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千年先に、いのちを繋ぐ「鬼」と称せられ法隆寺の昭和大修理、薬師寺の
迦監復興に一生をささげた匠の生涯。かつて鬼と畏れられた男がいたー 千年の時間を想う、現代文化に対する西岡棟梁の静かなる反論です。
西岡は祖父常吉棟梁の教えを受け、大工になる前、「土を知る」ために生駒農学校に不承不承入学させられます。遠回りに思える農作業には、『法隆寺宮大工「口伝」』に伝わる伽藍建築の全ての神髄が含まれていることを学ぶ。
自然は土を育み、土は木を育てる、その教えの深淵さに身震いすることになる。土を知ることから始まり、何故「法隆寺の鬼」と称せられるようになったのか、そこにあるのは伝統を守ることだけではなく、現代文明に抗いながらも「いのちを繋いでゆく」ことの尊さが、仏教建築の全ての原点であることを自らが悟り祖父への信頼は揺らぎないものになりました。
「千年の檜には千年のいのちがあります。建てるからには建物のいのちを第一に考えなければならんわけです。風雪に耐えて立つ―それが建築の本来の姿やないですか。木は大自然が育てたいのちです。千年も千五百年も山で生き続けてきた、そのいのちを建物に生かす。それがわたしら宮大工の務めです」と西岡は言う。
木は鉄を凌駕する、速さと量だけを競う模倣だけの技術とは根本的に異なる日本人のいにしえの叡智、そして自然への洞察、千年先へいのちを繋いでゆくという途方もない時間へ執念が、所縁ある人々へのインタビューから浮かび上がってくる・・・・・。 西岡棟梁の「永遠なるものへの想い」、「木との対話」を記録した本作は、我々が顧みることのなくなった根源的な日本人の有り方に目を向け、
心の復興を願う「祈り」のドキュメンタリー映画です。
そして『法隆寺「口伝」』に伝わる棟梁の覚悟を物語る「百論を一に統るの器量なきは謹み惧れて匠長の座を去れ」を聞くとき、その秘められた決意の深さに多くの人たちが自らを問い直し、震撼することだろう。私たちは何を失い、いま何をしなければならないか、法隆寺「口伝」の中から静かに伝えようとしている。 (愛用した道具類) 古来より日本人は、木とともに生き、様々なかたちで木を利用しながら
循環社会を構築してきました。 木を絶やさないために植林技術は再生可能なエネルギーです。 木はふたつの「いのち」を持っています。
光合成を行って全ての生き物を育てます。
もうひとつは木材としてんの「いのち」です。
大工職人は木に「いのち」を与える仕事です。
今こそ、私たちがどのように考えどのように動くのか問われています。
日々、仕事に精進する。技術を研く。それだけではありません。
経済はビリ。しかし、森林率84%をほこるニッポンイチの森の国。高知県。
大工職人が集まって84材を使った大工の家をつくりはじめました。
「自然のものは捨てるものがないき」頑張ります。
映画が公開された渋谷のユーロスペースは場所が分かりにくく、
到着は開演10分前ですが、立ち見で会場が埋め尽くされました。 |

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農といえば福岡正信、大工といえば西岡常一、
技術だけでなく哲学的な部分にまで自然に対する深い理解が
あるような気がしています。
2012/3/24(土) 午後 10:09 [ コッシー ]
コッシーさん、ご無沙汰してます。その通りです。
木も人間も自然のなかでは同じようなもんや。
どっちが一方偉いゆうことはないんや。
自然と共に生きているというのでなければ
文化とはいえませんな。
サラリと普通に言える・・・。私たちの偉大な師匠です。
最近、FBで結構忙しくブログが滞っております。
84MLで配信しましたが、消エネ法に対する危機感が募り、伝統構法検討委員会のメンバーと木の家ネット会員が中心となりFB部会を立ち上げました。そらまめさんと早く始めてください!!お願いします!!始めたら、友だち第一号に立候補しますき(笑)
2012/3/25(日) 午後 3:41 [ 金輪継ぎ ]