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 この記事は2009年6月15日にWikiモード版でアップしたものを見やすくするためにかんたんモード版でリニューアルしたものです。

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 このシリーズもいよいよ最後が近くなってきました。坂下門を潜り、長い石段を登り切ったところに青銅製の鳥居とその右手に銅神庫(一般的には御宝蔵)があります。銅神庫のそばの石段の左右には松平正綱と秋元泰朝が奉納した石造りの狛犬が並び、この石段を登れば奥社拝殿の正面になります。家康公のお墓は奥社拝殿の裏手にあります。

 ・奥社拝殿前の青銅製鳥居 :
  慶安3年(1650年)にそれまでの石造りから現在のものに
  造り変えられました。
 ・奥社拝殿前の銅神庫(御宝蔵):
  承応3年(1654年)創建で外部全体を青銅で包んであります。
 ・奥社拝殿前の狛犬 : 松平正綱と秋元泰朝が奉納
 ・奥社拝殿 :
  入母屋造りで正・背面に唐破風が付いており、総体を銅板包みとし、
  一部を金箔押し、他は全て黒漆塗

 奥社拝殿の内部は見ることが出来ませんでしたが、外部の重厚な感じとは違って格間には菊の花を描き、柱は金箔押し、長押などは極彩色で随所に鳳凰が描かれた華麗な造りになっているようです。

横位置の写真はすべて左クリックで拡大できます。

1.奥社拝殿への長い石段(全部で207段)
『石段は、一段毎に一枚石を用い、石柵は一枚石をくりぬいて作ったものである。』という立て札がこの近くにありました。
イメージ 1

2.奥社拝殿への長い石段の途中の東照宮御遺訓
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し 急ぐべからず」
イメージ 2

3.奥社拝殿前の青銅製鳥居
イメージ 3

4.奥社拝殿前の青銅製鳥居(後水尾天皇の書による額)
寛永年間には石造りでしたが、慶安3年(1650年)に現在のものに造り変えられました。
イメージ 4

5.奥社拝殿前の青銅製鳥居の裏側
イメージ 5

6.奥社拝殿前の銅神庫(御宝蔵)
承応3年(1654年)創建で外部全体を青銅で包んであります。この御宝蔵には朝廷から家康公並びに東照宮に送られた官符宣命等の文書が収められています。
イメージ 6

7.奥社拝殿
入母屋造りで正・背面に唐破風が付いています。総体を銅板包みとし、一部を金箔押し、他は全て黒漆塗となっています。
イメージ 7

8.奥社拝殿前狛犬 阿形(松平正綱が奉納したもの)
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9.奥社拝殿前狛犬 吽形(秋元泰朝が奉納したもの)
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10.金箔押し黒漆塗の奥社拝殿
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11.金箔押し黒漆塗の奥社拝殿
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12.奥社拝殿から宝塔を望む
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13.奥社拝殿への長い石段で見つけた石楠花
イメージ 13


写真撮影:2009年4月29日
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