>>>牡羊座の独り言 Part2<<<

北欧4ヶ国の旅、エジプト紀行を連載中です。

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 中国世界遺産・桂林紀行、1ヶ月ぶりに戻ってきました。桂林の雑技ナイトショーでの若い男性たちの跳躍演技の続きです。オリンピックの体操競技などでは味わえないエンターテインメント性が強く、ステージ中央に置かれた輪を走りながら潜り抜けていく流れるような演技は圧巻でした。


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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真13
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真14
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真15
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真16
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真17
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真18
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真19
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真20
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真21
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写22
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真23
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桂林の雑技ナイトショー (輪潜り)-連続写真24
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 次回に続きます。

写真撮影:2018年10月23 
全ての写真はコピーライトを有す。無断転用・転載・複製を禁ず)

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 今回の真岡市街散策ルートの中に真岡鐵道(茨城県下館駅と栃木県茂木駅を結ぶ41.9kmの路線)の真岡駅が含まれていました。ご存知の方も多いかと思いますが、真岡鐵道は毎週末(土、日)にSLが運行されることで有名です。真岡駅駅舎はSLをモチーフとしたユニークなデザインになっています。隣接したSLキューロク館には常時2機のSLが展示されています。散策した日は残念ながら平日でしたのでSLが通過する様子は撮影できませんでした。真岡駅はSLファンには外せないスポットになっています。

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真岡市街散策図
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SLをモチーフとしたデザインの真岡鐵道・真岡駅駅舎
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真岡駅の引き込み線の列車
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真岡駅SLキューロク館に展示されている
9600形SL(49671号機)
製造年:1920年(大正9年)
現役時代活躍した路線:函館本線、室蘭本線、宗谷本線、
石北本線、根室本線、留萌本線
総運転キロ数:256万km(地球を約64周相当)
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真岡駅SLキューロク館に展示されている
9600形SL(49671号機)
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真岡駅SLキューロク館に展示されている
9600形SL(49671号機)
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 真岡駅SLキューロク館に展示されている
9600形SL(49671号機)
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真岡駅SLキューロク館に展示されている
9600形SL(49671号機)に連結した客車
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真岡駅SLキューロク館に展示されている
9600形SL(49671号機)の説明板
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真岡駅SLキューロク館に展示されているD51形(愛称:デゴイチ)
製造年:1938年(昭和13年)
総運転キロ数:267万km(地球を約67周相当)
現役時代活躍した路線:函館本線、室蘭本線
D51展示走行で圧縮空気を動力として6月27日に
運転体験会が開催されます。抽選申込は終了。
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真岡駅SLキューロク館に展示されているD51形(愛称:デゴイチ)
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真岡駅SLキューロク館に展示されているD51形SL
(愛称:デゴイチ)の説明板
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 真岡市街散策シリーズは今回で終了します。

写真撮影:2019年5月30 
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 真岡市の門前地区の散策路にはお寺が幾つかありますが、今回は芳賀氏の菩提寺だった海潮寺です。
 「栃木県:歴史・観光・見どころホームページ」によれば海潮寺は創建以来、当地域を支配していた芳賀氏代々の菩提寺として庇護されていましが、慶長2年(1597)、主家である宇都宮城の城主宇都宮氏が突然改易(御家騒動説や石高不正説などがある)、芳賀氏も連座し所領没収。海潮寺は庇護者を失い一時衰退するも、江戸時代に幕府から庇護され慶安元年(1646)三代将軍徳川家光から20石の朱印状を受け取り、寛文11年(1671)には真岡藩主稲葉正則も寺領4石を安堵しています。真岡藩が廃藩になると真岡代官が庇護し境内には名代官と云われた竹垣直温の徳政碑が建立されています。
 境内をちらっと眺めて真岡市街散策を続けました。

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真岡市街散策図
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行屋川沿いの海潮寺へ
川の向こう側が海潮寺
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栃木県指定重要文化財・海潮寺山門(楼門)
建立:文化3年(1806)。
三間三戸、八脚楼門、入母屋、大谷石瓦葺、桁行6.59m、
梁間3.86m、2重垂木、二手先組、高欄、花頭窓
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栃木県指定重要文化財・海潮寺山門(楼門)
大谷石の瓦で葺かれた屋根は類例が少なく貴重な存在として
昭和48年(1973)に栃木県指定重要文化財に指定されています。
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海潮寺山門の木鼻
唐獅子(手前)と獏(奥)の彫刻
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施無毘橋から見た行屋川
橋の畔の神力渕の主である白蛇と恋仲となった町娘「おます」の
悲恋の物語「蛇姫伝説」の舞台でもあります。
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海潮寺本堂
宗派:臨済宗。本尊:十一面観音菩薩
創建:室町時代後期の永正7年(1510)
開山:久室栄昌大和尚が尽力し天英祥貞(成高寺4世:宇都宮市塙田)
木造平屋建て、入母屋、銅瓦棒葺き、平入、桁行7間、正面1間軒向拝付き。大田和村吹上の草庵・宝珠庵を大永年代(1521〜1527年)に
現在地に境内を移し寺号を宝珠院から海潮寺に改称。
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海潮寺境内
本堂と鐘楼
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海潮寺庫裏
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海潮寺全景
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散策道で見つけたクレマチス
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散策道で見つけた紫色の花
デルフィニウムの花に似ていますが、定かではありません。イメージ 11


