鹿島土手クラブ

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戦争

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8月になるといつも日中戦争、太平洋戦争に係るドキュメンタリーがNHKを中心に放映される。しかしながら、近年はその数も内容も徐々に驚きを伴うものは少なくなっている、と思っている。
 
このブログの書棚の「戦争」項には、かつて放送された日本軍人同士の「共喰い」という衝撃的なものもあった(2011年)。まだ生きていた当時の元兵士や元憲兵の口から語られた凄惨な言葉はテレビ画面にテロップとなって表示もされた。
 
しかし、徐々に元軍人達が鬼籍に入り、その悲惨さを語れる人が少なくなるにつれ、最近のドキュメンタリーが迫力の無いものになっていくのは止むを得ないこととも思う。そして、一方ではそういう時間の経過が戦争惨禍に対する鈍感さを生み、新たなる戦争への抵抗感を失わせることになっていくとも危惧する。
 
そんな中、今年は3つのドキュメンタリーを見た。
一つは
8月15日放送の「ノモンハン 責任なき戦い」
もう一つは
8月19日放送の「祖父が見た戦場〜ルソン島の戦い 20万人の最後〜」
そして三つ目は
8月25日放送の「隠された日本兵のトラウマ〜陸軍病院戦時神経症8000人の記録〜」だ。

ノモンハンについてはソ連と満州の国境地帯(ノモンハンという地)における紛争が大規模な戦闘になり(1939年)、ソ連の近代兵器の前に完膚なきまでに叩かれたものであり、五味川純平など様々な人により小説や記録に取り上げられているものだ。この無謀な紛争を誰がどんな意図で推進したか。それが非常にあいまいなまま現地の「関東軍」によって軽い感覚で推し進められ、莫大な損害を引き起こしたにも関わらず直接戦った現地の隊長に自決を促し、本来責任を負うべき者達がウヤムヤになってしまったというもの。この時、歴史に登場した「辻政信」という一介の参謀はその後も太平洋戦争で悲惨な結果を生む重要な役割を担う・・・良く知られた話なのでこれはこの辺で。
 
19日放送の「祖父が見た戦場」の祖父はNHKアナウンサーの小野文恵(ガッテンの司会)の祖父「小野景一郎」の戦場(ルソン島)での足跡を文恵が母とともにたどるものだ。NHKの調査力の総力を結集したようにも見える取材力でその足取りが徐々に見えていく。そこからは行軍で衰え、飢えと疲労で落伍して行く兵士達の死が浮き彫りになる。
 
米軍の記録に日本兵の死体の数と場所が克明に記録されていた。戦果を明確にするためだ。その記録を地図に打点していくと約5万5千の日本兵が死んだ分布図が出来る。その図と軍の記録、そして生き残った兵士(もう90代半ばから100歳代になる)の証言などから祖父の最後の地と思われる地域を歩き、風景を共にする。祖父が1944年に32歳で軍隊に招集された時、母は2歳だった。その母の祖父に対する思いに文恵もまた突き動かされ、思いが重なっていく様子が画面から滲む。
 
日本の敗戦が色濃くなるこの時期は日本本土防衛のため、各戦場では出来るだけ時間稼ぎをするように大本営の方針が出ている。そして兵器も食料も尽きるなか、その具体的な内容として「各々自活自戦永久抗戦」を命じられた。食い物は自分で調達し、自分で戦い、撤退せずに永久に戦い続けるように命じられたのだ。今も存命の元兵士の言葉がその無念さを表す。「陸軍の上層部とするともう兵隊なんて消耗品と一緒ですから・・・」
 
小野文恵と母のルソン島の旅は終わった。兵士達の無念さを辿る旅でもあった。でも、最後に付け加えておかなければならないことがある。兵士達はフィリピンの10代前半の女性たちを大量に一か所に集め、集団強姦した事実もあることを。この番組では今回の旅でその被害にあった女性へのインタビューもしていた。
 
日本軍による朝鮮女性の従軍慰安婦問題が今もくすぶっている。日本側に今も事実を認めようとしない勢力がはびこっていることも、被害者側をかたくなにしている。戦争は人を狂気に駆り立てる。旧日本軍がどんな蛮行を各地で行ったか。思いは巡ります。
 
