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この記事はブログを始めた9年前の2007年12月13日にWikiモード版でアップしたものを見やすくするためにかんたんモード版にリニューアルしたものです。
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【はじめに】
アンコール遺跡紹介もそろそろ最終章に近づいてきた。今回はジャヤヴァルマン7世の時代(12世紀後半)のアンコール・トム遺跡とタ・プローム遺跡を3回に分けて紹介する。 アンコール・トムはアンコールワット寺院の北に位置し、一辺約3Kmの環濠と、ラテライトで作られた8mの高さの城壁で四方が囲まれた城砦都市遺跡。外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されている。バイヨンはアンコール・トムの中央にあり、その北西に王宮や、ライ王のテラス、象のテラスなどが位置している。一方、タ・プローム遺跡はアンコール・トムの城壁の外側にあって勝利の門(東大門)の南東方向に約1.8kmのところに位置している。これまで紹介してきた遺跡は全てヒンドウー教のものであったが、バイヨン、タ・プロームは仏教寺院であるところが大きく異なる。仏教寺院でありながらヒンドウー教の趣を残した寺院である。 【バイヨン遺跡の概要】 ・創 建 者 :ジャヤヴァルマン7世の時代 ・建 年 代 :12世紀後半 ・信 仰 :仏教 ・位 置 :シェムリアップの中心部から北に約4Km、 車で約20分の距離。
・建造物の材質:砂岩 ・敷地の大きさ:東西約380m、南北約290m 【解説/所感】 訪問した本年9月19日の午後は青天下のバンテアイ・スレイ遺跡、タ・プローム遺跡の後を受け、夕方の最後となったアンコール・トムのバイヨンでは天気が崩れ、小雨がぱらつく中での遺跡めぐりとなった。薄暗い中での写真撮影となり、出来映えは今一つであった。 バイヨンはメール山を象徴化したものと言われており、古代インドの宇宙観では神々が住む聖域で神が降臨する場所でもあった。東西南北に伸びる幹線道路はメール山から世界に向かう道、城壁はヒマラヤの霊峰、環濠は大海を表しているという。 東門から中央祠堂に向かう途中の第二層通路の左右の柱にはアプサラが睡蓮の上で踊っているポーズの美しいデバダーがいくつも施されている。 バイヨンの圧巻は何といっても迫力ある観世音菩薩の四面像である。第二層テラスに49、5つの塔門を入れて全部で54ある。口元に微笑を湛えた表情には大乗仏教の仏陀による人々の救済という宇宙観が示され、菩薩のやさしさ、あたたか味を感じさせる。 また、第一回廊、第二回廊の壁面には、アンコール・ワットよりは規模が小さいが、レリーフが施されており、12世紀後半の人々の生活の色々な場面やクメール行軍の様子が窺え、興味深い。アンコール・ワットのレリーフは宗教・政治色が強いのに対してバイヨンでは、日常的な庶民や貴族の暮らしが描かれており対照的である。 1.アンコール・トム配置図 2.バイヨン配置図
3.バイヨン東門正面
4.バイヨン北門に座する仏陀像
5.第二層デバダー
6.第二層観世音菩薩四面像1
7.第二層観世音菩薩四面像2
8.第二層テラスからの三連観世音菩薩四面像 9.第一回廊レリーフ クメール軍とチャンバ(現在のベトナム中部の国)との戦い 10.第一回廊レリーフ(チャンバ軍) 11.第一回廊レリーフ(舟での戦闘シーン)
12.第一回廊東面レリーフ(クメール軍の行進) 13.南大門(アンコール・トムの表玄関)
14.南大門・綱引きをする神々像 15.南大門・綱引きをする阿修羅像
16.観世音菩薩四面像(クメールの微笑み)最も有名な像で200R紙幣に描かれている。 写真撮影:2007年月9月19日
(イラスト以外の全ての写真はコピーライトを有す。無断転用・転載・複製を禁ず。)
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