写真撮影:2019年5月30 
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 昨日紹介した久保記念「観光文化交流館」のすぐ隣にある春日局の夫ゆかりの日本一の弁財天がある長蓮寺にも立ち寄りました。
 長蓮寺の創建は鎌倉時代後期。HPによれば時宗の祖である一遍上人の入滅後に高弟真教上人が一遍上人の教えを広める諸国行脚の途中、永仁5年(1297)真岡の西郷大際山に念仏修行の道場として長蓮寺を創建。その後、貞和3年(1347)、芳賀高貞により真岡城の鬼門(北東方向)にあたる現在地へ移されています。
 一時衰退した長蓮寺は江戸時代に入り当時の真岡藩主稲葉正成の庇護のもと再興し、真岡藩廃藩後も幕府の保護となり三代将軍徳川家光から20石の朱印状を賜っています(稲葉正成は家光の乳母である春日局の夫だった事から庇護したとも言われています)
 本堂は開いていなかったので阿弥陀如来の御顔は拝めませんでしたが、隣の弁天堂では日本一と言われる金色に輝く半跏像弁財天を拝めを格子の隙間から何とか撮影出来ました。


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真岡市長蓮寺総門下から山門を望む
山門:切妻、瓦葺き、一間一戸、四脚門。
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長蓮寺の本堂(右)と弁天堂(左)
本堂:木造平屋建て、寄棟、桟瓦葺き、平入。
宗派:時宗。本尊:阿弥陀如来。
弁天堂:木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺き、平入、
 桁行2間、正面1間唐破風向拝付き、背後は太鼓楼
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長蓮寺の鐘楼
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長蓮寺境内の慈母観音菩薩像
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長蓮寺の石碑
背後のナマコ壁の建物は観光まちづくりセンター
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長蓮寺本堂屋根の寺紋「折敷に三文字紋」の瓦
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弁天堂の唐破風と背後の太鼓楼
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弁天堂の唐破風の瓦
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弁天堂の唐破風の龍の彫刻
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弁天堂の弁財天(真岡市指定文化財)
元禄13年(1700年)に完成。木製、制作に33年の歳月を要しています。
弁財天の高さ:3.45m (半跏像弁財天としては日本一の大きさ)
元々は江戸の民衆による浄財で建立したもので浅草寺の下院である宝珠院に安置され、元禄15年(1702)の赤穂事件では四十七士も念願成就の祈願をしたとの噂があがるなど広く信仰されましたが、時の流れで宝暦15年(1762)に長蓮寺に移されています。
浅草 ➡ 隅田川 ➡ 利根川 ➡ 鬼怒川 ➡ 長蓮寺イメージ 10
脇侍に毘沙門天と大黒天、従者には十五童子が配されています。

弁財天の説明板
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写真撮影:2019年5月30 
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 真岡市街散策、昨日紹介した「真岡木綿会館」と道路を挟んで反対側にある久保記念「観光文化交流館」にも立ち寄りました。散策途中なので2Fの久保資料室館内をちらっと覗いただけでしたが、日本の美術評論家、小中学生を対象とした創造主義美術教育運動の指導者、跡見学園短期大学学長、町田市立国際版画美術館初代館長などを歴任した久保貞次郎氏の残した書簡、写真、原稿などの貴重な資料が展示され、氏の人物像やその幅広い活動内容を紹介されていました。(入館無料)
 久保記念「観光文化交流館」は久保家から真岡市に譲渡された現存する明治、大正期の貴重な歴史的建築物を整備したもので、様々な機能を備えた真岡市の新たな観光文化拠点施設になっています。

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久保記念「観光文化交流館」
明治40年建築。「日本銀行宇都宮代理店真岡出張所真岡支金庫」として
使われていたと言われています。
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久保記念「観光文化交流館」
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久保記念「観光文化交流館」の野外展示物(モニュメント)
久保ギャラリー「暖炉」 作者:遠藤新(1889〜1951)、
アメリカ人建築家フランク・ロイド・ライトの高弟で
真岡市久保講堂(国登録有形文化財)の設計者
右奥は美術品展示館です。左側は手前から観光物産館、
創作イタリアンレストラン「Torratoria COCORO]、
観光まちづくりセンター
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 美術品展示館は大正12年に建てられた米蔵を、昭和32年に久保貞次郎氏がアトリエとして改修したもので「久保アトリエ」と呼ばれていました。このアトリエに、瑛九、池田満寿夫ら多くの芸術家たちが集ったと言われています。

観光まちづくりセンター(中央)
左側の大谷石の建物は創作イタリアンレストラン「Torratoria COCORO]
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久保記念「観光文化交流館」入口
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久保記念「観光文化交流館」2F 久保資料室-1
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久保記念「観光文化交流館」2F 久保資料室-2
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久保記念「観光文化交流館」2F 久保資料室-3
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久保記念「観光文化交流館」2F 久保資料室-4
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久保記念「観光文化交流館」2F 久保資料室-5
久保氏が実際に使っていた旅行カバン
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久保記念「観光文化交流館」2F 久保資料室-6
実際に使われていた昔の映写機
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野外展示の「暖炉」のそばに咲いていたマツバギク
南アフリカを原産とするハナミズナ科(ツルナ科)の多肉植物
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写真撮影:2019年5月30 
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