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日光東照宮の不思議再発見シリーズのリニューアル版、連載中です。

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旅の宿から

昨日、新幹線を乗り継いで新大阪からツアーバスで和歌山県の南部(みなべ)温泉のホテルに到着しました。今日は世界遺産の熊野古道を歩き、串本温泉に泊まる予定です。

東京駅出発前の新幹線のぞみ
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紀州は梅干の産地、途中、立ち寄った梅干店で色々試食しました。


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 いよいよこのシリーズの最終回となりました。最後ですので遷都1300年祭の象徴的な建物ということで平城宮跡の第一次大極殿と朱雀門で締めくくりたいと思います。
 
 昨年の4月24日から始まった遷都1300年祭は11月7日で終了し、種々のイベントも終わってしまったため、昨日レポートした東院庭園と同様に平城宮跡の第一次大極殿と朱雀門を訪れる人もめっきりと減って祭の後の虚しさを漂わせていました。
 
 
 
平城遷都1300年祭を終えた人影まばらな第一次大極殿
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第一次大極殿の裏の一条通りから
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人影がない朱雀門(第一次大極殿前の広場から)
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 平城京跡の塀の外から少し遠ざかると1300年前の昔を彷彿とさせるような光景が広がっていました。暫し佇み、第一次大極殿と朱雀門の姿を眺めていました。
 
第一次大極殿の遠景
このアングル、桜が咲くとさぞかし綺麗でしょうね。
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すすきヶ原の向こうに見える朱雀門遠景(再掲載
このアングルも桜が咲くとさぞかし綺麗でしょう。
この写真はこのシリーズ第1回で掲載しました。 http://blogs.yahoo.co.jp/kassy1946/63181195.html
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夕陽に輝くすすきヶ原の向こうに見える朱雀門遠景
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夕陽の中にシルエットで浮かぶ朱雀門
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オマケの写真 
 
第一次大極殿の裏の一条通りの
民家カフェー奈良「平城庵」で食べたニシン蕎麦定食
美味しかったです。話は前後しますが、ここで昼食の腹ごしらえをして、レンタサクルで
秋篠寺に向かいました。 この店からは第一次大極殿の裏側が良く見えました。
平城庵: 住所 奈良県奈良市佐紀町1-2491  電話 0742-34-7074
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 遷都1300年の奈良探訪続編シリーズ、34回もの長い間、お付き合いいただきありがとうございました。今後は都内格安ツアーの続きと四国旅行の詳細記事、新たに日光の世界遺産・輪王寺大院の記事に注力しますのでよろしくお願いいたします。
 
 
 
写真撮影:2010年11月10日
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 奈良2日目のレンタサイクルによる散策はいよいよ最後の目的地・平城宮跡に向かいました。掲載の地図の⑤の秋篠寺から⑥の平城京跡東院庭園まで一気に戻りました。
 
 訪問した11月10日は平城遷都1300年祭が11月7日で終了していたため、第一次大極殿の内部の開示が終了し、ひと頃のピーク時の賑わいは既にありませんでしたが、観光客の姿まだ絶えてはいませんでした。
 
 今回は昨年の6月に平城京跡を訪問した時に、見損ねた東院庭園を見学してきました。夕方で閉園間近の東院庭園は人影はチラホラでしたが、ほぼ貸し切り状態でしたので、無人撮影が出来ました。
 
 
 写真は全て拡大可です。
 
 
奈良2日目レンタサイクルによる散策コース(再掲載)
近鉄新大宮駅から番号順に移動しました。
①近鉄新大宮駅 ②不退寺 ③海龍王寺 ④法華寺  ⑤秋篠寺 ⑥平城京跡東院庭園
拡大して見てください。
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 東院庭園は復原されたものですが、奈良時代は平城宮の東の張り出し部分で「東院」・「東宮」と呼ばれていた所です。767年(神護景雲元年)に称徳天皇(女帝)がこの地に瑠璃色の瓦を葺いた「東院玉殿」を建て、宴会や儀式を催したと伝えられています。
 