8月25日放送の「隠された日本兵のトラウマ」はちょっと疲れて書く気力が無くなってしまいました。一つだけ、書くとすれば「日本兵にも戦場で精神を病んだ兵士が約8000人もいて、その記録が残っていた」ということ。自分が若い時に日本兵ではそういう人がいなかったと聞き(旧軍隊がそういうことにしたとのこと)、なんでなんだろう? 日本人には宗教心が希薄なために罪悪感が起こらないんだろうか。などと思っていましたが、ベトナム戦争やイラク戦争の米兵のPTSDが話題になったり、映画になったりしていましたが、日本兵でも同じようなことが起こっていて、その記録が軍の命令に反して残っていたということです。病んだ兵士の映像や克明な記録から、普通の人々が突然戦場に送られ、人を殺せと命じられることの衝撃。殺した後の後悔と亡霊に苛まれることの恐怖が伝わってきたものです。


ps:昨年の戦争ドキュメンタリーでは米国が何故日本全土を空爆したか、というのが印象に残っています。結論は陸軍や海軍の一部だった米国の航空隊を「空軍」にするための実績を示すこと。終戦日の前日まで無抵抗の日本の街並みを大量空爆し続けた米国。戦後、その成果で晴れて米国に「空軍」が出来ました。イザというとき、米国のエリート達はアジアの国民の命など歯牙にもかけない。そこも注意しておく必要があるかも知れませんね。

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祖父が見たであろう場所で祖父を弔う小野文恵と母

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米国軍が記録していた日本兵の死体の数と場所をルソン島にプロット(赤点)した図

イメージ 3
生き証人 1

イメージ 4
生き証人 2

終わり

朝鮮半島のこと

語る資格が無いことは十分分かっている。それでもほとんど話題にならない(しない)不思議なことが頭から離れず言葉にしておきたいという思いに駆られ、キーボードをたたいている。
 
それは今の北朝鮮の状況が戦前の日本の状況と似ていると思われることだ。1941年12月8日に日本の真珠湾攻撃で火ぶたを切った太平洋戦争。日本は何のために戦争を仕掛けたのか。諸説はあれどやはり直接のきっかけは禁油を含む経済的な締め付けへの打開。
 
国家の体制は天皇を絶対君主とした「天皇制」
 
当時、日本は既に朝鮮半島を併合し、中国に「満州国」という傀儡政権を打ち立てていた。この点は今の北朝鮮とは異なるが、絶対君主に似た体制や経済的な締め付けを受けていることなど、当時の日本と重なることも多い。
 
北朝鮮も当時の日本と同じように戦端を切るか、というとそうはならないだろう。武力的な圧力を保持するアメリカは太平洋の向こうだし、敵対しているはずの隣国は融和を口にする同じ民族だ。何よりも彼我の戦力を熟知し、火ぶたを切った途端に国家体制の滅亡が待っていることを北朝鮮自身が客観情勢として把握している事だろう。
 
安倍晋三首相が声高に叫んでいる「北朝鮮が核を放棄すると申し出るまでは圧力を緩めてはならない」。
 
日本が諸外国の圧力に耐えきれずに暴発したことの再来を望んでいるのだろうか。日本は開戦直後こそ快進撃をしたものの、地力で勝る欧米の巻き返しを受け、そして敗走を続けている中で国民に何を強要したか。「一億火の玉」「一億玉砕」・・・国民が一人残らず死ぬまで戦え・・・という事だ。女子供に至るまで竹やりで訓練させられ、雨あられと降る爆弾・焼夷弾を受け百万以上に及ぶ普通の人々が死んでいった戦争。それが北朝鮮が舞台だったらいいか、などと思っているのだろうか。
 
北朝鮮問題を格好のテーマとし、ミサイルが太平洋に放たれれば人々を驚かすしか意味のない警報を鳴らし、解散総選挙での敵役に誂え、米国製高額武器を購入し、安保法制の憲法解釈の変更を行い、そして戦争を行える憲法改正にまっしぐらだ。
ここで米国が北朝鮮との和平交渉に乗り出せば、目論見がすべて崩れる。とにかく米国よ、トランプよ、北朝鮮とは武力で対峙し続けてくれ。日本も安保法制の新解釈による武力行使を試すチャンスなんだから・・・な〜んて考え過ぎかな?
 
