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過去の写真を整理していたら19年前(1991年)のメキシコに出張していた時に立ち寄った古代都市テオティアカン遺跡の写真が出てきました。懐かしくなり記事にしてみました。訪問した時は、世界遺産に登録されていたのを知らなかったのですが、古代都市テオティアカンとして1987年に世界遺産(文化遺産)に登録されています。訪問は、世界遺産に登録され間もない4年後だったんです。
テオティワカンとは、「神々の都市」という意味で、これは後にこの地にやってきたアステカ人が命名したそうです。
古代都市テオティアカンの場所の地図(Wikipediaより)
Wikipediaによれば
テオティワカン (Teotihuacan)とは、メキシコシティ北東約50キロの地点にあり紀元前2世紀から6世紀まで存在した巨大な宗教都市遺跡。当時のアメリカ大陸では最大規模を誇っていた。
テオティワカン人の宇宙観、宗教観を表す極めて計画的に設計された都市で太陽のピラミッド、月のピラミッドそして南北5キロにわたる道(「死者の大通り」)が基点となり各施設が配置されている。この都市で祀られた神々は、農業・文化と関係深いケツァルコアトルや水神トラロック、チャルチウトリケ、植物の再生と関係あるシペ・トテックなどである。 古代都市に固有の城壁が存在しないことから戦争や圧政のない平和な都市と考えられていたが、近年の発掘調査の結果から、多数の殉教者、生け贄を捧げる風習が存在したことが判明し、戦士の壁画も発見されている。
中略
都市の面積は約20平方キロメートルで、最盛期には、10万から20万人が生活を営み下水網も完備されていた。しかしながら人口の集中に伴い下水道もその処理能力を超えるようになり、やがて旱魃等の災害により、治安が悪化して、やがて滅びを迎えた。メソアメリカの中心的都市として機能していた。
今回、掲載した写真はフィルム時代のものをスキャナーで取り込んだ物ですので画質がよくありませんので御了解ください。
世界遺産・古代都市テオティアカン(メキシコ)の絵葉書
19年前に出張先のメキシコから自宅宛てに出したものです。
切手が写真の方まで折り返して貼ってあるところは、いかにもメキシコらしいです。
葉書の表には「1991年 5.25 メキシコシティにて」と手書きしてありました。
古代都市テオティアカン
「死者の大通り」より「月のピラミッド」を望む。
月のピラミッド (高さ47 m、底辺140 m×150 m)
死者の大通り (南北に貫く都市のメインストリート 長さ4 km、幅45 m)
太陽のピラミッド(高さ65 m、底辺222 m×225 m)
上の写真の「死者の大通り」を真っ直ぐ行くと右側にあります。
頂上まで歩いて登りました。
太陽のピラミッドの地下には、人類の起源の地との伝説のあるチコモストックを思わせる七つの洞穴が枝状につながる洞窟があったと言われています。
「太陽のピラミッド」の頂上より「月のピラミッド」を望む
両手に花状態ですが、たまたまそばにいた観光客と一緒に写真を撮りました。
左の女性の奥が「月のピラミッド」です。
下の写真の右下の日付が上の写真と異なっていますが、
カメラの設定が日本時間になっているためです。
現地時間では5.25です。
上の写真の右側のピラミッドの側面には
下の写真のような動物のレリーフがありました。
別の低いピラミッドの上では大勢の女性たちが
輪になって何かの踊りをしていました。
出張の合間という短い訪問時間でしたので「月のピラミッド」までは行きませんでしたが、古代都市テオティアカンの雰囲気を味わってきました。
写真撮影:1991年5月25日
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・メキシコの思い出
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