 日本庭園のルーツといわれる回遊式庭園となっていて、州浜のある池を中心に優美な楼閣などが配置されています。発掘された種をもとに桃や赤松などの樹木が植えられています。
 
 
東院庭園の南西方向からの中央建物(正殿)  イメージ 7
 
南西方向からの中央建物(正殿)
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南方向からの中央建物(正殿) 
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北西方向からの隅楼
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      西方向からの隅楼                隅楼の屋根の鳳凰
拡大して見てください。
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南方向からの反橋と北東建物
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反橋の左の築山石組
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北方向からの反橋と隅楼(奥)
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北東方向からの中央建物(正殿)イメージ 4
 
北東方向からの中央建物(正殿)、平橋(左中央)、築山石組(手前)
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 次回はこのシリーズ(遷都1300年の奈良探訪続編)の最終回となります。
 
 
写真撮影:2010年11月10日
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 前回までで秋篠寺境内の建築物や庭の様子を紹介し終わりました。今回は秋篠寺の東門の手前にある八所御霊神社(はっしょごりょうじんじゃ)の紹介です。
 
 八所御霊神社は元は秋篠寺の鎮守神で、社伝によると本殿は宝亀11年(780年)創建、保延元年(1135年)類焼、同年再建したと言われていますが、現社殿は室町時代の増築です。
 
  ・祭神 : 御霊八霊 (崇道天皇、伊豫親王、藤原吉子、橘逸勢、
                文屋宮田麻呂、藤原広嗣、吉備大臣、火雷神)
  ・例祭 : 10月9日または10日
 
 
 この神社は人気がないのか訪れる人も殆んどなく閑散としていました。
 
 
 
八所御霊神社鳥居
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八所御霊神社鳥居と拝殿
鳥居から拝殿までは綺麗な玉砂利が両側に敷き詰められていました。
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鳥居の右側からの八所御霊神社拝殿
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拝殿正面
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拝殿の唐破風
装飾がなくシンプルです。
 
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拝殿前の狛犬(吽型)
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拝殿前の狛犬(阿型)
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 本殿(三間社流造、檜皮葺、奈良県重要文化財)は拝殿の裏手にありますが、この時は気がつかず残念ながら写真には撮っていません。
 
 
 今回で秋篠寺関係を終了します。次回は平城宮跡のそばの東院庭園の予定です。
 
 本日は、早朝から出掛けて帰りが夜遅くなります。皆さんのところへの御訪問&コメは遅れますので予めご了承ください。
 
 
写真撮影:2010年11月10日
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 これまで秋篠寺の建物と仏像についてはほぼ紹介してきましたが、もう一つ残っていました。国宝・本堂の東側の鐘楼です。
 
 
秋篠寺国宝・本堂(元講堂)東側
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 秋篠寺国宝・本堂(元講堂)の東側に佇む鐘楼の製作年についてはネットでも調べてみましたが、一切資料がなく、重文等の指定もないことから時代は江戸時代以降ではないかと推定されます。
 
 
秋篠寺の鐘楼
(製作年不明)
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梵鐘
(製作年不明)
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梵鐘のレリーフ
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 秋篠寺境内で気になった屋根の鬼瓦(鐘楼、本堂、開山堂)を比較して掲載しました。それぞれ表情が異なっていて面白いです。
 
 
鐘楼の屋根の鬼瓦
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国宝・本堂の屋根の鬼瓦
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開山堂の屋根の鬼瓦
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 苔むした庭を紹介した時に説明を省略しました歌人・吉野秀雄の歌碑が雑木林の奥にひっそりと佇んでいました。本堂に安置されている伎芸天女のことを詠んだ歌が刻まれています。
  
       「贅肉(あまりじし)なき肉置(ししおき)の婀嫋(たをやか)に
        み面(も)もみ腰もただうつつなし
 
 
 
吉野秀雄の歌碑(写真は背面)
没後の昭和44(1969)年6月、碑に上記の歌が刻まれました。
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 境内には歌人・会津八一の歌碑もあったのですが、残念ながら写真は撮り忘れました。秋篠寺関係、次回で終了予定です。
 
 
写真撮影:2010年11月10日
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