話は変わるが、北朝鮮と韓国の分断は悲劇以外の何物でもないが、日本もその危機にあったことは忘れてはならないだろう。終戦のドサクサにロシア(旧ソ連)が中国大陸の至る所で、そして樺太にも侵攻して来た。当時、樺太は日本領だったし、軍隊も駐留していたが1945年8月15日の終戦日を過ぎても北海道方面軍から樺太の軍隊に迎撃の命が下っていた。
 
何故か?ロシアが北海道をロシア領にするとの情報が入り、北海道方面軍が独自に撃退するよう命令を下したのだ(政府は降伏の指示)。しかし、圧倒的な戦力差で歯が立たなかった訳だが、米国がロシアの北海道占領に異議を唱え分割とはならなかった。
 
あの時、もしロシアと連合国に北海道を境に分断させられていたら日本もまた韓国と北朝鮮のように同じ民族や共有する先祖がありながら敵対させられる羽目になっていたのだろうか。約70年ほど前になる朝鮮半島の分断がもたらした悲劇が今も世界を揺るがしている。そして韓国大統領が同じ民族同士で殺し合う気はないという気持ちであることが何だか分かるような気がしてしまうのです。

ps
北朝鮮が核を持つことの脅威を日本が一番感じているのかも知れないが、諸外国・・・特にアジアの国々はそのことにより日本もまた核爆弾を持つ(自衛のために保有する事は可能というのが現政権の国会答弁)ことをもっとも恐れているという話がある。かって行った日本のアジアへの侵略を、被害を受けた国々は決して忘れていない。

♪戦争が終わって僕らは生まれた ♪戦争を知らずに僕らは育った

そんな戦後から72年目になって、最も戦争に近い日々になっている気がする。今日も昼の民放では「日本にミサイルが飛んでくるとすればどこか?」なんて予想ゴッコをやっている。

北朝鮮と米国。どちらの首領もキブン次第で原子爆弾を発射するんじゃないかと気を揉ませている。
その間にいて、過去の戦争の悲惨さを知っている日本の政治家は上手に立ち回ってきたが、安部シンゾー君になったら、とうとう米国に肩入れし過ぎて、同盟国への危害は我が危害とばかりに「軍隊」を持たない筈の国が、戦争に加担する憲法違反の法律まで作ってしまった。

米国と北朝鮮の子供じみた首領(ドン)が脅しゴッコをしているうちに、いつの間にか標的は日本になっている雰囲気にさえなって来た。一方的に米国にへつらい、一方的に中国を敵視し、重心を傾けすぎたツケが回って来ているのかもしれない。当の米国はいつ日本を無視し、中国と連携するかも分からないのに・・・

そんな幼い政治でも高い支持率は変わらず、晋三君本人の勘違いを生んでいる。「オレは支持されている」・・・米国と北朝鮮の首領(ドン)とほぼ同じくらい幼い虚勢心を持つこの国の首相が大人になるのを手をこまぬいて待つしかないのだろうか。

他国に何も危害を加えていない筈の我々国民は何故北朝鮮の攻撃を受けなければならないのだろうか。戦争をしない。戦禍を避ける。そのことに万全を期すのが平和憲法を持つ日本の政治家の役割のはずだが、むしろ挑発するような言動をし、法律を戦前回帰させる晋三君は一体なにを目論んでいるのだろうか。

いや、目論見も何も、何も考えずに戦争をする国を目指しているのかも知れないね。A級戦犯の祖父(岸信介)を崇拝し、名誉回復を目指しているというのだから。

「戦争を知らない子供たち」の歌詞を検索していたら、「戦争を知らない大人たち」という曲もあった。あっ、晋三君の歌だと思ったら、違った。

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2月4日(日)「坂の上の雲」という日露戦争のヤマ場である203高地奪回の高揚したドラマが終わったあとに放送されたNHKスペシャルは悲惨だった。

NHKスペシャル 証言記録 日本人の戦争 第2回「太平洋 絶望の戦場」
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2011-12-04&ch=21&eid=34812

太平洋戦争で死んだ日本人は約300万人。その内の8割が昭和19年から終戦(20年)の間であった。南方のニューギニアでは17年から20年まで激戦が繰り広げられ兵士20万人のうち18万人が死んだ。だが、その死の大部分はなんだったのか。生き残った人達が、今まで語らなかった真実を語った。そんな番組に思った。

今までも兵士の共食いについて示唆するものはあった。ドキュメンタリーであったり書物であったり。ドキュメンタリーで記憶にあるのは「行き行きて神軍」というもの。これはドキュメンタリー映画であり、もう30年ほど前の製作になるかも知れない。終戦間際に病死したと告げられた兵士の家族がその消息を尋ねるものであり、一人の元兵士がその検証に当たった。そして、特別な能力を持たない兵士が狙われ共食いにあったことを示唆する証言があった。

