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香椎うっちゃんのブログ
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荒尾干潟と長洲金魚まつり
 
平成29年5月3日(水・祝)、JR九州ウォーキング南荒尾駅です。 福岡県の隣町と言っても、遠いです。 香椎から快速に乗って、大牟田乗換えで約1時間30分。 10時20分南荒尾駅着です。 コースマップを確認してスタートです。

                 コースマップ 
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歩き始めて数分で、潮風に乗って磯の香りが・・・有明海まで直ぐなんだ! 
いきなり視界が広がると、目の前は遠浅の荒尾干潟でした。

                  荒尾干潟  
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有明海は多くの河川が運んだ土砂によって遠浅の干潟が形成されました。日本最大の干満差がある内海です。潮の満ち引きによって土砂が巻き上げられ、含まれている有機物を食べたプランクトンが育ちます。そのプランクトンを干潟に住むゴカイやカニが食べて育ちます。それらを鳥が食べるという生態系を造っているのです。 戦後、日本の干潟は埋め立てなどによって減少しています。 福岡市東区の和白干潟も開発によって狭くなりました。 そんな中、有明海には日本の干潟の40%が残っているそうです。
              
荒尾干潟は南北に9.1km 、東西幅3.2km ,干潟面積1,656haで国内有数の広さを持っています。
                 荒尾干潟地図  
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ウォーキング参加者は南荒尾駅から長洲方向に向かっていますから、南北の長さの半分を歩くことになります。
 
荒尾干潟は2012年、ラムサール条約湿地に世界で2,054番目として登録されました。
ラムサール条約の正式名称は「水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」であり、1971年にイランのラムサールで条約が採択されたので「ラムサール条約」と呼ばれています。日本での登録地は46箇所で、都道府県別では釧路湿原など北海道に多いですね。
 
干潟に平行した道を約40分歩きます。
 
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長洲港が近くなってきました。 遠くに薄っすらと雲仙岳が確認できます。 潮が満ちて来ています。                 
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遠くに白波が騒いでいるのが見えますか? あの辺りまでが遠浅になっています。 左海上に島原の多比良港に向かう有明フェリーが小さく見えますね。
             
 
長洲市に入って来ました。 マップに記載されていた長洲市最初の訪問は、六地蔵石幢(ろくじぞうせきどう)。
             六地蔵石幢(ろくじぞうせきどう) 
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説明板によると、この石幢は江戸時代の享保8年(1723年)、この地の庄屋・久兵衛によって建てられたようです。 六角形の石面に六体のお地蔵様が浮き彫りされています。六地蔵石幢は江戸時代初期に、道端や寺院の入り口に建てられたものが多く、地域の人々の信仰を支えていたのです。 普通は笠の上に宝珠が乗っているのですが・・・紛失しているようですね。
 
四王子神社で甘酒のサービスを受け、先を進むと高田製油所に着きます。

                  高田製油所  
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菜種油、椿油、胡麻油など、溶剤や薬剤を一切使用せず、手作りで製造しているそうです。  工場見学をしました。

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(左)椿の実から油を搾り出す石臼です。 (右)油が出来るまでの行程を説明いただきました。
 
ちょっと休憩話  「油を売る」とは?  昔は行灯(照明)の油を枡で量り売りしていました。油は糸を引くのでなかなか容器に落ち切らない。お客と世間話でもしながら、油の滴が切れるのを気長に待っていたという訳で、そんな様子が傍目には、のんきな物だと見えたのです。それで、仕事をさぼって世間話をしている事を、”油を売る”と言うようになったとさ。  ”高田製油所チラシより”

 
              五足の靴 長洲上陸地点の石碑 
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五足の靴」については、長洲港有明フェリー乗り場に文学碑が建っていますので、そこで合わせて紹介します。
 
                有明フェリー
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有明フェリーは長洲港と島原の多比良港を1日19往復(夏場)しています。 乗用車は60台以上載りますし、所要時間は約45分ですから・・・福岡市内から島原、雲仙に行くには一番早くて近いと思います。
 
有明フェリー乗船場入り口近くに”五足の靴 文学碑”が建っています。
                 五足の靴 文学碑  
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「五足の靴」とは、明治40年8月、与謝野 寛木下 杢太郎北原 白秋平野 万里吉井 勇 の五人が九州のキリシタン遺跡を巡った時の紀行文のタイトルです。 五人が交互に新聞に執筆して、29回にわたって連載されています。 

明治40年7月28日、東京を夜行列車で出発し、下関を廻って、31日は福岡の海ノ中道見物、中州の”川丈旅館”に宿泊しています。その後、北原白秋の実家(柳川)に泊まり、佐賀、佐世保、長崎、天草を廻って、8月11日には島原に泊まります。 紀行文では、”8月12日、肥後国長洲行きの汽船に乗った”と続きますが・・・長洲の上陸地点が先ほどの石碑の場所です。 ここの文学碑にはその時の様子が書かれています。

              上陸時の様子が彫られた石碑 
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文学碑の説明文を要訳します・・・当時は遠浅の沖合いに汽船が着くと、長洲の港から人力車が干潟の中を走ってお客を迎えに行きます。 その様子を、”車の輪の心棒が隠れる位の深さで、海水の面を走っているようで、乗り心地は、世に例なき喜ばしさである”と書かれています。
 
本来の「旅」って感じがしますね。 各地の彼らの足跡に「五足の靴文学碑」が建っています。そのルートを巡るのも面白いかも・・・。

 
金魚と鯉の郷広場」に向かいます。   途中・・・これは金魚の養殖池?
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金魚と鯉の郷広場」に到着です。 ここは長洲町のシンボル施設です。
               金魚と鯉の郷広場 
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長洲町は日本有数の金魚の産地であります。この日、恒例の「金魚まつり」が開催されています。

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とにかく凄い人出です。 今日は午後1時から「九州金魚すくい選手権大会」も開催されます。

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子供達が金魚すくいを楽しんでいます。 一匹100円の金魚もいれば、10,000円も金魚も売られていました。
 
丁度お昼時間です。 焼きソバ、お好み焼き串、ちょっと汗をかいたのでスーパードライが今日のランチ。 会場裏手の公園に座っていただきました。 あまりの暑さに子供たちは、人口の川で水遊び。

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会場からJR長洲駅までは約10分。 午後1時過ぎにゴール受付に到着。 今日のコースは約12km。万歩計は14,946歩。よく歩きました。
長洲駅の上り下りのホームには巨大な金魚のオブジェが飾られています。

     上り博多方面               下り熊本方面  
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JR九州ウォーキングスタッフの皆さん、お疲れ様でした。
 
 
 
 

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