎えていました。
               石楠花(しゃくなげ)の谷  
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ウォーキング参加者もベンチに座って、石楠花(しゃくなげ)に見入っていました。
実際の中国漢字名は「石南花」で、「しゃくなんげ」の呼び名が「しゃくなげ」に転じた説があります。 
 
武蔵寺から下り、九州自動車道を潜り抜けると二日市温泉街に入ってきます。
二日市温泉は「万葉集」にも、その名が登場する古湯です。大宰府の長官・大伴旅人はじめ官人や歌人が湯治に親しんだそうです。
               御前湯(ごぜんのゆ)  
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黒田藩の温泉奉行が管理していた温泉で、その時の屋号「御前湯」の名がそのまま継がれています。 現在は筑紫野市が管理しています。 温泉街に昔の写真(大正時代?)が展示されていました。

                 二日市八幡宮 
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二日市の産土(うぶすな)神社です。 八幡宮ですから筥崎宮と同じく応神天皇神功皇后玉依姫が祭神として祀られています。  
境内に市指定天然記念物として、有名なご神木があります。

                ご神木の公孫樹 
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公孫樹(こうそんじゅ)」とはイチョウの木のことで「いちょう」と読みます。 櫛田神社のイチョウは「銀杏」を使います。 ”孫の代になって実がつく”の意味のようです。
「いちょう」の原語は中国語で、葉の形がアヒルの水かきに似ていることから、鴨脚(イアチャオ)⇒ イチャオ ⇒ イチョウ に転じたようです。
さて、この公孫樹に伝わるお話しを「筑紫野市歴史博物館」の説明から紹介します。
 
天正14年(1586年)、高橋紹運(立花宗茂の実父)が守る岩屋城(四王寺山)を攻撃した島津軍が帰る道すがら、この公孫樹を切り倒そうとしました。それを知った老婆が駆け付け、「村の氏神様のご神木である。伐れば神罰を受ける。どうしても伐るというのなら、私を斬ってからにせよ」と幹に抱きついて叫びました。これを聞いた島津軍はあまりの老婆の気迫に驚き、伐るのを諦め、斧を捨てて立ち去ったと言われています。
 
その時に斧で傷つけられた跡が幹に残っている、と聞いていたのですが・・・探したけど分かりませんでした。
 
大宰府政庁の条坊に人が移り住み、武蔵寺が建立され、温泉が発見され、二のつく日に物産が集まって市がたち、博多〜日田に通じる街道の宿場町として発展して来た二日市。 その歴史浪漫あふれる二日市を楽しみました。
筑紫野市の皆さん(特に歴史博物館の皆さん)、JR九州ウォーキングスタッフの皆さん、お疲れ様でした。 ありがとうございます。
 
参考資料:「筑紫野市歴史博物館」作成の”ようこそ 二日市へ”
         JR九州ウォーキング                    香椎浪漫

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