この驚くべき事実が本当に行われたのか。色んな戦記ものを読んだり、NHKドキュメンタリーなどのほとんどを見て来たりしたが、明確に証言されたものは無かったと思う(知らなかっただけかもしれないが)。

しかし、2011年12月4日21:15から放送された「兵士の証言」には明確に「共食い」がテロップとともに出た。しかも軍からの通達で「人肉を食するものは厳罰に処す、但し、敵国人を除く」という通達が出たというのだ。これによって敵国人は食ってもいいことになった、と。

従来の小説等でその話はあった。地元人を「黒ブタ」といい白人を「白ブタ」といい食べたことを示唆した内容だが、明確に人を食ったという表現は控えられていた。オレはずーっとこの事を気にしていた。戦争は普通の人間をケダモノにする。人間というものは究極になればなんでもするもの。それを浮きあがさせるのが戦争であること。人間とはそういうものであることを人々は知らなければならない。特に若い人たちは。そう思って来た。

それがこの日のドキュメンタリーでは元兵士の口から語られた。いずれもニューギニアという食糧補給の途絶えた大本営から見捨てられた地での証言だ。

木の切り株に座っている兵士がいる。死んでいるかと思ったら生きている。でも、その顔のアチコチからウジ虫が出入りしている。開いているところ全てにウジが湧くのだ。助けてくれと言われたがこっちもやっとのことで歩いている。とてもではないが助けられなかった。

元将校は言う。ある時、連隊長の巡視があった。行ったらみんなバタバタと食べていた缶のフタを閉めた。その時はあまり感じなかったが後で聞いたら共食いをしているとのことだった。それが憲兵に伝わっていた。

元憲兵は言う。人肉事件というのが頻繁に聞こえるようになったと。

そして最後に兵士がいうのだ。通達が出た「人肉を食するものは厳罰に処す、但し、敵国人を除く」と。岩手県の北上の村の兵士も終戦間際で病死したと家族に伝えられた。その奥さんは、生き残った人達にいろいろ訪ね、聞いて回った。そして知ったことは「共食いがあった」ということ。精いっぱいの優しい顔でその事を話すおばあさんがいた。

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昨日、今日と戦場でのココロの傷の話がNHK総合で22時から特集されています。昨日は古くは第一次世界大戦、第二次世界大戦、太平洋戦争、そしてベトナム戦争、イラク戦争と。

人間は人間を殺すことに抵抗を感じる。だから戦闘員に対しては敵が人間ではない悪魔のようなものとして教育し、習慣化させていく。日本でもかつて「鬼畜米英」と言ったのはそういう人間以下のものとして扱うことで戦闘意欲をかきたてようとしたのかも知れません。

戦争の記憶、人を殺した罪悪感は拭いがたい記憶として心に刻まれるようです。特に子供や老人、女性などのあきらかな非戦闘員を殺した場合の心の傷は深く、自殺を試みるものも多く、そして自死に至っているケースが多々あるようです(実例紹介)。

これらのココロはPTSD(心的外傷後ストレス障害)と云い、病気なのですが、なかなか周囲の理解は得られないし、ちょっとした物音等で反射的に戦場にいる錯覚を起こし、怯えるようになります。

今日の特集はイラク戦争に行ったアメリカの母親兵達の話です。戦場で少年兵を殺してしまい、子供を愛せない、という深刻な症状を訴え、涙にくれる元兵士が痛々しいです。また、子供に「何故イラクへ行くのか?」と問われる母親にも苦悩が浮かびます。

昔、「大義」の名のもとに悲惨で無意味な戦争をしてしまった日本。そしてアメリカもまた「大義」の名のもとに戦争をしかけ、その大義がウソと分かったいまでも新たな大義のもとに戦争を継続し、自国民を悲しませています。

それにしてもイラクから帰還したアメリカ兵の約半数ほどがPTSDにかかっているというアメリカは国の内部に大きな病を継続的に生み続けていないか。敵と味方を分け、敵は殺すべき相手という戦争の基本。でも、敵の中の人間を殺したとき、人は一生苦しみ続けるのです。

誰のための戦争か。憎しみが新たな憎しみを生み、戦争を永遠に回る歯車のように回し続けています。戦争は止めろ。戦争はやめなければいけない。その思いを新たにしています。

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